第170話「お身体見せてください」
「軽度の二人は薬と食事改善で治るかと思います。重度の方ちょっと身体を近くで見てもいいですか?」
「どうぞ。患者たちには説明し、許諾はとっているので」
「初めまして、私はサラティス・ルワーナ・リステッドです」
「は、はぁ、あんたが俺を?」
ソラクド。男性、三十七歳。
発症してから約二年。
発症する前は当然漁師をしていた。
少ない時は年、数日しか陸地にはいない程海上で暮らしていた。
平常時の呼吸が既に苦痛の様だった。
ひゅーひゅーと甲高く、切り裂くような空気が漏れる音が聞こえる。
呼吸がままならいので、当然会話など苦痛でしかない。
「喋らなくていいですよ、きっと喋るのも辛いでしょうから」
サラティスは医者に確認をとる。
「出血部位治療しても?」
「か、可能なら問題ないですが……」
医者はノスタッチを見る。
医者達今回参加した者は全員、サラティスの素性を聞いている。
他領の領主の娘である。
もしも魔力不足に陥り体調不良になっても責任など取れない。
一介の医者がどうぞなど言えるはずもない。
「サラティスちゃんは回復魔術が使えるのかしら?」
「はい、うちの領はどうしても怪我人が多いので。お手伝いするうちに自然と」
「あらまぁ、それはすごいわね。なら、体調が悪くならないのなら治療してもらえるかしら?」
医者は顔が強張る。
「分かりました。ソラクドさん、手足の指先の出血一時的ではありますが、治療しますね」
「な」
「まぁ」
淡く光る。
次の瞬間、血が滲む指先のひび割れは全て塞がっていた。
医者は口をあんぐりと開けその景色をただ見つめるだけになった。
それだけでない。
水魔術で皮膚にまとわりつく血を洗い、風魔術で乾かす。
これも最適解である。
皮膚が弱っているので、布で血を拭くのならその摩擦で皮膚が裂ける。
しかし、これは医者一人でやる行為でない。
看護師などサポートする人間がやるべきことである。
医者は治療にのみ魔術を使うべきであるから。
「輸血処置はここでも可能ですか?」
「……は、はい。それは可能です。何をするつもりですか?」
「このまま薬を飲んで貰っても、その前に身体が追いつかないかと」
「それは……」
だからルーリエ病は治せないと言われている。
「記録を見る限りですが、ぎりぎり肺が機能しているかと。なので、胸を切って肺を治します」
サラティスであっても流石に見ないで治すことはできない。
「切るのですか?さすがにそれは無理です」
「何故ですか?」
「頭数が足りません」
この場に医者は二人。
肺を見るということは、胸を切り、場合によっては肋骨もしくは胸骨の一部を切ったり削る必要がある。
肺を治すのに一人、骨をくっつけるのに一人、切開した肉を治すのに一人。
合計三人程必要だ。
「大丈夫です。その程度なら私一人でできますよ。できることなら、術後の急変に備えて欲しいです」
「し、しかし……」
「べ、べつにいいぜ……」
「な」
「お、おれはどうせ死ぬ。手術失敗でぇ、え、死んでも、い、一緒だ。だが、生きるために、手術がいるの、な、なら、やって、死んだ方が、後悔はねぇ」
「ノスタッチ様」
「……サラティスちゃん本気かしら?」
「はい。私はできないことをできるなど言うことはしないです」
「……分かったわ。何も処置しない場合、彼の余命は?」
「……長くて一ヶ月程度かと。参加してもらったのは薬で改善するかの判断のためであり、手術は想定外です」
「でもしないと、改善する前に肺が原因で死んでしまいますよ」
「っつ」