第165話「真剣交渉」
「ふざけてなどいません」
「なら、なおのこと悪質だ。このような要求が通るとでも?」
「はい。治療薬だけではありません。発症を未然に防ぐ方法もお伝えします」
「っつ」
トクラスタは己を落ち着けるために深呼吸する。
「再度問うがこれは本気なのか?それとも書いてない盤外を想定しているのか?」
「いいえ。それが全てです」
「……」
紙に書いてある内容はこうだ。
治療薬は領主家であるクスナ家が責任を持って製造、管理すること。
治療薬に関して患者の制限を認めず、人間、奴隷、魔族、魔人、いかなる相手でも薬を適正価格で提供すること。
商人などによる、治療薬の原料の買占めや不当な値上げを取締、患者に不利益を生じさせないこと。
治療薬の効果、患者の症状の経過など情報を集め秘匿せず、開示すること。
集めた情報をまとめ、王宮に送ること。
「ここまでは理解はできる。領主としては当然なことだ。王宮に送る意図は何だ?」
「一度情報が消失しています。仮に今後大災害がクスナを襲ったら?王宮に保管しておけば、二度目の消失はないかと」
「なるほど、確かに万が一に備えて複製、複数個所で保管は有効的で必須であろう。これについては承知した。だが、最後のこの一文は何だ、理解ができん」
最後の一文はこうだ。
治療薬や治療方法などこれらの件に関して、サラティス・ルワーナ・リステッド及びリステッド家の名の秘匿、口外厳禁。
「名誉も功績も一切譲るだと?意味が理解できない。我が家に恥を被れと?」
これはまぎれもなくサラティスの手柄であり名誉である。
この事実を広く公表したら、王から褒賞だってあるであろう。
それを一切関与してないクスナ家が自らの名誉とする、恥知らずな行為に手を出せというのか。
仮に王宮に呼ばれ、どのような顔をして王に謁見すればいいのだ。
それに相手はリステッド家。辺境伯という立場でクスナ家より下。
仮にどこかしらにこの事が漏れでもしたら、下級貴族から手柄を奪う、醜いクスナ家。
そのように評されても致し方なくなる。
「私は過去、人攫いの被害に遭いました」
「な、それは……」
「そして私はこれから学園に入学します」
「……名誉がむしろ危険な状況になると?」
「はい。ご協力頂いたタルサードさんは私のことを聖女様と呼びました」
「……それは想像に難くない」
そうであろう。
不治の病とされるものが治ったのだ。
一般的な人間性を持っているのならば、感謝するであろう。
しかも助けてくれたのが貴族であり、金も名誉のためでなく、正真正銘ただ人の命のために動いてているのであれば、聖女と崇めることは何ら大袈裟なことではないだろう。
「なので私が一番欲しいものは自身や家族の安全です。それより大切なものなど私にはありません」
「……前言を撤回し、謝罪しよう」
最後の要望は卑劣にクスナ家を陥れる意図などなく、実に真摯で切実から来る要望であったのだから。
「この規模では私の一任では動かせない。一度領主と協議したいが、構わないだろうか?」
「もちろんです」
サラティスは安堵していた。
権力や金に執着し、領民を虐げる非道な貴族ではないことが分かったからだ。
利益を独り占めできることを良しとせず、恥じだと怒るのだ。
領民にとって良い貴族であろう。
なら悪い結果にはならないだろう。
「承知した。賓客としてもてなすように」
トクラスタは使用人を呼び出し、そう命じた。
「この案件が終わるまで、賓客として扱う。何か不満があるか?」
「いいえ。それは私だけでしょうか?」
使用人の二人は出ていてけとなるのならば、自身も一緒に帰る。
「後の二人もこの案件の関係者であろう?なら、賓客だ」
ハルティックとダヴァンに視線を送る。
賓客として扱われ、滞在するべきか否か。
二人は全力で是と伝えた。
公爵家の誘いを断るメリットなどない。
「では、暫くの間お世話になります」
「ああ。因みに食べれない物などはあるか?」
「……特には。珍しいお魚などあれば是非食べてみたいですね」
「ふっ。それはそれは。我が家にはクスナ一の料理人が揃ってる自負がある。期待されよ」
「ありがとうございます」