第161話「大波壁」
「長期間船に乗って食事が偏るから発症する……。つまり遠洋組も食事を変えればかからないってことか?」
「そうです」
タルサードは立ち上がり、いきなり頭を下げる。
「聖女様」
「な、な、なんですと?」
床は天の恵みに触れる。
「ど、どうしたんです?」
タルサードは大粒の涙を流す。
「聖女様だ」
「ち、違いますよ?」
「タルサード様、落ち着いてください」
「……すまねぇ」
目をこすり、椅子に座る。
聖女。
二度目である。
未だに納得できないが、回復魔術を使ってそう呼ばれたらしい。
ララスト領では回復魔術を使ったのでそう呼ぶ人が現れるのは納得できる。
だが、今回はそうではない。
昔からある病の説明をしただけでどうして、そう呼ばれるのか。
「ついな。漁師の血反吐は昔からある病だそうだ。で、聖女ネイシャ様が薬と治療法を見つけたらしい」
らしい。
タルサードの口から出る言葉。
サラティスは嫌な予感がしてならなかった。
「それから誰もかからなくなったから、治療法などの情報が消えちまったんですさぁ」
「な……」
盲点だった。
時間という砂粒に埋もれてしまったことはたくさんあるだろう。
だが、船乗り病程有名だった病の情報が失伝するなど、誰が想像できようか。
幸運なことに、あくまで聖女みたいだからそう言っただけで、何かに気付いた訳ではないだろう。
「でも、薬のレシピとかは本などで残ったのでは?」
「これも大昔のことだが、クスナ領は大波壁で領地の八割ほど被害が出てその際いろいろと失ったんだと」
大波壁とは波が壁のように陸地に迫ってくる現象である。
「それは……」
理解はできた。
不治の病だったものが、治る病になった。
発症することが減り口頭伝承の機会が減った。
記録物が大波壁により消失。
完全な知識の欠落。
「治療法が消えたのは分かりました。でも、どうして今になって掛かる人が増えたのでしょうか?」
その問いに対する答えをタルサードは持ち合わせていなかった。
タルサード自身が偏っていた理由は単純である。
船に持ち込むには限度がある。
それに野菜は悪くなることも考慮し保存なども気を付けないといけない。
金銭的な事情もある。
当たり前だが野菜を買うには金が掛かる。
海で捕れた売り物にならない魚を食べる分には直接的な費用は掛からない。
これらの事情から魚ばかりの方が都合が良かっただけだ。
量を食べているから、食事の偏りは一切考えたことがなかった。
そして、ようやく買い物に行っていた二人が戻ってきた。
「タルサードさん、調理場をお借りしても?」
「もちろんで」
ヨルバドフはハルティックを見る。
ハルティックは首を傾げるだけで意思疎通はできなかったようだ。
ヨルバドフはタルサードの態度が豹変しており、理由を暗に聞きたかった。
だが、視線だけではそこまで伝えることができなかった。
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