永遠に繋がる鎖
ここは薄暗く湿った檻の中。時折鳴り響く鎖の音と誰かの泣き声。あまりにも響くその声に、耳を塞ぐことしか俺たち奴隷には許されていなかった。
隙間風とも言えない風が吹き抜ける最悪な寝床に毛布がある筈も無く、コンクリートの上に敷かれてある藁のみが、唯一暖を取ることのできるものだった。当然、暖かいとも言えないこの場所。両手両足に繋がっている鎖の温度が、自分の体温を徐々に奪っていく。救いのない世界で、灰色の天井を見つめた。
「今日も寒いなぁ。」
「そうだね。こんな生活いつになったら終わるんだろう。」
「…たとえ誰かに買い取られたとしても、どうせ地獄みたいな環境なんだ。今更そう願ったって何に意味もないさ。」
「…はぁ。希望は持たない方が身の為って訳か。」
すると、次第に泥で汚れた足元に明かりが満ちていった。朝だ。朝が来た。今が何時かさえ分からない。せめて時計ぐらい置いてくれたって良かっただろうに。
すると、一瞬の隙に上の階は楽しそうな声で満ちていった。しかし、それは太陽のようにに明るい声では無く、ただ欲望に満ち溢れた汚い声をしていた。吐き気を催すその感覚に気が狂いそうになる。
「おえっ…。」
「どうした?体調が優れないのか?」
「ううん。何でもないよ。」
羨ましい。俺もこんな奴隷で無ければ、今はきっと何処かの学校にでも通っていたのだろうか。友達と話しながら通学路を歩いて、授業中に居眠りして怒られたり、休み時間に世間話をしたり。その全てを持っている人たちが羨ましい。少しだけで良いから、その幸せを分けてはくれないだろうか。
錆びた鉄の音が不意に聞こえた。主人がやって来る。こういう時は、決まって誰か一人が連れ出され、売りに出される。もしくは見世物にされるかのどちらかだ。
「来たか。あぁ今度は誰の番だ。自分じゃないことを祈るほかない。」
「そうだね。でも俺、早くこんな生活から抜け出したいよ。」
なんて話していると、自分がいる檻の鍵が開けられた。
「おいお前!お前だよ!54番のお前!さっさと来い!」
あぁ俺か。ついに俺が選ばれてしまったのか。最悪だ。今すぐ逃げ出したい。なんてことも言える訳がなく、鎖を引きずりながら返事をした。
「分かりました。今参ります。」
そして俺は主人に乱暴に連れて行かされ、辿り着いたのは小さな檻の中。所々茶色く錆びた鉄と、近寄りたくもない誰かの血。いやいや言っても鞭で叩かれるだけだ。俺は半ば強制的に中に入っていった。
「この中で大人しくしていろよ。」
「はい。」
そして数時間の時が経った頃。俺の眼に映ったのは、薄汚い数人の大人たちが楽しそうに話している姿。もうすぐオークションの時間だ。例えこれで誰かに買い取られても、待ち受けているのは大して変わらない未来なのだろう。今日は一段と、手にある鎖が冷たかった気がした。
「いやぁ皆様大変長らくお待たせ致しました!早速ですが今回も上質なものを揃えております!」
「早く見せてくれ!楽しみで仕方がない!」
「そうだ!そうだ!」
「では参りましょう!まずはこちら!黒髪の片目を隠した少年!コイツは主人に対し従順な態度を示す犬そのもの!しかし何とこの少年!世界の王を目指しているそうなんですよ!」
「ギャハハハハ!奴隷のくせに世界の王だってぇ!?」
「いやぁ夢見る少年は健気で良いですなぁ!」
「奴隷が王になるなんて夢のまた夢!現実見ろって話だよなぁ!」
「…っ!」
一気に恥ずかしさが込み上げる。確かに奴隷である俺が世界の王だなんて、本当に馬鹿馬鹿しい。なれるはずも無いのは、頭の悪い俺でも分かっている。そう考えている間に、大人たちは俺を買い取るために、次々と値段を上げていく。気持ち悪い声に耳も塞げず、ただ頭をかかえるしかなかった。
大人たちが発する値段が次々に大きくなっていく。
「6000万!」
「6000万以上の方!いらっしゃいませんか!?」
会場が張り詰め、その6000万に決まろうとした時だった。
「1億。」
猫のような声に、思わず顔を上げる。会場のちょうど真ん中に、着物姿の女性が座っている。黒髪で光さえ宿さない漆黒の瞳。吸い込まれそうな感覚が、頭から離れない。不意に、冷たくなった手を握りしめた。
「い、1億!以上の方は!?……ぃいらっしゃらないようなので!一億で落札致します!」
次に連れて行かれたのは、オークション会場の裏側。ハエが無数に飛び交う不衛生が過ぎる場所は、いつまで経っても慣れなかった。例え靴を履いていたとしても、悪寒と鳥肌が止まることのない最悪な場所だ。
気がつけば、主人が気味の悪い笑顔で手揉みをしながら、俺を買い取った女性の元へ近付いた。俺を乱暴に引きずり出し、無理やり立たせてこう言った。
「こちらが商品でございます。先ほど申したように、コイツ馬鹿なもんで。使い物にならなければ返品して頂いても結構でございます。」
「………。」
「そ、それでお代金の方を…。」
「は?何だって?聞こえないな。」
「いや、あの、お、お代金…。」
「うるさい。私に指図するな。代金は貴様の命で十分だろうが。」
「え、それは、どいうことでございますか?」
「三津、コイツを連れてけ。」
「は、え?ちょ!何処に行くんですか!?そっちは!」
「大丈夫よ。心配しないで。」
「え?」
疑問に思ったのも束の間。奥の方から無数の叫び声が聞こえた。最悪な考えが脳裏を横切る。震える体は止まることを知らず、次第に腰が抜け、地面にへたり込んだ。
外に出られたという嬉しさよりも、今は中で何が起きているのか分からない恐怖のほうが強かった。段々と遠くなって行く意識の中で、確かに聞こえた。
「お前たちはこれから自由の身だ。私の元へ来るのも、自分で自立するのも好きにしろ!」
本当に俺は、自由になれたのか?もし本当になれたなら、この先はどう生きていこうか。そう思いながら俺の意識は、情け容赦なく暗転した。