第158話「独創的」
翌日、サラティスは宿の部屋で机に向かい紙にペンを走らせていた。
「サラティス様……」
ハルティックはわなわなと震えていた。
それは驚愕の証左であろう。
「それは人体の絵でしょうか?」
サラティスが紙に書いていたのはざっくりとした人の身体のシルエットだ。
「はい、そうですよ」
「……普段お描きになられている、絵とずいぶんと趣向が違いますが。普段の絵は何か意図があるのでしょうか?」
ハルティックは濁しに濁し質問をした。
「意図?普段の絵はただの絵だから意図はないですよ」
神童サラティス。
幼子にして頭脳明晰。
魔術において比類なき才を見せる。
産業の革命をもたらす。
功績を書き連ねるのは一苦労するのだが、そんなサラティスは絵がかなり独創的なのである。
両親は親ばかフィルターにより傑作だと褒め称えるので現実を理解しているかが分からない。
だが、冷静に第三者が評価するのであれば同世代の子の方が評価は高いであろう。
もちろん、将来絵描きにでもならない限り、絵の腕は生活に影響を及ぼさないので問題はない。
それに明確に正誤がつけることができない分野でもある。
そんなサラティスの絵であるが、紙に描いている人体は実にまともであった。
初見で人体であると理解することができたのだから。
「そ、そうですか……」
「これはちゃんと目的があって描いてます。時間潰しじゃないですよ」
「……まさか、こちらは治療のための?」
机に広げられた紙に目を通す。
「そうですね。人体の絵は記録のためですね。これがあれば分かりやすいので」
「なるほど」
そこはやはりサラティスであった。
「少し休憩なさってはどうでしょうか?ずっと座っていては、お体によくありません」
「そうですね」
サラティスは立ち上がり、身体を伸ばす。
「あちらに飲み物を用意してありますので」
「ありがとうございます」
隣の部屋の机にはコップが置かれていた。
サラティスはソファーに座り、コップを口に付ける。
喉を潤し、のほほんと休息を噛み締めていると扉を叩く音が聞こえた。
ハルティックは扉を開けず、向こう側に問いかける。
しばし会話を交わした後戻ってくる。
「サラティス様、ヨルバドフ様が宿に来たとのことです」
扉をノックしたのは宿の従業員だった。
それなりの宿は防犯がしっかりしており、宿泊客以外が宿泊スペースに入ることができなかったりする。
ダヴァンも連れ、宿の受付に降り向かうとヨルバドフが待っていた。
「黙れよヨルバドフ」
開口一番ダヴァンが先制攻撃する。
慣れているのだろう、ヨルバドフは特に気分を害する様子はなく、静かに頷く。
「ひとまず、俺の店に」
ヨルバドフの店に向かった。
「お前あの調子だと、宿の入口で騒ぎそうだったからな」
「確かに、サラティス様のことが広まるのは望ましくありませんね。ヨルバドフ様も口外厳禁でお願いします」
「ああ。確かにそうだよな」
あの場でサラティスに助けてくれと言いそうになった。
止めて貰って大正解であった。
「サラティス様、タルサードさんに聞いたらぜひやってくれだと」
「分かりました。ひとまず案内してください」