第172話 逃げた
「っ……大丈夫か、皆?」
「ええ、こっちは三人とも無事よ。」
「僕たちも大丈夫だよ。」
キースの呼び掛けに答えるレシェンタとアルト。
「私たちもいるわよ。」
ドウルがいなくなったため、ヒラヒラと降りてくるエメラとコハク。
「さっきの雷は一体なんだったの?」
「ああ。あいつ魔法の詠唱なんてしてなかったよな?」
ホルンとキースの疑問ももっともである。
「可能性があるとすれば、マジックアイテムの類ね。でも一般的なのは剣とか槍とか、攻撃時に魔法が発動するものばかりよ。ノーモーションで魔法を使えるマジックアイテムなんて…あるのかしら。」
レシェンタの言葉に、神妙そうに頷くマズルカ。
「何にせよ、彼には聞くことが増えたわねぇ。」
「聞かれたくないことが山ほどあるから、逃げたのかしら?」
エメラの言葉に首を振るコハク。
「それ以上に、アースに怯えているように見えた。」
「ええ。あの怯えようだと、この首輪の効果をわかって使っていたのは間違いないわね。アースの様子と彼の反応から察するに、成長の阻害とか力の抑制とか…?」
しゃがみ込んでアースをまじまじと見つめつつ、考察するレシェンタ。
「なるほどねぇ。で、首輪が外れて、本来の力を取り戻したアースちゃんの仕返しが怖くて逃げた…ってところかしらぁ。」
「つまり、アースに酷いことをしてる自覚は少なからずあったのね。本当に救いようのない男だわ。」
逃げたドウルには目もくれず、冷静に会話する大人と精霊たち。
「それどころじゃないんじゃありませ…ないの?急いで逃げたあいつを追いかけないと!」
精霊たちも会話に加わっていたためか、敬語になりかけながら喋るホルン。
「まぁお待ちなさいな。」
そう言って今にも走り出しそうなホルンを諫めるマズルカ。
「ねぇ、あっちって…」
「ああ。」
ドウルが逃げた方向を気にするアルトに、キースは苦笑いをしながら頷きを返す。
「見事に行っちゃったわね。」
「本当にねぇ。」
「何?あっちに何かあるの?」
勿体ぶって話す大人たちに、不思議そうな表情で問いかけるホルン。
「彼が逃げたあの先にはね、紅玉梟の巣があるのよぉ。」
「それなりの冒険者なら痕跡ですぐ気づくから、あっちの包囲は手薄でいいと思ってたんだが…まさか行っちまうとはな。」
数歩歩いて一枚の羽根を拾いながら、ポリポリと頭を掻くキース。
「よほど焦っていたか、それともよほどの馬鹿なのか…」
「あるいはその両方…かしらねぇ。」
エメラの言葉を引き継いだマズルカの言葉に、ぷっと吹き出すキースたち。
「え、ってことは…」
思わずドウルの身を案じ、青褪めるホルンとアルト。
相手がいかに救いようのない最低な男であっても、咄嗟に心配してしまう二人の子供たち。
そんな彼らの純粋さや優しさに和んだのか、大人たちと二人の精霊はふっと表情を緩ませた。
「大丈夫よぉ。紅玉梟はEランクだけど比較的大人しい魔獣だから、こっちから手を出さなきゃそうそう怪我なんて――」
「ぎゃあぁー-!」
マズルカの言葉を遮るかのような野太い悲鳴が、森に響き渡った。
それに目を丸くし、顔を見合せる一同。
「あら。」
「おいおい。」
「行きましょうかぁ。彼には聞かなきゃいけないことが山ほどあるもの、死なれちゃ困るわぁ。」
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