第160話 里長
数日後、ドラムとベルがアルトたちの元へと戻ってきた。
その後ろには、攫われた者たちの家族らしき獣人たちもいる。
それに気づいた子供たちは、一目散にそれぞれの家族の元へと駆けて行った。
少し遅れて女性たちもそれぞれ夫や恋人、家族の元へと駆け寄る。
しばらくの間、目に涙を浮かべながら家族の再会を喜び合う獣人たち。
「あの人たちが助けてくれたんだよ!」
「キースもマズルカも、人間なのに凄く強かったんだ。」
「少し怪我したけど、レシェンタとアルトが魔法で治してくれたの。」
「アルトにおいしいスープの作り方を習ったんだよ!」
子供たちはアルトたちに救われたことを、矢継ぎ早にそれぞれの家族に伝える。
ドラムとベルから“恩人が人間たちである”と聞いていたとはいえ、どこか半信半疑だった獣人の男たちは目を瞬かせた。
いくら恩人とはいえ、人間には警戒するよう日頃から言い含めていた子供たちが、二週間足らずでここまで彼らに懐いたことに驚いたのだ。
興奮気味な我が子や弟、妹たちをなだめつつ、獣人たちは口々にアルトたちに感謝の言葉を述べた。
エメラとコハクは「また膝をついて崇められるのはちょっと…」とアルトの傍で姿を消しつつ、この光景を見ている。
そんな中でひとり、様子のおかしい子供がいた。
熊の耳をしたその少女は、キョロキョロと落ち着かない様子で周囲を見回している。
そんな彼女の動きを不審に思ったアルトは、彼女に駆け寄った。
「どうしたの、ホルン?」
「お父さんがいないの。私のお父さんはどこ?」
ホルンと呼ばれた熊耳の少女は、困惑したような、今にも泣き出しそうな表情をしていた。
彼女の言葉にピクリと耳を揺らした獣人の男たちは、途端に表情を曇らせ、唇を噛んで俯く。
彼らの仕草やピリッと流れた空気から、キースとマズルカ、それにレシェンタとアルトまでもが、嫌な予感に胸をざわつかせる。
「ねえ!お父さんはどこなの?お父さんに会わせて!」
ホルンの必死の叫びに心を痛めながらも、悲痛な面持ちで目を反らす獣人の男たち。
嫌な沈黙の中、重々しく口を開いたのは――獣人たちの中でも比較的年上の、虎の耳をした男だった。
「ホルン……ついて来なさい。」
◇
虎の耳の獣人――里長であるオオボエがホルンやアルトたちを案内した先には、ちょうど大人の頭くらいの大きさの石が置いてあった。よく見ると、周囲にも似たような石がいくつも並んでいる。
「これって…まさか…」
カタカタと小刻みに震えるホルンの肩に、そっと大きな掌を乗せるオオボエ。彼は震えそうになる唇をきゅっと引き結び、深く低い声で言い聞かせるように、言葉を紡いだ。
「ああ。お前の父、クラベスは――死んだ。」
ホルンの父親であるクラベスは、子供たちが攫われた時、ちょうど狩りに出ていて隠れ里にはいなかった。
里に戻って娘や他の女子供たちが攫われたことを聞いたクラベスは、周囲の制止には耳も貸さず、矢のように人間たちの後を追った。
彼は熊の獣人であり、里で最も強い戦士でもあった。
しかしほどなくして、そんな彼の遺体が隠れ里近くの森で発見されたのだ。
それにより「クラベスに続け、子供たちを取り戻そう」と叫んでいた獣人たちも意気消沈し、残された獣人たちは止む無く里を棄てることを選んだ。
そんなオオボエの話が耳に届いているのかいないのか、父の墓の前で泣き崩れるホルン。
彼女の悲痛な泣き声は、霧に包まれた里中に木霊した。
「ねえアルト、――――」
エメラの耳打ちに小さく頷いたアルトは、そっとこの場所の周囲に【無音】の魔法をかけたのだった。
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