第119話「ごしごし」
そろそろ時間なので三人は店を出ることにした。
「ハルティック、ちょっと強いのでは?」
普段より頭を洗う手の強さが強い気がする。
気のせいではない。確かに強い。
「サラティス様、今回の目的はサラティス様が満足されること。鍛冶場の見学も好きであるのなら問題ないです。ですが、いいですか?貴族として、独特な匂いが着いてしまうので注意してくださいね」
「はーい」
大事な客人と会う予定があるのに関わらず、店に寄る。
サラティスならやりかねない。
二人は普段より狭い浴室に浸かる。
「ハルティック、ごめんなさい」
「どうしました?」
「確かに私は楽しかったですが、ハルティックからすれば苦痛でしたよね」
あの時は夢中であったが、今考えるとハルティックは自分に付き添うため、ずっと同じ景色を見ていた。
興味がない人間からすれば苦痛で仕方ないということは、さすがのサラティスでも理解できる。
「この程度苦痛などではありません。ただ、見ているだけで動いたりしてるわけではないので」
「そうですか……」
「それに、サラティス様が喜んでいらっしゃるなら私も満足です」
「ハルティック」
サラティスはぎゅーっとハルティックを抱きしめる。
「あまり長湯するとのぼせてしまいますよ」
二人は風呂から出て眠りについた。
魔石を書く日まで、三人は街中を散策した。
武器や防具を売っているお店。
鉄製の日用雑貨が売っているお店。
購入が目的ではなく、どのような物が、どのくらいの値段で売られているかなど見ていった。
そして、約束の日が訪れた。
サラティスが店に着くなり。大将の部屋に案内された。
「いつでもいいぜ」
机の上には魔石や道具が既に準備されていた。
「一応、これが魔石に書いてあった魔術式だ」
大将は三枚の紙を渡す。
「悪いが、二人は部屋出てもらうぞ」
「……」
ハルティックは部屋の隅々を観察する。
「出入口はここだけでしょうか?」
「ああそうだ」
「ハルティック、心配すんな。ここは大丈夫だ」
「……承知しました。サラティス様、何かあればすぐ大きな声を出してください」
サラティスを一人きりにするのできればしたくないが、建物の作り的にも、ダヴァンの判断も問題ないのでハルティックも従う。
大将は静かに部屋の扉を閉めた。
「大将様、サラティス様が行う作業というのは通常どれくらい時間がかかるものなのでしょうか?」
「そうさな、腕によるとしか言えねぇな。ただ、うちのがやるなら三時間もあれば終わるな」
「なるほど」
ハルティックは水を用意した方がいいかなど頭で計画を立てる。
「だが、嬢ちゃんなら十分程度で終わるんじゃねぇのか?」
「……それはどうしてでしょうか?」
「いいか?庇う訳じゃないが、うちの魔術師が出来損ないな訳じゃねぇ。かなり優秀だ。嬢ちゃんが優秀すぎるから、早く終わるだろうって見立てだ」
「因みに何が優秀なのでしょうか?」
ハルティックもこの気難しそうな職人が心の底から褒めているのは分かる。