第156話 獣人たちの隠れ里
獣人たちが“隠れ里”と呼ぶだけあって、知らなければそれとは気づかない場所――崖下の大きな窪みの、霧に包まれたその場所に、彼らの集落はあった。
「着いたよ!…あれ?」
「ここが私たちの里…なの…ですが…」
眼前に広がる光景に、アルト達も獣人たちと同様に絶句した。
「嘘…」
「何よ、これ…」
皆が愕然とするのも無理はない。
そこには、確かに集落があった――その形跡だけが残されていたのだ。
建物はそのほとんどが破壊されており、とても人が住めるような状態ではなかった。
実際、人の気配は全く感じられない。
一瞬にして、獣人の女性たちやキースら大人の脳裏には最悪のシナリオが浮かんだ。
――彼女たちが攫われたその後に、里が何者かに襲われた――
隠れ里を襲ったのが誰なのかはわからない。
彼女たちを攫った奴隷商の一味なのか、あるいは別の人間、それとも森の魔獣か…
誰もが言葉を失う中、はじめに口を開いたのはマズルカだった。
「皆はここで待っていてちょうだい。何があったか調べてくるわ。キース、私と一緒に来て。」
いつもはのんびりと間延びした口調で話すマズルカでさえ、ただならぬ状況故かその声や口調には剣呑とした響きがあった。
そのことに気づいたキースは、ゴクリと唾を呑んで頷く。
「わかった。」
「レシェンタ、あなたはアルトちゃんたちと一緒に、皆を守っていてちょうだい。」
コクリと頷くレシェンタとアルト。
すると、ウサギ耳の女性がすっと立ち上がった。
「待ってください。この辺りは地形が複雑ですから、案内役が必要でしょう。私も行きます。」
「私も行くわ。精霊の私なら、魔獣や獣人が近くにいるかどうかわかるから。」
そう言って、ふわりと皆より頭一つ分高いところに浮かぶエメラ。
この霧の中では、いかに凄腕の冒険者といえども視界が悪すぎる。
視界に頼らず【魔力感知】で魔獣や獣人の気配を察知できるのは、この場では精霊である自分とコハク、そしてアルトだけ。
アルトは【安全地帯】や【障壁】で、コハクは土魔法で、この場に残る獣人たちを守ることができる。だからキースたちと行くべきは自分だと、エメラはそう判断したのだ。
逡巡したマズルカは、小さく息を吐いて二人に手招きをした。
「…わかったわ。二人とも一緒にいらっしゃい。」
◇
破壊された家を順に回って調べていくキースとマズルカ。
その近くでは、立ち尽くしたまま微かに震えるウサギ耳の女性。
ようやく帰って来た故郷が、何者かに破壊されていたのだ。表面上は気丈に振舞っていても、何も感じていないわけがない。
それに気づいたエメラは、そっと彼女の傍に寄り添う。
「かなり派手に壊されてるな。だが、魔法を使った痕跡はなさそうだ。」
一般的に、魔法を用いた戦闘の後には、炎や雷による焼け焦げ、氷や水で濡れた跡、土や岩の不自然な隆起など、何かしらの痕跡が残る。
しかし破壊されたどの建物にも、そのような痕跡は見られなかった。
(それにしても、これだけ荒らされている割にはアレが見当たらないな。)
「そうね。この布の引き裂かれ方…剣やナイフじゃこうはならないわ。まるで獣の爪痕。だとすると魔獣の仕業か、あるいは…」
「ちょっと待って。向こうから何か来るわ。」
魔力の気配を感じ取ったエメラが、キース達の会話を遮った。
読んで下さってありがとうございます。
誤字脱字、読みづらい等ありましたらご指摘くださいm(__)m
ブックマークや評価、いいね等で応援していただけると執筆の励みになります。
よろしくお願いします!