第153話「サラティスのおかげ?」
時間にして数分ではあるが慣れた漁師でもアザを作るなんてざらである。
だが、海が初めての貴族の子供が無傷でやり過ごす。
ヨルバドフはぽかんとした様子でぼーっとサラティスを眺めていた。
「だから言ったろ。うちのお嬢様は凡人じゃないってな」
何故だ。
何歳だ。
どうして。
言葉が脳を刻み声帯を駆け上ろうとするが、動揺が口から言葉を押しとどめる。
「サラティス様、助かった」
ヨルバドフは頭を下げる。
「いえいえ、海だとよくあ……あるあるなんですよね?」
私は海が初めてなのです。
それに矛盾するような言動はいけない。
うっかりをなんとか誤魔化すことに成功したサラティス。
「よし。じゃ船動かすぞ。見てるか?それとも船内戻るか?」
網を引くために動かすので移動とは異なり低速であるため、船上にいても問題はない。
ゆっくりと動く船の上から海面を眺めることにした。
しばらくすると再度船が停止した。
「っとこれから網引き上げるからちと離れててくれ」
ヨルバドフは船上の床部分を弄る。
固定されている部分を外すとぽっかりと四角い穴が見える。
捕った魚を入れるスペースになっているようだ。
「おい、お前それくらい買えばよくないか?」
ヨルバドフは網を引き揚げるために網の機械についているレバーをくるくると回していく。
ヨルバドフの屈強な腕がぎしぎしと脈打つ。
これだけの負荷であるからこそ、あの腕になるのであろう。
「うるせぇ丁度いい運動になんだよ」
「ああ言ってるけどたぶん魔術具買う金が無かったんだぜ。船を買うときに」
「ダヴァン、自動でやってくれるのがあるんですか?」
「ああ。サラティス様が前に作ったろ。粉砕機、あんな感じで勝手に引っ張ってくれるやつがある」
「確かにそうですね。でも手動もいいじゃないですか」
「お、そいつぁ意外だな」
「どうしてです?」
「いや、色々開発してるからよ。てっきり効率重視かと思ってたぜ」
「そこは場合によりますよ。大きい船でたくさんの人で漁するならきっと自動化だと思います。でも個人なら、逆に手動の方がメリットあったりするじゃないですか」
なんでも簡略化するのは良くない。
それがあらぬトラブルの火種になったりするからだ。
「あ、お魚です!」
網が見え始めた。
知っている魚もいれば、見たことない魚もたくさんいた。
網から出た魚たちは豪快に船の床に散らばる。
『流せ』
ヨルバドフ水魔術を使う。
手元から流水が放たれ、床の魚たちは滑りながら穴に落ちていく。
ドボン、ボチャンと音が聞こえる。
「あの穴は下に籠が置いてあるんだ。で、水が張ってある」
水生魔獣は基本的には陸上だと呼吸ができず、しばらくすると絶命する。
この港で揚げられた魚は三つのルートがあるそうだ。
一つ目はヨルバドフなど個人や小規模で漁をしている場合。
船から直接自分で持って帰るルート。
二つ目は捕った魚を街内、領内に売るルート。
三つめは他領に売るルート。
他領に売る場合は直ぐ凍らせるそうだ。
「新鮮さを保つための工夫なんですね」
「そうだな」
そこら辺は肉と何ら変わらわない。
「サラティス様、匂いは大丈夫でしょうか?」
「ありがとう。大丈夫ですよ、家畜の魔獣だって似た様なものですし。あ、ハルティックは大丈夫ですか?」
魚から独特な匂いが漂っている。
これが普通の貴族の娘であれば、気を失うかもしれない。
だが、サラティスは何も感じなかった。
匂いがするのが当たり前であるからだ。
「はい、ここまで強烈とは知りませんでしたが、問題ありません」
「そうだよな。サラティス様は解体だって、普通に見てるしな」
「今日はサラティス様のお陰かいつもより捕れたから戻ろうと思うがいいか?」
「はい、忙し中ありがとうございます。てことは普段は何回かやるんですか?」
「そうだな。ポイント変えて二、三回かな」
「なるほどー。捕れない日はどうするんですか?」
「そりゃもちろん、その日は店じまいが早いってだけだな」
港に戻り、ダヴァンは籠を持つのを手伝わされていた。
ヨルバドフは捕った魚から店で使わないものを港に併設されている市に売りに行った。