第140話「そういう人種はいる」
「追いますか?」
「ああ。案の定店の外には行ってないようだからな」
条件が整っている。
モグレンヴァには悪いが貴族への殺人未遂。
身柄を抑える大義名分ができた。
見た限りモグレンヴァはただの商人である。
護衛二人の戦いでかかったのは五分程度のものであった。
その時間でどこまで逃げれるのか。
「止まれ!」
「警備か」
武装した五人の警備員がやってきた。
「ダヴァン、私がやりましょう」
「いや、一応俺が……」
「時間短縮です」
えげつない。
末恐ろしい。
ダヴァンの率直な感想だ。
警備員は全員床に倒れこんでいた。
水球が顔を覆いそれで終了。
並みの魔術師でもここまで手短に、鮮やかにはできないだろう。
しかも五人同時にだ。
何より一歩解除を間違えれば溺死する。
当然呼吸は人それぞれである。
息を我慢できる時間を見極め、気絶した瞬間、瞬時に解除する。
これくらいできないと、あの森から生きて帰ってこれないだろう。
だがサラティスは子供なのだ。
これがさらに経験を重ねればどうなってしまうのか。
実に愉快である。
「ダヴァン、足取りに迷いないですが分かってるんですか?」
「いんや、こういうのは大抵最奥の最上か、地下の部屋って相場が決まってる」
「なるほど」
二人は階段をかけていく。
「でだ、分かりやすく階段とかあればいいが、地下などは入口を隠してる場合がある。時間に余裕がない場合は上から調べて行って、最後どこにもいなかったら隠してある入口を探した方が効率がいい」
「参考になります」
「しないでくれ。できれば、二度とごめんだぜ」
貴族の娘が到底体験する出来事でない。
こんなのが何度もあってたまるか。
だが、ありそうなのが本当に恐ろしい。
事情を知らない従業員が二人を見てぎょっとするが、気にせず進む。
「ここだな」
建物最上階の三階の最奥の部屋。
一際上質なドアを開ける。
が、鍵が掛かっており開かない。
「だ、誰だ」
アウト。
モグレンヴァにとっては。
二人にしてみればわざわざ居場所を知らせてくれてありがとう。
「ダヴァン、退いてください」
「あいよ」
『ドガン』
「な、なんだ!」
ドアが豪快にすっ飛ぶ。
「ひ、ひぃ」
ダヴァンは剣を抜き、素早くかけモグレンヴァに突き立てる。
「こ、こんなことしてただで済むと思うなよ」
「リステッド家長女を殺害しようとしたてめぇが、ただで済むと思うなよ?今この場で、てめぇの首刎ねた所で問題にならねぇが?」
「人聞きが悪い。誰もそんなことしてないじゃないか。金か?奴隷か?」
「……」
「ダヴァン、抑えてください」
「ああ、大丈夫だ」
「モグレンヴァさん、貴方は誘拐して奴隷にしてましたね?」
「な、何を仰りますか。そんなことしてません。一体証拠などどこにあるのですか?」
「……別に認めなくてもいいんですけどね」
ただただ不快になる。
違法に奴隷にしてなどと思いつき命令している時点で碌でもないのは分かっているが。
「い、痛い!」
「サラティス様?」
モグレンヴァの頬が少し切れ、そこから血がすーっと静かに垂れる。
風魔術で頬を軽く切った。
「奴隷になった人達はもっと痛かったはずですよ」
「容疑者に暴行するのはい、違法だ」
「おい、貴族相手にそれが通用すると思うのか?」
「暴行?どこに怪我してるんですか?」
「へ?」
モグレンヴァは頬を触る。
「え?何で?」
指は血で濡れる。
確かに痛みの通り怪我したはずであった。
しかし、いくら触っても肝心の怪我がない。
頬はいたって綺麗なまま。
傷などどこにもない。
「モグレンヴァさん、私回復魔術が得意です」
「ま、まさか」
「ダヴァン、傷跡がなく当事者の証言だけ。信じますかね?」
「法的には難しいだろうな。血で汚れたら別だろうが」
「なるほど、なら指が折れたら?」
「貴族じゃなくても、ちと難しいんじゃねえか?証明しようがないからな」
「だそうです」
サラティスは風魔術で頬を切りすぐさま回復魔術で治した。
モグレンヴァはただの商人である。
領地に腰をすえ、貴族との取引。
その身に直接的な危険が及ぶことは経験がなかった。
直接的な痛み、想像できるこれから受けるであろう痛み。
その恐怖に理性を失い、逃避のただ一つを目指しく言の葉を紡ぐ。
「分かった、分かったからやめてくれ!」
口から出た言葉は思わずサラティスの耳を塞ぎたくなるようなものだった。
だがある意味これも勉強である。
領主にはならないが、貴族としてこういう人種もいるということは知っていないといけない。
サラティスは将来、領地の運営に必ず携わるであろう。
知っていなければ防ぐことが難しい。
「サラティス様、お願いできるか?」
「はい」
聞きたいことをひとしきり聞き、モグレンヴァを気絶させ、ダヴァンが縛る。