第81話 公爵の手記
公爵の手記には当時のことが事細かに記されていた。
敗戦国から嫁いできたフランチェスカに、公爵が一目惚れしたこと。
元敵国の姫君であった彼女に対し、一部の王族や貴族からの風当たりが強かったこと。
そんな連中に辟易し、また様々な害意から彼女を守るために、公爵が爵位を返上し社交界を去ったこと。
それまで戦禍でも揺るがぬほど盤石に領地を治めていた手腕を買われ、また当時の領民たちからの嘆願もあって、元公爵は“爵位なしの領主”という特殊な立場に収まったこと。
フランチェスカの夫は妻の美しい見目だけでなく、その優しい心根も含めて深く愛したこと。
そして…いつしか夫婦は互いに心を通わせるようになったこと。
やがて二人の間には子供が生まれ、夫はもちろん屋敷の使用人や領民たちからも祝福され、幸せに暮らしたこと。
――嫁いだ後のフランチェスカは、彼女が覚悟していたほど険しい人生を歩みはしなかった。
それどころか、夫や周囲の人々に愛され幸せに暮らしたことが、彼女の夫の手記からありありと伝わってきた。
「ああ、それから…ここを読んでごらん。」
領主の指した箇所は、フランチェスカが嫁いでくる直前くらいの時期だ。
そこに記されていた内容は――
“彼の国の姫君には、嫁いでくる際は身一つで構わないと伝えた。
戦後…それもあちらにとっては敗戦後の大変な時期に、
嫁入り道具などの準備で、姫君やその周囲を煩わせるべきではないだろう。
家具も調度品もドレスも装飾品も、必要なものは全てこちらで用意し、
万時を完璧に整えて姫君を迎え入れよう。
願わくば、異国の貴族に嫁ぐ緊張や重圧の中でも、
姫君に幾ばくかの安寧と幸福を与えられるように…”
「これ…は…」
手記のその部分を読み終えたコハクは、声を震わせながら領主夫妻の方へと視線を向けた。
「ええ。先ほどのコハクさんの言葉通り…当時の公爵はフランチェスカ姫に“身一つで嫁ぐように”と伝えていたそうです。」
「公爵としては、姫君を気遣っての言葉のつもりだったのでしょうけれど…手紙での言葉だけではそのお心まではうまく伝わらなかったようですわね。」
「そういうこと……フランチェスカはここで、この国で、幸せに生きた?」
コハクの問いに、優しい笑みを浮かべて頷く領主夫妻。
「それを知ることができて、安心した。ありがとう。」
「できることなら、ひいお婆様ご本人の手記をお見せできればよかったのですけれど…あれは彼女を埋葬する際、棺に納めてしまったそうですの。お見せできなくて本当に残念ですわ。」
領主夫人の言葉に、首を振るコハク。
「大丈夫。あなたたちは良い人。だから、先ほどの話は嘘じゃない。フランチェスカのことを教えてくれて、ありがとう。」
「当然ですわ。あなたには彼女のことを知る権利がありますもの。でもこれだけではお礼としてはちょっと…ああそうだわ!これを受け取ってくださいな。」
そう言って領主夫人が棚の上の宝石箱から取り出したのは、美しい琥珀のブローチだった。
「これは…?」
「ひいお婆様のお気に入りのブローチでしたの。コハクさんにぴったりでしょう?」
アルト達も領主夫人と同意見だった。そのブローチに使われている琥珀は、コハクの瞳にそっくりだったのだ。
「受け取れない。これがフランチェスカの形見なら、あなたにとっても大切なもののはず。」
「まぁ、最も大切な形見の品をお持ちになったあなたがそれをおっしゃいますの?」
領主夫人はコロコロと笑う。
「んー…どうしてもお礼として受け取れないとおっしゃるのでしたら、首飾りと交換ということにしましょうか。はい決まり。これはもうコハクさんのものですわ。」
そう言って茶目っ気たっぷりにウインクをする領主夫人。
困った様子のコハクが誰かに助けを求めようと視線をさ迷わせるが、この場の誰もが「受け取ってあげなよ」と目で語っている。
「コハクさん、妻の気持を汲んでくれないかな。この首飾りには私たちにとって、それだけの価値がある。思い出話だけではとても釣り合わないんだよ。どうかブローチを受け取ってほしい。」
領主夫妻に頭を下げられ、何度も説得され、さすがのコハクも折れた。
受け取ったブローチを大切そうに布にくるんで、とりあえずアルトのカバンに入れる。
長い長い話が終わるころには、日が落ちかけていた。
どうか泊まっていってと勧める領主夫妻の申し出を丁重に断り、ならばと半ば無理やりに乗せられた馬車に揺られ、アルト達は帰途についた。
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