少女は夢の中に
マイは怖い夢を見た。お父さんとお母さんがいなくなってしまう夢。薄暗い部屋の中で1人でご飯を食べる...そんな寂しくて悲しい夢を。
マイは飛び起きて居間にいる母に抱きついた。
「わぁっ、びっくりした!マイ、急にどうしたの?」
「......」
よりいっそう強く母に抱きつく。小さな体では母の腰に手を回しきることはできない。母の服をぎゅっと握る。
「怖い夢でも見たの?」
「...うん」
母の腰に顔を埋めながら頷く。「どんな夢?」と母が聞くが、思い出したくないと黙り込んだ。するとお母さんが正面を向き優しくマイを抱きしめる。
「大丈夫、お母さんがいるからね」
優しい言葉に心の中にあったモヤモヤがどんどん消えていく。
「今晩はハンバーグにしようか!マイ好きだもんね」
「うん!」
晩御飯を食べる頃には夢のことなんて忘れ、マイ、母、父の家族三人で仲良く食卓を囲んでいた。
「今日はお母さんが一緒に寝てあげるからね」
マイを気遣い、その夜はマイと母は同じベッドで眠った。
薄暗い部屋。
マイの部屋から扉一枚隔てた居間から声が聞こえる。母と知らない男の声。男の声は上手く聞き取れないが、母は大声で男に怒鳴っているようだった。
「マイはあなたに会いたくないと言っています!もう帰ってください!」
そっと扉の隙間から居間の様子を伺う。ちょうど知らない男が立ち上がり居間を出ていこうとしていた。男が玄関に向かったことを確認し、マイは扉を開ける。扉が開く音に母は気付きマイに声をかける。
「ーーーーーーーー!」
なぜか上手く聞き取れないが、何か怒っているようだった。
目を覚ます。
一緒に寝たはずの母はすでに隣にはいなかった。マイは居間に行くと、母が椅子に座ってテレビを見ている。扉の音に気づいたようで母はマイの方に目をやる。
「あら、おはよう。今日はよく眠れた?」
夢で見た怖い母とはうってかわって、優しい声、優しい表情でマイを迎える。マイは母の横に座りテレビを見る。
ーー異様な光景ーー
テレビには何も写っていない。そんなテレビを見ながら母は笑っている。
「ははは、この人面白いよね?」
まるでコメディ番組を見ているかのように母は笑う。マイは思わず顔を伏せる。
「マイ、どうしたの?」
恐る恐る顔を上げると心配そうにしている母の顔。そしてテレビにはある番組が流れており、マイの知らない芸人がギャグを披露していた。
「この人面白いのよ、マイも見て」
先程の光景が嘘のように普段通りの日常が流れいく。夕食を済ませたあと、今日も母と一緒に床につく。
真っ暗な場所。
マイは恐る恐る手を伸ばし辺りを探る。どうやら箱の様なものの中に入っているようだった。いくつも布製のものが垂れ下がっており箱の底面にはあらゆる雑貨が置かれている様だった。
箱の外から男女の笑い声が聞こえる。耳をすませると、母と父の声だとわかった。テレビの音声も聞こえてくる。マイはこの箱が居間にあるクローゼットの中だとわかった。
そこで目を覚ます。
いつもの明るいマイの部屋。夢の光景を思い出し震えが止まらない。マイは居間に出ると母と父が食事をしている。マイは母の元に駆け寄る。
「あら、また怖い夢を見たの?大丈夫、お母さんもお父さんもいるからね。ほら、ご飯冷めちゃうよ」
マイの食事もすでに用意されているようだった。マイは椅子に座り食事を見る。
ーー何も入っていないーー
ただ、白い食器だけが食卓に並んでいる。母と父は空の食器にまるで何かが乗っているかのように食べる動作をする。
「ちょっと味が濃すぎたかも、ごめんね」
「濃いめが好きだからこれぐらいが丁度いいよ」
などと会話を続ける。マイは日常が怖い夢に侵食されているような感覚に陥ったところで、ふと意識が途切れる。
薄暗い居間にマイは立っている。
食卓の椅子に座っている両親の後ろ姿をただ、じっと見つめている。
自分の意思で体を動かすことができない。
体が勝手に歩を進める。両親の目の前へ。
悲惨な光景だった。
口元は雑に縫い付けられ、四肢のいたるところから血を流す両親の姿。胴にはそれぞれ「優しいお母さん」「優しいお父さん」と書かれた紙が貼られている。
幼いマイの精神では耐えられない光景のはずだった。しかし、マイは穏やかな笑みを浮かべている。
どれくらい立ち尽くしていただろうか。気付けば玄関を乱暴に叩く音と、男の声が聞こえる。
マイは選ばなければならない。目を覚ますのか、覚まさないのか。