第152話「狂乱の宴」
四人は船上に出る。
ヨルバドフは手際よく網を海面に投げ入れる。
網は水と混ざりあい、海中に、そして視認ができない底に沈む。
「サラティス様、あんま端に寄るなよ?いきなり揺れてドボンなんてことあるからな」
ダヴァンの注意に従い距離感に気を付けながらハルティックの腕を掴む。
「おい、お前ら船内に戻れ!」
網が海底に沈むのを待っていたヨルバドフが唐突に叫ぶ。
口調からもかなり焦っているのが分かる。
「間に合わね、ダヴァン叩き落とせ」
それは唐突に姿を現した。
水を軽やかに切り裂き、空気の満ちた世界を撫でる。
ヨルバドフは船に備え付けてある木の棒を外し一つをダヴァンに渡す。
「おら」
「ひさしぶりだな」
そして二人はそれの方向に向かい木の棒を振り下ろす。
木の棒は剣と同じ程度の長さで振り下ろすことを想定しているかのようであった。
「あークヌヌガランですか」
サラティスも知っている魔獣であった。
陸から長眺めるクヌヌガランはある意味幻想的な光景である。
だが、目の前でそれを見るのは狂乱の宴である。
クヌヌガランは海藻などを食べる比較的大人しい魔獣である。
肉食ではないため、人や他の魔獣を襲うことはない。
クヌヌガランの一番の特徴は海面を飛び出し空中を舞い、再び海中に戻る行為だ。
クヌヌガランは五十セル程度の大きさで、そこまで大きくはない。
だが、数百匹と群れで行動する。
群れで海面にアーチを作り上げる様は見ものである。
クヌヌガランの頭部は丸く、皿の底のような厚みを帯びて硬い。
海上でそれに出会うのならば数百の鈍器が飛び交う戦場のようなものだ。
二人は飛び出してきたクヌヌガランを叩き落として直撃を防ぐ。
振っている棒はクヌヌガランを叩き落とすために設置してあるものであった。
「お二人とも、下がってください。それじゃハルティックが怪我する可能性があります」
身長の差がある分あたる確率は高い。
いくら達人でも全てを叩き落とすなど二人では到底できない。
「策あんのか?」
「はい」
「よし。ヨルバドフ下がるぞ」
「いいのか?」
出航時に口約束したとはいえ、なるべく怪我させないようにと必死であった。
「ああ。信じろ」
ダヴァンは邪魔にならないように下がる。
少し遅れてヨルバドフも下がる。
「この子たちはこれに限りますよ」
突如サラティスの周りに数多の水球が出現した。
『ぼちゃん』
水球はサラティスの眼前を埋め尽くす。
クヌヌガランは水球にぶつかる。
水球は破裂することなくクヌヌガランを呑込む。
「それ」
クヌヌガランが入った水球はすーっと空中を漂い海面へ。
海面に触れると水球は破裂しクヌヌガランは海中へ。
「なんだこりゃ」
「相変わらずだよな。魔術自体は初級も初級の水球なんだろうがな。規模が違ぇんだよな」
ヨルバドフは驚愕しその光景をただただ眺める。
ダヴァンは呆れながら笑う。
クヌヌガランの一般的な対処は叩き落とすである。
その狂乱の中にそれなりの魔術師がいるなら、風魔術で吹き飛ばすのが効率的だ。
だが、風なので船体に影響があるので場合によっては事故に繋がる。
サラティスも初めは風魔術で全部すっ飛ばした。
だが、風により波が立ち船を飲み込み流されて以来、水魔術に変えた。
サラティスの発動速度、処理能力があれば実現ができる方法であった。
嬉しい誤算もあった。
水球の複数操作はセクド達への訓練に協力するうちに精度がより鍛えられていたのであった。
「終わりましたね」