第12話「三人だけの秘密」
「まりーちょといいいれしゅか?」
「は、はいサラティス様」
サラティスは廊下で使用人であるマリーを呼んだ。
彼女は掃除を担当している。
が、彼女は悪意なき体質により掃除する部屋を制限されている。
「ちょっとすかーとめくって」
「は、はい」
マリーは恐る恐る長いスカートをめくり足を見せる。
「はい、おわりれしゅ」
「すすすすすみません、サラティス様」
「ちがうれしょ?」
「あ、ありがとうございます」
マリーの足には擦り傷があり、サラティスが回復魔術で治した。
マリーは一言で言えばドジッ娘なのだ。
リステッド家は土地柄、他貴族の来客が少ないが貴族なのである。
家の中に美術品、装飾品など室内だけでなく廊下など人の目が触れる箇所には飾ってあったりする。
マリーはよく転ぶ。
マリーはよく倒す。
マリーはよく壊す。
そう、マリーは物品破損の常習犯だ。なので高価なものがあるエリアの業務は禁止されている。
これが他所の貴族の家ならば、私刑に処されても致し方ない。
弁償費用もかなりのもので、数年は無給で働くしかない。
が、二人はマリーが故意でないことは知っているし、人柄も良いことを知っているので処罰や弁償など一切求めてない。その代わり、家政婦長にこっぴどく怒られる。
マリーは一生この家で、二人に仕えようと誓っている。
サラティスからすれば見るたびに怪我をこしらえてる絶好の練習台なのだ。
マリーの怪我はもちろんサラティスのためでなく元よりなので約束を違えることもない。
マリーとしてはサラティスに治してもらうのは恐れ多い。
怪我は自分の不注意のせいでできたものだ。
この程度で病院に行くことはないが、仮に病院で治して貰うとしたら数千フェルはするだろう。
それを無料で治してもらうのだ。アレシアはあくまで練習だから気にすることはないと言っているがそんな無恥なことはできない。
サラティスは獲物を探しに家の中を徘徊する。
兄のジェリドの怪我だが、全ての傷を治すことはセクドが禁止している。
自然の治癒力を衰えさせないため、精神的に回復魔法に依存しないようにするためなどいくつか理由があるらしくて、セクドが許可した傷のみ治す。
そして、怪我人を求めて屋敷内を歩くのだが、マリーを除くと基本怪我人はいない。
現在、リステッド家の使用人は全員最低でも三年以上は仕えている。
なので、未経験な初々しい人材はいないのである。
貴族に仕える以上、一定以上の能力は持ち合わせている。
つまり回復魔術を使う怪我をする人間はそうそういないのである。
「お、サラティス様また怪我人でも探してんのか?」
調理場に向かうとダヴァンが声をかけてきた。
「けがにんはいましぇんか?」
「包丁で指切る素人はいねーよ。あ、」
「にゃんれしゅか?」
「サラティス様の回復魔術は火傷って治せんのか?ベロ火傷しちってよ」
「らいじょぶれしゅ」
「ベロ出せばいいか?」
「はい」
ダヴァンはしゃがみ舌を突き出す。
事情を知らない人が見れば確実に事案である。
「どうれしゅか?」
「おお、さすがはサラティス様。おやつ期待しててくれよな」
「はいなのれしゅ」
ケイトが遊びにやってくればケイトも対象だ。
ケイトは婚約者であるし、お互い幼いので隠し事はできないと判断し限定的に教えることにした。
当人たちは元より前から秘密にしていることであったが。
「なぁ、サラその恰好で草むらは行かないほうがいいんじゃないのか?」
「にゃれてるのれ、らいじょうぶれしゅ」
「さらちゃん、ぼくもはいってへいきなの?」
リステッド家の庭より先は森が広がってる。
目に見える範囲はリステッド領の土地の森林であり庭から出たらリベール大森林に入るなんてことはない。
リベール大森林の境界線には目印が打ち込んである。
なので庭からちょと出たくらいは問題ではない。
勝手に森に入ったらお説教だが。
「めじゅらしい、くしゃがにゃいか、みるのれしゅ」
「あーじゃ、ちょっとだけな」
「さらちゃん、またジュースつくるの?」
「それはくしゃしらい、れしゅね」
サラティスとケイトは暫く地面の草を観察しながら歩く。
ジェリドは万が一に魔獣が現れないか周囲を警戒している。
「ひゃっ」
「ケイトどうした」
突如情けない悲鳴が聞こえた。
発生源はケイトである。
「なんかあのいし、ぶきみじゃない?」
「あれは……どっかで見たことあるような……」
「おにいしゃま、ませきじゃにゃいれしゅか?」
「あ、それだ。魔力を失った魔石だ。でも何でこんな所に落ちてるんだろ」
「じぇりどさま、ひろったほうがいいですか?」
「ありがとう、そうだな」
ジェリドはケイトから魔石を受け取る。
「んー」
ケイトが悲鳴を上げた時サラティスも違和感を覚えた。
しかし、それは魔石ではない。
「あ、まってよさらちゃん」
ケイトはサラが変な方向に歩き出したことに気づく。
「おい、サラあんまり奥行くのはだめだぞ」
絶対自分も連帯責任で怒られるからだ。
「あ」
「な、なにあれ」
「な、二人とも気をつけろ」
木の根が盛り上がっている部位を枕のようにして謎の生命体が倒れこんでいた。
全長はサラティスが貰った人形と同じくらいの大きさ。
全身の皮膚は薄い茶色で折れた木の枝と間違えるような色をしていた。
そして、顔があり、背中とおもしき箇所から腕が六本生えている。
「まぞくね……」
「逃げるぞ」
「ま、まぞ……く」
ジェリドはサラティスとケイトの手を引く。
小さくても魔族は危険だ。
全ての魔族が危険な訳ではないが、事情も分らない今は離れた方が良い。
「サラ?」
サラは離れるのを拒否した。
「けがしてるれしゅ」
「……治したいのか?」
「はい。わるいまぞくと、きまったわけれもにゃいから、にゃおしゅれしゅ」
小さい魔族は体のあちこちから黒い液体で汚れていた。
恐らくこれはこの魔族の血だろう。
腕のあちこちに深い切り傷があり、酷い箇所だと骨のようなものが見えてる。
「分かった。治したらすぐ離れるぞ」
本来であれば妹の我儘だと、無理にでも連れていくのが正しいのかもしれない。
しかし、優しく、身分の違いはあれど、同じ人間なんだと両親に育てられたジェリド、魔族だからという理由で迫害などしたくない。
ネイシャは魔族のリーダーである魔王との戦いこれが原因で命を落とした。
魔族に恨みがあるのか。
否である。
確かに、魔族と戦いたくさんの命を奪った。たくさんの味方の命を奪われた。
それと同様に魔族に助けられた。
何より当時争ったのは魔族だけはない。
人間とだってやりあった。
サラティスは魔族も人間も結局は同じ。良い奴も悪い奴もいる。
種族という括りでまとめてしまうのはもったいない。
「ごふ」
サラティスが見える切り傷を全て治療した。
「さらちゃんすごい……」
擦り傷なら治してもらっていたが、こんなぱっくりいっている傷まで完璧に治せるとは。
「にゃいじょうかしら?」
サラティスは真剣な顔つきで魔族を観察していた。
治癒した途端口から血を吐いた。
口の中が切れて血が出た様子じゃなさそうだ。
「……いっしょいちど、おにゃかきったほうが……」
サラティスは目の前にいる魔族は初めて見る種族だ。
魔族は人間と異なり、種族によって体内もまるっきり異なる。
人間ならば、臓器の位置や種類など知っているので回復魔術で治すことができる。
だが、いくらサラティスでも知らない物は治しようがない。
「お、おい触って大丈夫なのか?」
「おうきゅうしょちれしゅ」
サラティスは魔族の胸辺りに手の平を押し付ける。
「きれい……」
サラティスの手が光だす。
光の波が魔族の体を包み、暫くして光は消えた。
「おにいしゃま、だっこー」
「……ったく。ほら。ケイトも行くぞ」
「は、はい」
ジェリドはサラティスのいないところで両親から、サラティスが魔術で疲労しているのを見たら無理にでも部屋に運んで安静に休ませるようにと言われていた。
サラティスは自分を使うようなことは言わないので、回復魔術の使い過ぎで歩けないのだと判断した。
その推察はあながち間違いではなかった。
サラティスは当然、意味もなくだっこを要求したわけではない。
歩くのがだるいから、歩いて戻るとなると迷惑をかける恐れがあるからだった。
最後にやったのは回復魔術ではない。
ジェリドもケイトも知識は一切ないため回復魔術で体の中を治したと誤解しているが。
では何ををしたかというと、純粋に魔力を分け与えただけである。
魔族は人間と大きく体の作りが異なる。種族によっては魔力があれば肉体が再生する種もいた。
魔族にとって魔力は時として肉体より重要なものだ。
まだ、サラティスは解明できていない現象だが魔族に対して魔力を分け与えることができるのだ。
これは昔、戦場で仲間の魔族を治療した際に発見した事象である。
その魔族は魔力が尽き欠けて危篤状態たった。回復魔術を使ったとことで焼け石に水。
何か他の方法はないかと触診した際魔力がごそっと無くなった。
そして、魔族の体は回復を始めた。
なので、魔力を分ければ多少良くなるのでは?と試したら成功したのだった。
そして魔力が大幅に減り、体に倦怠感を感じていた。それが体のだるさの理由だ。
「あのことは三人だけの秘密な」
「けい、いいれしゅね」
「う、うん。ひみつだね」
三人は無事に家に戻り、この魔族のことは秘密にすることにした。
森に勝手にでたことは確かに悪いかもしれないが、それ以外に悪いとをしたわけじゃない。
結局あの魔族が助かったかどうかは不明。
何より三人だけの秘密。子供心にはとても魅力的なものであった。