第143話 テイムと契約魔法
「あ、ちょっといいかな。」
話が一段落したところで、小さく手を上げるギルマス。
「気になっていたんだけど、その一角黒豹…テナ、といったね。その子が子猫に姿を変えられるのは、どうしてなんだい?」
「あ、実はそのこともパストーラさんに聞きたくて…」
「?」
アルト達はことの経緯――マジックアイテムのハンカチのこと、テナの母親との戦い、その際の魔力譲渡とおぼしき出来事と、魔獣学者であるモデスト氏の見解――をギルマスとパストーラに話した。
パストーラもギルマスも、話の内容や魔獣学者のモデストの名に目を丸くしつつ、真剣に話を聞いた。
そうしてしばらくの思案の後、彼らは一つの仮説に辿り着いた。
――テナがアルトのために、新たな魔法を身に着けた――
信じ難いことだが、そう考える他なかった。
「テイマーによく懐いた従魔は、その環境に応じて特殊な成長を見せることがある。」
「特殊な成長?」
レシェンタの問いに、コクリと頷くパストーラ。
「そうだ。特定の魔法属性への耐性を得たり、通常よりも身体や牙が大きくなったり…な。グレンの翼も、一般的な火炎鷲より二回りは大きい。」
そう話しながら、パストーラはグレンの翼を優しく撫でる。
「“よりテイマーの役に立ちたい”という従魔の意志がそのような変化をもたらすのではないか、と考えられている。だからといって、新しい魔法を覚えるなどという話は初耳だがな。」
「話の流れから察するに、テナは“自分が普通の猫の姿に変身すること”がアルト君の役に立つ、と判断したようだね。」
(そう言えば…)
ギルマスの言葉に、テナが小さくなる魔法を初めて見せた時のことを思い出すアルト。あれは丁度、急成長したテナをどうしようかと相談していた時だった。
「ふふ。テナ、ありがとう。」
そう言ってもテナをぎゅうっと抱きしめるアルト。
「しかし話を聞く限り、貴様らは出会ってまだ一年も経っていないのだろう。」
まだ腑に落ちない表情を見せるパストーラ。熟練のテイマーである彼から見ると、この現象は極めて異質なのだろう。
「信頼関係を築くのは、一朝一夕では難しい。けれど、必ずしも時間と比例するとは限らないのだろうね。」
「あるいは、よほど特殊な契約魔法を使ったのか…」
パストーラの口にした言葉に、ピクリと反応するアルト。
「契約魔法?」
「うん?テイマーと従魔の契約…いわゆるテイムのことだよ。テナの額にはちゃんと印があるから、契約魔法でテイムしたんだよね?」
「えっと…それが……」
気まずそうにキースに視線を向けるアルト。そしてやれやれと肩をすくめ、アルトと一緒に説明するキース。
◇
「契約魔法を知らないだと!?」
パストーラの剣幕に、ビクッと肩を揺らすアルト。
「は、はい。僕の手とテナの額が触れたら、急に光って何かの魔法が発動したみたいで…」
あまりの衝撃にしばし絶句したパストーラだったが、気を取り直して咳払いをし、説明を始めた。
「契約魔法とは、魔獣とテイマーとを契約で繋ぐ特殊な魔法だ。火炎鷲は炎属性、一角黒豹は雷属性という風に、魔獣の属性によって契約魔法も使い分ける。」
ゆっくりと部屋の中を歩き回りながら、淡々と話を続けるパストーラ。
「戦って対象の魔獣を多少弱らせた上で契約魔法を使い、上手くいけば従魔にできる――それが一般的なテイムの手順なのだが…貴様はどういうわけか、名を与えて触れるだけでテイムしてしまった。」
「あー、ちょっとすいません。素人考えですが、触れるだけでっていうのは少し違う気がします。」
遠慮がちに手を上げつつ、話に割って入るキース。
「俺もその場に立ち会っていたんですが…あの時、間違いなくテナ自身もアルトの従魔になることを望んで歩み寄ったように見えました。少なくとも、双方の了承は必要なのでは?」
「なるほど……印を見る限り、間違いなくテイムは成功している。過程は非常に不可解だが、結果的には契約魔法と同等の効果をもたらした、と。」
アルトの右手の甲に浮かんだ印とテナの額の印を見比べながら、パストーラはそう結論づけた。
「うーん、これは…凄いことだけれど、特例中の特例だろうね。アルト君の使う魔法は、ちょっと特別みたいだし、この件はここだけの秘密にしておこう。」
結局、アルトとテナに関する謎はほとんど謎のままとなった。
「アルトらしいっつーか、まぁ予想通りだな。ちょっとくらい他の奴と違ったっていいんだよ。アルトはアルト、テナはテナだろ。」
そんなキースの言葉に、どこかホッとしたような表情を見せるアルト。
「うん、ありがとう!」
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