ー 約 束 ー 男爵令嬢の生贄の元、公爵令嬢は側妃として幸せを掴むお話
愛しい方と約束した。
必ず貴方と幸せになりたい。
だから、信じて欲しいと。
だからわたくしは信じる事にした。
「メルディアナ・バレンルルク公爵令嬢。そなたと婚約破棄をする。そして愛しいルリリア・マリン男爵令嬢と婚約をする。そなたは私の愛しいルリリアを嫉妬のあまり虐めたな?」
美しい金の髪で青い瞳。王国の日の光と言われる程の美しさを持つリディウス王太子の傍には桃色の髪の男爵令嬢、ルリリア・マリンが、震えながらしがみついている。
婚約破棄を突き付けられたメルディアナ・バレンルルク公爵令嬢。
彼女もリディウス王太子殿下に負けじと金の髪に青い瞳の美しい令嬢だった。
場所は王立学園の卒業パーティ。
そこでの断罪だ。
何事かと他の卒業生が見守る中、
メルディアナは優雅にカーテシーをし、
「この婚約破棄、了承しました。でも、わたくしはその女性を虐めた覚えはありません」
リディウス王太子はにやりと笑って、
「ルリリアが虐められたと言っているのだ。そなたの罪は重い。だが、婚約破棄をしたが、そなたが心を入れ替えれば側妃として我が傍にいる事を許そう」
「そのような事。国王陛下やわたくしの父が許すと思っているのでしょうか?」
「どちらにも了承済みだ」
ルリリアが醜く顔を歪めて、
「えええっ?この女は私を虐めたのよ。なんで側妃なのよっ」
ぎゅっとルリリアを抱き寄せながら、リディウス王太子はルリリアの耳元で囁く。
「君は出来ないだろう?王妃としての仕事。父上は早く退位をしたいと言っている。卒業したら私は国王に即位しなければならない。だから王妃として執務をしてくれる即戦力が必要なんだ。愛しいルリリア。頼むよ。側妃を許しておくれ」
「そこまで言うなら、私が王妃様なら仕方ないわ」
にやりと笑ってメルディアナの方を見るルリリア。
メルディアナは再びカーテシーをし、
「ご命令ならば、わたくしは側妃として、お力になりたいと存じます」
出会った当初からリディウス王太子はそっけなかった。
メルディアナは12歳の時にすでに魔力が非常に高く、高位貴族の娘でリディウス王太子の婚約者にふさわしいだろうという事で婚約を結んだのだが、まるで彼から大事にされた記憶がない。
交流のお茶会でも、メルディアナを無視し、他の令嬢達を招待して同席させ積極的に声をかけ、親しく話しかけ、まるで見せびらかすような態度をされた。
王家も王妃教育をするのかと思いきや、まるでそのような気配もなく、宰相である父、バレンルルク公爵に聞いてみても、
「お前に王妃教育は必要ない」
「何故です?わたくしはこのカレント王国の王妃になるのです。ですから……」
「王妃教育は側妃候補が受ける事になっている。お前は受けずとも良い」
「どうしてです?」
父は黙りこくって訳を教えてくれない。
母は母でメルディアナの顔を見る度に何故か涙を流し、何か言いたそうにしていたが、決して訳を話してくれなかった。
父の言う通り、側妃候補として、フェリシア・ブレット公爵令嬢が実務的な王妃教育を受けているという。
訳が解らない。わたくしが王妃ではないの?
わたくしが婚約者ではないの?
わたくしが王妃教育を受けなくて良いというの?
それでも、メルディアナは一生懸命勉学に励んだ。
知識は決して自分を裏切らないはず。
そう思って、王立学園へ入学した15歳から、学園の図書館へ通い、更に貪欲に知識を吸収した。
人一倍勉学に励んでいた事もあり、一年経った頃には学年一位の成績を収めるくらいになり、そんなとある日、放課後、図書室で勉学に励んでいると、自分に冷たいはずのリディウス王太子が側妃候補のフェリシア・ブレッド公爵令嬢、騎士団長子息のマルディス・アルトが伴ってやってきた。
「内密で話がある。奥の部屋に来て欲しい」
「わたくしにですか?」
「そうだ」
図書室の奥の部屋を借りて、入り口には騎士団長子息が見張りに立ってくれているようで、話は三人で行われるようだった。
リディウス王太子とフェリシアと向かい合って座るメルディアナ。
リディウス王太子が頭を下げて、
「今までの態度すまなかった。君はさぞかし不快に思っただろう」
フェリシアも頭を下げて、
「わたくしが王妃教育を受けて疑問に思ったことでしょう。でも、これには理由があるのです」
リディウス王太子が説明する。
「私は側妃の息子だって事は知っているだろう?」
メルディアナは頷いて、
「ええ、存じております」
「側妃である私の母が実質王妃の仕事をしているという事も?」
「王妃様は身体が弱くて寝たきりだと……」
「それは違う。王妃は王宮の聖なる間で、魔力を搾り取られながら生きているのだ」
「何ですって?」
リディウス王太子は机の上で両手を組みながら、
「それがこの王国の王妃の仕事。死ぬまで魔力を搾り取られて。その夫である国王は王妃が仕事をしている間は国王でいられる。しかし、現在の王妃が大分弱ってきていてね。あと、二年で国王である父が退位しなくてはならなくなりそうだ」
フェリシアが頷いて、
「ですから、後、二年でリディウス王太子殿下は即位しなければならないのです。そして、貴方様は王妃としての仕事を」
メルディアナは真っ青になる。
知らなかったのは自分だけ?
父は知っていて人柱として自分を嫁がせようとしたの?
魔力は高いと言われている自分。だが、この王国では魔力が高くても生かし方は解らず、魔法を使える人はいない。
母が悲しそうな態度を取っていた理由も解ったわ。
リディウス王太子は。メルディアナをまっすぐ見つめ、
「たった一人の女性の犠牲のもとで、王国全土を覆う結界を作っているだなんて。間違っている。でも、今はそれしか方法がない。王家の秘宝の冠は一つしかなく、それを頭に着けて全土を覆う結界を張り続けるのが王妃の仕事なのだ。私は、メルディアナ。辛かった。だって私の婚約者は生贄なのだから。だから冷たく当たった。他の令嬢に話しかけて気を紛らわした。申し訳ない」
フェリシアも、涙を流しながら、
「わたくしは側妃候補として頑張って参りました。実質側妃が王妃としての実務をするのですから。でもっ。メルディアナ様は努力なさって。貴方様ならきっとわたくしより立派な側妃になれます。わたくしは側妃候補を辞退いたしますわ」
メルディアナは驚いた。
別のクラスでそれ程、仲の良い訳ではないフェリシア。
ただ、噂ではとても真面目に王妃教育を受け、人には優しい女性だと聞いていた。
「フェリシア様。わたくしは生贄です。側妃になんてなれません。まさか貴方様が生贄に?」
フェリシアは首を振って、リディウス王太子を見やる。
リディウス王太子はメルディアナをまっすぐ見つめて、
「本当なら生贄であるメルディアナにこの話をしてはいけないのだ。だが、何故、今、この話をしていると思う?」
そこへ飛び込んで来た騎士団長マルディス。
興奮したように、メルディアナに向かって、
「最近、編入してきた男爵令嬢ルリリア・マリンですよ。なんでも魔力量が異常に高いとかで、教師も驚いておりました。礼儀作法もなってはおらず、色々な男性に声をかけている素行の悪い女生徒だとか」
リディウス王太子はマルディスに向かって、
「こら、マルディス。勝手に入ってくるな」
「申し訳ございません」
リディウス王太子は咳ばらいをしながら、
「ルリリアを私は王妃にしようと思う。魔力量がメルディアナ。君より高い彼女なら立派に役目を果たせるだろう」
メルディアナは首を振り、
「生贄をなんの罪もない女性に押し付けるなんて」
すると、騎士団長子息マルディスがいきなり、フェリシアの手を取り、
「フェリシア様。ご無礼ですが私は貴方を愛しております。だから側妃候補から降りて頂いて、どうか私と婚約をっ。王太子殿下、どうかお許しを。そのためにも人柱が必要なのです。メルディアナ様以外の人柱をっ。だって王太子殿下はメルディアナ様の事を愛しているのでしょう?」
リディウス王太子は真っ赤になって、
「私は本当はメルディアナの事を……愛しているんだ。好きなんだ。一目見た時から君の事を」
メルディアナは驚いた。情報量が多くてついていけない。
フェリシアも驚いているようで。
「マルディス。わたくしは急な事でお返事がっ」
メルディアナも胸を押さえて、
「わたくしも同じくですわっ。あまりにも急な事で」
リディウス王太子はマルディスと共に頷いて、
「ともかく、私達がやる事は、あの男爵令嬢を生贄にする事だな」
「そうすれば、私達の愛が……」
メルディアナは頷くしかなかった。
そしてフェリシア経由で王妃教育がメルディアナに施された。
まだ生贄である王妃になるのはメルディアナなのだ。
一方、リディウス王太子は男爵令嬢ルリリアに接近した。
彼女に愛を囁き、人目もはばからず抱き締めて。
そんな姿を見ていると、あの日の言葉が嘘だと思ってしまう。
あの図書館でマルディスとフェリシアが去った後、強く抱き締められた。
そして、メルディアナに向かって、熱い言葉で囁いたのだ。
「どうか、私を信じて欲しい。私と君が幸せになる為に。王国民の平和の為に。私がこれからする事は今まで以上に、失礼に当たる事になるだろう。そして、一人の女性を生贄に陥れる恐ろしい事だ。それでも私は君を愛している。どうか、約束しておくれ。私の側妃になって欲しい。共に王国を支えて欲しい」
「解りましたわ。貴方様を信じます。どんな姿を見ても取り乱さず、わたくしは貴方様を信じて待っておりますわ」
約束した。そう、約束したのだ。
何の罪もない女性を自分の代わりに生贄にするだなんて、心が痛い。
でも……わたくしは……ずっと望んでいたリディウス王太子殿下に愛して頂けるのならば。
最初は酷い男だと恨んでいたわ。
でも、彼がとても努力家で王国の為に一生懸命、勉学に励んでいて、時折、市井に行き、王国民の言葉に耳を傾けたり、尊敬できる方だっていうことをわたくしは知っている。
だから、かつての、わたくしに対する態度はとても悲しかった。
でも、わたくしの事を本当は愛してくれていて、わたくしは彼を信じて待つ事にしたわ。
だって、約束したのですもの。
だから、それから二年間、どんなに男爵令嬢とイチャイチャしていても、見て見ぬふりをした。
フェリシアから教えて貰う王妃教育を頑張ったのだ。
フェリシアはその間でも密かにマルディスとの愛を深めていっているみたいで。
羨ましかった。
あの日以来、密かに会ってくれる訳でもなく、冷たい態度を自分には取る王太子リディウス。
男爵令嬢を信じさせるためだとは言え、とても悲しかった。
男爵令嬢ルリリアは、リディウス王太子殿下と人目をはばからずイチャイチャして。
ある事ない事、リディウス王太子に吹き込んでいるようだった。
メルディアナに虐められている。自分は馬鹿にされていると……
そして、卒業パーティでの先程の場面に戻る。
リディウス王太子殿下から婚約破棄を言い渡された。
「ルリリアが虐めたと言っているのだ。その罪は重い。だが、そなたと婚約破棄をしたが、そなたが心を入れ替えれば側妃として我が傍にいる事を許そう」
「ご命令ならば、わたくしは側妃として、お力になりたいと存じます」
そして、一月後、リディウス王太子殿下と男爵令嬢ルリリアの結婚式は盛大に行われた。
教会で教皇が差し出す結婚契約書に、嬉々としてルリリアはリディウス王太子と共にサインをしたのだ。
そう、これが恐ろしい契約書だとは知らずに。
王国民全員が王宮のテラスから挨拶をする二人を祝福したのだ。
「おめでとうございます。国王陛下っ。王妃様っーー」
「おめでとうございますっーーー」
メルディアナはそんな国民の姿を別の部屋から見て思う。
真実を知っている者はどれだけいるんだろうか?
美しいウエディングドレスを着たルリリアが廊下でメルディアナとすれ違う。
「これから王妃のお仕事はよろしくね。私はうんと贅沢をするの。宝石もドレスも買い放題。ああ、でも今夜はうんと愛して貰うんだから。リディウス国王陛下に。羨ましいでしょ」
「おめでとうございます。国王陛下。王妃様。わたくしは失礼致しますわ」
「うふふふっ。さぁリディウス様ぁ。今夜は愛してくださいねーー」
「そうだな。長い夜になりそうだ」
二人が歩いて行き、とある扉に入って行った。
そしてその夜。
王宮の奥深くの部屋に、メルディアナの父バレンルルク宰相、そしてメルディアナ。元国王陛下とリディウス国王、リディウス国王の母である元側妃が厳かに部屋に入る。そこには派手な夜着に着替えてリディウス国王を待っていたルリリアがベッドの上にいた。
「な、なんなのよ。なんでみんないるの?」
元側妃が命令する。
「着替えなさい。このドレスに。これから地下へ参ります」
「えええっ?なんで?なんで地下に?」
ぶつぶつ言いながら、ベッドから降りればメイド達が入って来て、わらわらと銀のドレスに着替えさせられるルリリア。
地下室へ行き、元国王陛下が扉を開ければ、部屋の中央の透明のガラスの中に干からびた老婆がいて、震えながら瞼を開けて、
「あああっ……やっと解放されるのね……苦しい……早くここから出して」
バレンルルク宰相が扉を開けると、老婆はそのまま床に倒れこんだ。
ちらりとその老婆を見やり、元国王陛下は、
「さぁその女を中へ入れるがいい。新しく活きのいい王妃に、喜んでいることだろう」
透明のガラスの入れ物が喜ぶかのようにオオオオオンと音を出した。
老婆の頭についていた冠を外すと、目を見開いたまま、立ち尽くしているルリリアの頭に冠が被せられる。
「いやぁーーーーーーーーーーっ」
リディウス国王がルリリアの身体を掴んで、そのままガラスの中に押し込めた。
「出して出してここから出してっーーーーー」
リディウス国王はルリリアに向かって、
「君が王妃になる事を望んだのだろう?結婚契約書にちゃんとサインしたではないか。これが王妃になるという事だ。これからもカレント王国を守るため、その魔力が尽きるまで頑張ってくれ。私を愛しているのだろう?」
「違うっーーーーそんなっーーー」
床の老婆は息が絶えたようで。身動き一つしない。
元側妃はメルディアナを優しく抱き締めて、
「貴方が側妃で良かったわ。これからわたくしの仕事を教えましょう。ある程度はフェリシアから教わってはいるでしょうけれども」
バレンルルク宰相も頷いて、メルディアナを抱き締めながら、
「王国の為に娘を生贄にするのは辛かった。娘以上の魔力量がある女が見つかってよかった。諦めていたのだ。本当に。私を許して欲しい」
「お父様。恨んでなんておりませんわ。愛していて下さったのですね。娘として。有難うございます」
そしてリディウス国王はメルディアナの手を取って、
「待たせたね。これから本当の初夜だ。今まで本当に申し訳なかった。うんと愛してあげるから」
「約束でしたもの。わたくしは貴方様を信じておりましたわ」
泣き叫ぶルリリアの声がする。
それでもその扉を閉めて、メルディアナは幸せを感じていた。
やっとやっとリディウス国王に愛して貰える。
こんな男、愛する価値はないと、思う人もいることでしょう。
王国の為とはいえ、一人の女性を生贄にした酷い男。わたくしも同罪だと思うけれども。
それでもわたくしは、この方を愛しているの。ずっとこの方の愛が欲しかったのかもしれない。
得られなかったからこそ、余計に欲したのかもしれないわね。
リディウス国王陛下にお姫様抱っこをされて、
初夜の寝室へ連れて行かれる廊下で、メルディアナはその顔を見つめて熱く囁いた。
「愛して下さいませ。今までの分も沢山っ愛して下さいませ」
「ああ、沢山愛してあげよう。愛しいメルディアナ。やっと君に熱い愛を囁くことが出来る。愛している愛している愛している」
カレント王国は代々の王妃の犠牲の元、先々、長く栄えた。
フェリシアは騎士団長子息マルディスと結婚をし、大勢の子供に恵まれて幸せに暮らした。
メルディアナとは生涯にわたってよき友達、相談相手となり付き合いが続いた。
メルディアナは側妃として、王妃の仕事をこなし、リディウス国王をよく助けて、双子の王子王女に恵まれ幸せに暮らしたと言われている。