第172話「ちゃんと考えてます」
「……」
「聞こえてます?」
「あ、も、申し訳ありません」
サラティスは腕を洗いに。
医者は急いで輸血処置をしていく。
「様子はどうですか?」
洗い消毒し、サラティスが戻ってきた。
「患者は安定してます……さ、サラティス様!」
「何ですか?」
「一体これは何事でしょうか?」
「?」
「ありえない」
「何がです?」
「落ち着きなさい。サラティスちゃんも困っているわ。質問は簡潔に。サラティスちゃんも答えたくない内容は断って構わないわ」
医者は深呼吸し、無理やり落ち着ける。
「どこかで専門的に医者として従事した経験がおありでしょうか?」
「してませんよ」
「……」
目の前で行われた以上その力量は信じる以外できない。
貴族の権力を使い、不法行為をして練習させたも考えにくい。
しかしどうしても、納得できない。
「王族お抱えの医者でもできるかどうかですよ」
王族が抱えている一握り頂点の医者であれば、一人でも同じようにできるかもしれない。
しかし、どんなに見積もって三時間以上はかかるであろう。
だが、サラティスは一時間以内にやりきった。
時間だけで見るのなら、切開の傷を治すだけなら自分も負けない自信がある。
だがそれはあくまで切開の傷だけで肺は別だ。
この二つを兼ね備える医者など、自身は知らない。
いるかもしれないが、それは熟練した医者の頂きであり子供ができるはずがないのだ。
だが実際はできている。
一体どれだけの患者を治せばこの域に到達できるのか。
そして理解するしかない。
自分たちの魔術など比べると児戯と思えてしまうと。
確かに病院でいつも通りチームを組んで処置をすれば同じことはできる。
個人の医者としての確たる柱が粉々に砕け散った瞬間であった。
二人の腕は悪くない。
公爵家から呼ばれる程なので、上から数えた方が早い位置にいる。
「申し訳ありませんでした」
医者は謝罪する。
少しばかり、心の片隅で貴族の我儘であると思っていた自分に恐怖した。
これだけの腕を侮った。それも貴族相手に。
その腕の衝撃などが入り交じり結果口を出たのは謝罪の言葉。
「大丈夫です。症状が改善されれば、肺が再度悪化することはないと思います」
サラティスは命が懸かっているので当然最善を尽くした。
だが決して忘れていたわけではない。
魔術の腕を隠すということを。
今回に限っては情報の秘匿を指定しているので当然、どれだけやっても世間には出ない。
なので遠慮なしに行動した。
「貴重な情報です。きっちり記録してくださいね」
「も、もちろんです」
「サラティスちゃん、体調は大丈夫?」
「ありがとうございます。大丈夫です。あ、そうしたら、お医者さんたちには患者さんの口周りの治療お願いできます?」
全部自分でやる必要はない。
それに歯茎の出血であれば、経験の乏しい医者でも治せる。
ならこの場にいる二人には簡単なことであろう。
医者は口腔を観察し、記録を取り口腔を治す。