第85話 忙しい身のはずなのだが
小さな商会ならば商館と店舗は一体になっていることも多いが、バラット商会ほどの規模にもなると、商館で一般向けの商品を扱うことはあまりない。
というわけで、なんと商会長自らがアルト達の案内役を買って出て、冒険者向けの商品を扱う店舗へと移動することになった。
ラルゴは商会長として忙しい身のはずなのだが、娘の命の恩人の応対を他人任せにはできないと、渋い顔をするタカートを押し退けて出てきたのだ。
「いやぁ~、最近とても質の良い宝石を仕入れましてね。宝飾部門との打ち合わせについ熱が入ってしまい…まぁ、それがようやく一段落したところなのですがね。これがまた、そうそうお目にかかれない質のものばかりで…」
「へ、へぇ~。」
質の良い宝石――覚えのあるキーワードに、レシェンタは顔を引きつらせ、キースはこっそりアルトのカバンに目をやった。
そんな二人の様子など露知らず、アルトはラルゴの話に耳を傾けていた。
「…この角を右へ曲がって、少し行ったところがうちの店です。」
先導するラルゴに続いてアルトが角を曲がろうとしたその時――カバンの中のテナが急に声を上げた。
「にゃ、にゃあ~~!」
「どうしたの、テナ?」
驚いたアルトがカバンを見ると、テナはカバンの蓋の隙間から無理矢理に顔を出してジタバタしている。
これまでアルトの言いつけを破ったことなどなかったテナの行動に、アルトだけでなくキースやレシェンタも驚く。
「テナ、静かに…落ち着いて。」
「ねえアルト、テナはなんだか上が気になるみたいよ。」
カバンの中から、テナを落ち着かせようとするコハクとエメラの声が聞こえた。
言われてよく見ると、テナは鼻先でしきりに上を指している。つられるようにアルトも上に視線を向けると――
「っ!!!」
その視線の先にあるのは、建設中の建物の屋根。その屋根の上に、今まさに足場を踏み外して宙に投げ出された青年の姿が見えた。
「【浮遊】!」
咄嗟にアルトは魔法を使った。自分が空を自在に飛ぶときに使う【飛行】とは少し異なり、対象を宙に浮かせる魔法だ。以前、レシェンタが捉えた盗賊を街まで運ぶのに一役買った魔法でもある。
上空から人が降ってきたことに驚き、周囲の人々は目を覆い悲鳴を上げた。が、青年の身体が地面に叩きつけられることはなかった。
間一髪で間に合ったアルトの魔法――【浮遊】により、一緒に落ちてきた数個のレンガと共に、彼の身体は地上1メートルほどのところで不自然にふわふわと浮いていたのだ。
その位置は、丁度アルト達を案内していたラルゴの目と鼻の先でもあった。
アルトはぎゅっと目を閉じたまま浮いていた青年をそっと地上に下ろし、話しかける。
「あの、大丈夫ですか?どこか怪我とか…」
「あ…れ?俺は…なぜ無事なんだ?」
呆気にとられた様子の青年は、自分の身に何が起きたのか理解しきれていない様子だ。それは周囲の人々も同様だったようで、先ほどまで飛び交っていた悲鳴が嘘のように静まり返っている。
数秒の静寂の後、小さなざわめきが徐々に広がり、そしてわあっと歓声が上がった。
騒ぎの最中、目の前にある建設中の建物から、髭を生やした男性が飛び出してきた。どうやら落下した青年の上司で、現場の親方らしい。
何があったかを周囲の人から聞いた二人は、揃ってペコペコと頭を下げてアルトに感謝した。何かお礼をしたいと申し出があったが、アルトは首をぶんぶんと振って丁重に断った。
アルト達を見送った後、親方は改めて青年の無事を心から喜び、その後こっぴどく叱りつけてひとしきり説教をしたのだとか。
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