第156話「漁師の血反吐」
「悪い、もろもろ助かった」
ヨルバドフが戻ってきた。
「どうしました?」
ヨルバドフの顔が少し曇り、体調が優れなさそうな様子であった。
「さっき声かけてきた人はユーダリアさんって人だ。漁師時代何かと世話になった恩人なんだ。で、弟さんがいて、タルサードさんていうんだが病気になったらしくてな……」
「なるほど……それはお辛いですね」
回復魔術では病を治すことはできない。
力になることはできなさそうだ。
「ああ、漁師の血反吐になったらしくてな」
「そりゃー大変だな」
ダヴァンがヨルバドフの肩を叩く。
「漁師の血反吐ってどんな病気ですか?」
「あーえっと確か……」
ヨルバドフは首を振る。
記憶の頁から絞り出そうとしている。
「ルーリエ病だろ」
「あ、それだ」
ダヴァンの解答にすっきりしたようだった。
「ルーリエ病?」
「漁師が掛かるから、漁師の血反吐って言うんだ」
ルーリエ病。
それは極めて限定的な病気で海に携わるか、漁師などが身近にいないと知らないレベルの知名度の病気だ。
初期症状は歯茎から血が出るようになる。
この様子から漁師の血反吐と呼ばれるのだろう。
次に傷が治りにくく、血が止まりにくくなる。
手足指先が黒ずみ、皮膚がひび割れ裂ける。
胸が次第に陥没しだし、咳が止まらなくなる。
この頃には呼吸も苦しくなり最後には死に至る。
「あ、船乗り病ですね。それだったら薬飲めば、初期症状なら治りますよね?」
「薬?」
「はい。ネイリス草、エミルの蜜袋、ベアダボの肝を混ぜたやつですよ」
「ほ、ほ、本当なのか?」
「はい」
これは間違いない。
ネイシャは物資を運ぶ船と、航路の護衛のために暫く船生活をしていたことがある。
当時は船乗り病と呼ばれていた。
船乗りから聞いたので正式名称がどうだったかは知らない。
ネイリス草、エミルの蜜袋を混ぜた薬が飲まれていた。
この時は薬といっても症状の進行を遅らせる程度のものであった。
船に乗る直前、大量発生したベアダボ駆除をしていた。
肝は薬の材料や、栄養価が高いので船に持ち込んでいた。
パーティーの怪我や病気の対処はネイシャが責任者として動いていたのもあって薬の知識も素人より持っていた。
余ってたベアダボの肝を混ぜたらどうだと、思い付き薬にしてみた所、既存の薬より遥かに効果が出た。
既存の薬は症状を遅らせるだけだが、ネイシャ作の薬は初期症状なら回復を見せた。
大発明であった。
やり方次第では大富豪になることだってできたかもしれない。
だが困った時はお互い様。
ネイシャは特に金などを要求することなく、薬を配り歩いた。
ネイシャにとって薬の効果や、患者の状態の観察の方が価値があった。
これらが後に聖女と呼ばれる一因にもなった。