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第10話「神童サラティス」

「見ててくださいね」


 鞄から小さいナイフを取りだして、人形のお腹を十セルくら縦に切る。

 中から人形の本体である茶色の木が見える。


『傷を治せ』


 シェリーが詠唱すると人形のお腹の傷周りが淡く光、数秒で傷が綺麗にくっついて治った。


「あら相変わらずみごとね」


 アレシアは思わず拍手を送る。


「これは詠唱による魔術発動です。一人前と呼ばれるには魔術式を省略した詠唱のみでの発動できるようにならなくてはいけません。つまりサラティス様の最終目標はこれですね」

「やりたいれしゅ」

「あら、ではとりあえずやってみますか?」


 これはシェリーの授業においていつもの流れである。

 まず魔術のすごさ、同時に危険さを教える。

 やってはいけないことを教え目の間で実演。

 ひとまず、真似をさせてみる。魔術式の知識もないので発動しない。

 この興味を持った状態で魔術式を教えることで飲み込みが少しは早くなれば。

 これがシェリーの方針だ。


「サラティス、包丁とは違うから気を付けて。指切っちゃだめよ」

「アレシア、包丁って……」

「あ、この子料理やお菓子作りにも興味があるの。で、料理人に混ざってちょっとだけお手伝いしたり一緒に作ったりするのよ」

「あんたの家庭方針に口だす気はないけど貴族よね?」


 貴族の娘なら、ナイフより大きい刃物など手にすることなく一生を終えることだって珍しくない。そのために使用人がいるのだから。

 料理は食べるもの。誰が作るか、どのようにして作られたか。

 それすら理解していない、教えてもらえない可哀想な子供だっている。


「危なくなければ興味あることは邪魔しないようにしてるのよ。それにセクドだって料理する時もあるのよ」

「まぁ、あの人はね……」


 リステッド家の男は自身で最低限料理できなくてはならないというルールが存在する。

 理由は戦地、魔獣を狩る森の中で生存しなくてならない時、最低限食事を自身で行うことができなれば餓死するからだ。

 そんな危険な場所に料理人を都度同行させるなど無理がある。

 つまり一定以上の個人のサバイバル能力が求められるのだ。

 そういったリステッド家を野蛮だと下に見る貴族も中にはいるがシェリーは純粋に立派だと思っている。

 そもそもシェリーはアレシアと友人関係である。さらにセクドとも同級なのだ。セクドのこともよく知っている。


「きれたー」


 切り傷はまっすぐではなく歪んでいるが、五セルほどの傷ができた。


「ふふ、上手ね」

「……」


 正直ただの親ばかである。

 シェリーは仕方なく貴族の子供に魔術を教える仕事を多々受けてきた。

 子供の一挙手一投足全て褒める親も見たことはある。

 その時は思うところがあるが、不思議なことにアレシアだと何も思わない。

 そこがアレシア、この夫婦のすごいところだとシェリーは思った。

 サラティスは興奮のあまり重要なことを忘れていた。


「はい!?」

「あら?サラティスやったわねー」


 シェリーは目の前の光景が信じられなさすぎて目を大きく開き暫し硬直する。

 サラティスは自分の机の上に置いてある人形に回復魔術を使った。

 サラティスからすれば魂に刻み込まれた行為。

 もはや息をするのと同じようなものだ。

 以前は魔術の天才と称されたが、一番得意で好きなの回復魔術であった。

 初めて自分が見た魔術、魔術に触れるきっかけ、自身の根源。

 だから忘れていたのだ。

 サラティスとしてバレないように魔術を使う際には威力の制御は常にしていたが、魔術そのものを失敗することはしたことがない。

 本来この場では失敗するのが正解だったのだ。

 そして、この事実に興奮するサラティスは気づいてなかった。

 未知なる魔術による人形。

 本当に回復魔術で再生した。

 これが興奮せずにいられるものか。


「せんせい?」


 アレシアはいつも通り最大級にサラティスを褒めていたが、シェリーはまだ固まったままだ。

 何故自分を無視しているのかサラティスは理由がわからなかった。


「ご、ごめんなさい。サラティス様、もう一度見せてもらえますか?」


 シェリーがナイフで再度人形を切る。


「はい」


 思わずシェリーは無意識なうちに後ずさりした。


「な、な……」

「せんせい?」


 シェリーは口をぱくぱく動かすが言葉が出てこないようだ。

 まるで、食べ物が喉に詰まって窒息しているかのような。


「ちょっと待って待って」


 シェリーはしゃがみこみ、何やらぶつぶつつぶやいている。

 しばらくして落ち着いたのか立ち上がる。


「アレシア、貴女何やってんのよ?」

「何かしら急に?」

「だって貴女、サラティスに魔術教えて欲しい。魔術は教えてないから知らないって言ったのよ?」

「ええそうよ」

「そうよって。これは何?」

「サラティスが天才ってことじゃなくて」

「っつ。そっかあんた魔術は一般だったけ」

「そうね。だから、貴女に助力を求めたのよ。てっきり誰か紹介してくれるのかと思ってたら本人が来てびっくりしたけど」

「サラティス、セクドに魔術教えてもらったりした?」

「いいえ。おしょわってましぇん」

「そうよね。彼は強化魔術はすごいけど、回復魔術は聞いたことないし……」

「どうしたのよ?そんな血相変えて。成功したから良いんじゃないの?」

「成功するのがおかしいのよ!」


 ここにきてサラティスは内心はっとした。

 冷静に考えれば魔術式で魔術を発動できるように練習するはずなのに、詠唱どころからそれすらすっ飛ばして術式を用いず無詠唱で発動したのだから。

 魔術式を式詠唱と紐づけ使い続けることで、魔術式を用いず詠唱のみで発動できるようになる。

 さらに使い続け、才のある魔術師は脳内で意識するだけで魔術が発動することができる。

 無詠唱発動が魔術の理想である魔法に限りなく近い姿だ。

 無詠唱といっても当然使う魔術によって難易度が異なる。

 爪先ほどの小さい火を灯す魔術ならば無詠唱で行うことは練習すればそれほど才がなくても辿り着けるだろう。

 しかし、サラティスがやったのは回復魔術だ。

 もちろん、小さな切り傷を治す程度なら無詠唱で行う医者もいる。

 が、それは病院に勤めて経験してきた結果である。

 練習してない幼子が無詠唱などシェリーが知る限りであり得ない状況だった。

 しかし、一回だけなら何かの間違い、不具合の可能性もあげることはできたが二回目も同様な結果だ。


「ごめんね、もう一回やってもらえるかしら?」

「はい」


 シェリーは形容詞に当てはめることができない表情をしていた。

 もはや自分がナイフで切る速度より治る速度のが早いレベルなのだ。

 間違いでもなんでもなく、正真正銘史上最高の神童と称した方が良いかもしれない。


「サラティス、アレシア座って落ち着いて聞いて頂戴」


 三人とも椅子に座り、シェリーは呼吸を整え告げる。


「まず、サラティス貴女どこかで魔術式を見たことはあるからしら?」

「……あ、ありましゅ」

「ああ確か魔術式の図鑑集だったかしら。あれは一緒に見たことあるわね」

「なるほど……アレシア、貴女見ただけで使えた魔術ある?」

「そんなのあるわけないじゃない」

「名の知れた天才魔術師なら魔術式を詳しく理解せずとも普通に魔術を使えることもあるみたいよ。でもね、いきなり無詠唱なんて聞いたことない」

「あ」

「サラティス、魔術を使ってから具合悪くなったりしてない?」

「……とくにないれしゅ」

「そう。回復魔術は魔力を使うから、場合によっては魔術式を知っていても上手く発動できないことだって珍しくない。魔力を一度に使い過ぎると体調が悪くなったり最悪死に至ることもあるの」


 それは一般知識だ。少なくとも学園に通ったアレシアもこれに関しては当然知っている。


「前に他の貴族の五歳の子に教えたことがあるわ。そん時は火魔術だったんだけど二回ほどやってみて体調が悪くなったわ。もちろん魔力の量は個人差があるけど、連発しちゃだめよ?」

「は、はい」


 魔力切れ。サラティスも当然知っていたし、魔力切れが危ないのは身を持って知っていた。

 戦時中、数時間休みなく回復魔術を使うことなんてざらにあった。

 少し体調が悪くなっていくと次第に楽しくなっていく。

 一番酷かった時は三日間寝ずにひたすら回復魔術を使用した時だ。

 あの時は途中から記憶がなく、ひと段落した時気を失い六日間起きることなく寝続けた。

 なので限界を知っているので止め時は理解しているつもりだ。


「いい?私は切り傷を治す魔術を一年でできるようになれば良いと考え、スケジュールを想定してたの」

「それはすごいの?」


 アレシアは学生時代の知識しかないうえ回復魔術は専門外だ。


「学生なら、このレベルなら三か月程度でできないのなら才能なしね。三歳なら到底無理。一年でも短いくらい。でも、貴女が天才っていうから一年もやればできるんじゃないかしらという希望的観測を籠めての一年」

「じゃ、やっぱりすごいのね」

「すごいなんて低レベルね。いい?私が言ってるのは魔術式なしの詠唱のみでの発動。これを一年。だけど、練習もせず無詠唱なんて学生が一年かけても無理ね」


 学生は他にも勉強することが多いから練習時間を割けない事情もあるが。


「これは提案というかお願いというか頼みというか……」

「何かしら?」

「サラティスの能力は現状極秘にして欲しいわ」

「どういうこと?」

「まぁ神童も大きくなればただの人。その場合も十分あるかもだけど、私は歴史に名が遺るレベルの魔術師になると思うわ」

「そ、そんなに?友達の子供だから評価が甘いじゃなくて?」

「これを間違うのなら私は喜んで魔術協会の副局長を辞めるわ」


 長年の付き合いだ。冗談か真剣かは見れば分る。


「ひとまず、学園に通うくらいまでは秘密にすべきね。親の縁で南支部の副局長に魔術を習う。リステッド家の事情から日々回復魔術を使い気づけば無詠唱できるまでになった。ならただの神童で注目される程度になるでしょうね」

「……」

「今注目されるのはまずいわ。三歳でこれだけなら、成長すればどれだけになることやら。それを狙う馬鹿が現れるかもしれないわ。少し違うけど私たちが学生時代に魔力の高い庶民の子供を無理やり親から奪ってたのがバレて処刑された貴族いたでしょ?」

「ええ……確かに才能をつけ狙う人が来てもおかしくないわね……」

「確かに貴女の旦那さんは強いわ。一緒にいればまず誘拐なんてできっこないわ」


 しかし、セクドは領主である。常にサラティスの傍についているわけにはいかない。

 それに、仮に公爵など爵位が上の人物が暗躍したら?

 武力だけでは解決できないこともある。


「せんせい、まじゅつつかっちゃらめれしゅか?」

「いいえ、そんなもったいないことはだめよ!サラティスはどんどん魔術を使って成長してちょうだい。ただし、注目されないようにってだけ」


 これまでと何ら変わらないことだ。


「でも今日は既に三回も使ったからひとまず終わりね。なので理論的な話をして授業は終わりにしましょうか」

「はい」


 その日の夜、アレシアはセクドにサラティスの魔術の才能のこと、隠した事がいいことを相談した。


お陰様で10話まで公開できました。




作品へのブックマーク、評価等誠にありがとうございます。


宜しければまだしてないという方はブクマ、評価是非お願い致します。



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