第79話 釣書
「それは…釣書、でしょうか。」
「そうです。」
レシェンタの問いに、頷きを返す領主。
「つりがき?」
初めて聞く言葉にアルトが疑問符を浮かべていると、レシェンタが丁寧に解説を始めた。
「釣書っていうのは、結婚する相手の情報を色々と書いたものよ。どこの家の生まれだとか、人となりだとかね。この肖像画もその一部ってこと。主に王族や貴族の間で使われるものだから、アルトが知らないのも無理はないわ。」
「その通りです。これは、私の先祖であるフランチェスカ姫の輿入れの際のものだったそうですわ。…ご覧になりますか。」
いくらか落ち着いたらしい領主夫人が、アルト達に見やすいように肖像画の向きを変える。
「拝見しても構わないのですか?こんな大切なものを…」
「ええ。あなた方にはその権利があります。」
レシェンタの問いに頷きを返す領主夫妻。
二人の言葉に従い、アルト達が肖像画へと視線を向けると――一同ははっと息を吞んだ。そんな中、コハクの呟くような声だけが部屋に響いた。
「フランチェスカ…」
そこに描かれていた“フランチェスカ姫”は、目の前に座る領主夫人に瓜二つだったのだ。
先ほどコハクが言葉を失っていたのは、亡くなったはずのフランチェスカ姫にそっくりな領主夫人の顔を見て驚いたからなのだろう。
「ええ。彼女の名はフランチェスカ――私の曾祖母…ひいお婆様ですわ。そして肖像画の中の彼女が身に着けている美しい首飾りは、彼女の死後“失われた首飾り”と呼ばれてきました。」
失われたはずのその首飾りは、今ここに――机の上にある。
アルト達は肖像画の中の首飾りと机の上の首飾りとを、何度も見比べる。何度見ても、同じもののように見える。やはりレシェンタの仮説は正しかったのだ。
「彼女の死後ずっと、私たちは代々この首飾りを探し続けてきましたの。」
「ええ。偽物が持ち込まれたことも、一度や二度ではありません。その度に、妻や先代、先々代がどれほど傷つき、憤ったか…」
そう語る領主夫妻の表情は悲痛に歪んでおり、彼女らがどれほどの思いでこの首飾りを求めていたのかを如実に物語っている。
領主夫妻の反応に違和感を感じていたレシェンタも、これで合点がいったという顔をしている。
長年探していた首飾りが見つかった割には、彼らの反応からは嬉しさよりも困惑や疑いが感じられたのだ。領主夫妻とその先祖はきっとこれまでに、何度も期待し、裏切られ、失望を繰り返してきたのだろう。
「精霊さん。失礼を承知でお尋ねしますが、これは…本物、ですの?」
領主夫人の遠慮がちな問いかけに、大きく頷いて答えるコハク。
「間違いなく、フランチェスカのもの。およそ100年前、輿入れの直前に私が本人から預かった。」
「預かった?なぜ、精霊であるあなたが?」
領主の疑問ももっともだ。コハクは気分を害した様子もなく、淡々と説明する。
「私がフランチェスカの契約精霊だったから…契約精霊として、友として、預かって守ってほしいと頼まれた。」
領主夫妻は目を丸くしているが、疑問の言葉を挟む様子はない。コハクは深呼吸をして、言葉を続ける。
「輿入れの際に相手方から“身一つで嫁ぐように”と言われたから持って行けない、それでも母の形見の首飾りだけは守りたいと、フランチェスカは言っていた。そして“いつか心の優しい誰かに、この首飾りを渡してほしい”と頼まれた。これでようやく、フランチェスカとの約束が果たせる。」
コハクが話し終えた後、難しい顔をした領主は古めかしい冊子をパラパラとめくり始めた。それは先ほど執事が釣書と一緒に持ってきたものだった。
「……間違いない。精霊…いや、コハクさんの言葉は真実だろう。恐らくこの首飾りは本物だ。そもそも、精霊を連れて人を騙す者など、ありえないものね。疑って申し訳なかった。」
そう言って頭を下げる領主に、慌てるアルト達。
そんなやりとりをよそに、首飾りの箱を抱きしめて泣き崩れる領主夫人。
その様子にまたもや慌てる一同。
「これが、ひいお婆様の…やっと、見つけられた……本当に…本当に、ありがとうございます。」
嗚咽交じりにお礼の言葉を口にする領主夫人の様子を見て、やはりここへ来てよかったと思ったアルトだった。
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