第153話 もう随分と前の話
事情を話すと、最終的に獣人たちはアルトたちの同行を許してくれた。
はじめは「人間を里に連れて行くなんて…」とかなり渋っていたのだが、エメラとコハクが頭を下げて頼むと、慌てて了承したのだった。
隠れ里までは、徒歩で行けばここから4日ほどで行ける距離らしい。
獣人の子供たちは里に戻れることを喜んでおり、女性たちもどこか安堵の表情を浮かべている。
「よかったわねぇ皆!はぁ~、でももうこのふわふわとはお別れなのねぇ。私もついて行っちゃおうかしら…」
そんなことを口にしながら、獣人の子供たちの耳をゆるゆると撫でるマズルカ。はじめのうちこそ嫌がっていた子供たちも、半ば諦め気味に彼に身を任せている。
そんな光景に苦笑を浮かべるキース達だったが、次に発せられたギルマスの言葉に一同が目を剥いた。
「護衛の増員ということなら、別に構わないよ。これだけの人数の移動だから、護衛も多いに越したことはないからね。」
「あら、本当?嬉しいわぁ!」
ギルマスの提案に、パッと顔を上げて目を輝かせるマズルカ。
「ちょ、そんな簡単に決めて大丈夫なの?」
「宿のことなら、コーダちゃんが管理してくれるから大丈夫よぉ?」
慌てるレシェンタの疑問に、あっけらかんと答えるマズルカ。
彼の見当違いの返事にずっこけるレシェンタ。
「いや、そっちじゃなくて…」
「彼なら問題ないよ。実力は僕が保証しよう。最前線からは退いたとはいえ、彼は歴とした冒険者だしね。」
唐突にギルマスから知らされた事実――マズルカが実は冒険者だったこと――を知り、驚くアルト達。
キースだけは、どこか腑に落ちた様子だ。
「ちゃんと冒険者やってたのなんて、もう随分と前の話よぉ。色々あって本当は引退するつもりだったんだけど、コーダちゃんに引き止められちゃって。」
「あなたほどの腕を腐らせるなんて、勿体ないからね。」
笑みを深めるギルマスに、困ったように肩をすくめるマズルカ。
「褒めてくれるのは嬉しいけど、買い被りすぎよぉ?」
「ちなみに、ランクを伺っても?」
「現役の頃はAランクだったわ。全盛期と比べると多少腕は鈍ってるけど…足手まといにはならないつもりよ。」
キースににっこりと笑顔を返すマズルカだが、細く開けられた瞳は獲物を狙う獣のようだった。その鋭い眼光を直視してしまったキースは、一瞬身震いする。
(やはり、只者じゃなかった…か。にしてもAランクとはな。)
「わかったよ、よろしくな。皆も、それでいいか?」
「もちろんだよ!そんな凄い人も一緒に来てくれるなら、心強いね!」
「え、ええ。そうね。」
無邪気に喜ぶアルトと、いまだに少し困惑しているレシェンタ。いつの間にかアルトの肩にちょこんと乗っていた精霊たちも、同意を示すようにコクリと頷いた。
「うふふ。ということで皆、よろしくね。」
先程の鋭い眼光は何処へやら。茶目っ気たっぷりにウインクするマズルカだった。
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