第176話 大人の都合
「なるほど…それで、その大地狐はアルト君の従魔になったと。」
「はい。」
「~~~~っ!」
にこにこと柔和な笑みを浮かべるギルマスと、その隣で頭を抱えている眼帯の男、パストーラ。
「どうですか、パストーラさん。」
ギルマスに話を振られたパストーラは、気を取り直したように顔を上げる。
「っああ。契約印を見た限りでは…間違いなく、この大地狐のテイマーはアルトだ。」
「よかったぁ。」
(何もよくないのだが。)
熟練のテイマーのお墨付きをもらって安心するアルトをよそに、パストーラはことの重大さに再び頭を抱える。
「さて。それじゃあ、急いで筋書きを考えなくてはね。」
「筋書き…ですか。」
キースの問いかけに、こくりと頷きを返すギルマスとパストーラ。
「詳しくは伏せるけれど、大人の都合…というやつさ。いいかい?――」
まず、キースたちがたまたま発見したドウルを森で追い詰めた。
そこでアースを保護しようとしたアルトが、アースの首輪の存在に気づいて破壊した。
その結果、アースは急成長してドウルの指示を聞かなくなり、その時点で従魔契約も破綻したと考えられる。
アースが暴走して誰かを傷つけないうちにと、慌ててアルトがアースを再テイムした。
―――これが、ギルマスの提案した“アースの再テイム”の筋書きだった。
「これで、一応は筋が通るはずさ。ドウルにも、これで口裏を合わせさせる。」
相変わらず柔和な表情と口調で話すギルマスだったが、その声色にはどこか有無を言わせない響きがあった。
「君たちも、納得してくれるかい?」
「は、はい。」
思わず頷いてしまうアルト。
「わかりました。レシェンタたちには、俺から伝えておきます。」
「ありがとう。そうしてくれると助かるよ。」
キースの言葉に、ふわりと微笑みを返すギルマス。
◇
アースの従魔登録のために、アルトはギルドの受付へと向かった。
一方、ギルマスの執務室に残ったキースはというと―――
「なーにが“大人の都合”ですか。」
「うん?何のことだい?」
とぼけるギルマスに、キースはニヤリと片方の口角だけを上げた笑みを向ける。
「報告内容をいじる件…あれ、アルトのためでしょう。」
「なんだ、バレてたの。」
別段驚いた様子もなく、肩をすくめるギルマス。
「そりゃそうですよ。“テイムの上書き”なんて、大っぴらになると大問題ですからね。下手をすると、アルトが他のテイマーたちから危険人物として敵視されかねない。」
「まぁ事実、今回はアルトがドウルの奴から従魔を横取りする形になったわけだが…理由と経緯が特殊だったからな。それを責めるつもりはない。」
パストーラもするりと会話に加わってきた。
「だが、大衆は清廉な美談よりも、下世話な醜聞を望むものだ。どこで話が曲解されるかわかったものではない。虚偽の報告などご法度だが、今回の件は致し方あるまい。」
「ふふ、二人にはお見通しみたいだね。」
楽しそうにクスクスと笑うギルマス。
「そう。こんなことで、彼のような有望な冒険者が謂れのない中傷を受けるのは、我慢ならないからね。二人とも、このことはくれぐれも内密に。」
そう言ったギルマスの瞳には、どこか冷たい光が宿っていた。
彼も“若き実力者”として、それなりに苦労したのかもしれない――頷きを返しながら、そんなことを考えるキースだった。
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