第141話 アルトの覚悟
「テイムはそれなりに拘束力のある魔法だが、過信は禁物だ。テイマーと従魔との実力差、あるいは信頼感の消失、またはその両方により、テイムが無効となった事例は多数存在する。」
パストーラの言葉に、ギルマスはうんうんと頷いている。
「テイマーが未熟だと、成長した従魔が暴走することがあるのだ。そうなると、その従魔はもはや従魔ではなく、狂暴な魔獣と変わらん。主であったテイマーはもちろん、周囲の人々をも襲うだろう。」
以前にも似たような話を聞いていたアルトだったが、改めてテナをじっと見ながら考える。
頭によぎるのは、テナの母親であった一角黒豹が、自分たちに攻撃を仕掛けてきたときの光景――それを振り払うように、アルトはぶんぶんと頭を振った。
「それを止めるのも、テイマー…いや、そうなればもはやテイマーとは呼べないが――その者と、行動を同じくするパーティーメンバーの義務だ。万が一の時、貴様らはその一角黒豹を殺す覚悟はあるか。」
話の矛先が突然自分に向いたことで、ドキッとするキース。
(そういう可能性があることは承知の上だったが…ド直球で聞いてきたな。アルトとテナなら大丈夫だと思うんだが…それで納得してくれるかねぇ。)
「できません。」
「な!?」
この話の流れでキッパリ否定したアルトに、さしものパストーラも驚いたようだ。彼は眼帯をしていない方の目を大きく見開いている。
「万が一にも、億が一にも、テナを暴走なんてさせません。」
改めてはっきりと断言するアルト。
それをパストーラは子ども故の万能感や無鉄砲さと捉えたのか、思わず立ち上がって声を張り上げる。
「そんな保証がどこにある?大口を叩いておいて元従魔にやられた奴が今までどれだけいたか…そもそも、一角黒豹は成獣ならばAランクの魔獣だぞ。貴様、ランクは?」
アルトはゴソゴソと首に掛けていた冒険者タグを取り出し、パストーラに見せる。
「今はBランクです。」
アルトの返答に、パストーラは一瞬驚いた顔を見せる。
「まあまあ、とりあえず落ち着いて座りましょう…ね?」
ギルマスに諭され、大きく息を吐いて再び椅子に座るパストーラ。
「っ…その年にしては驚嘆に値するランクだが、まだ足りん。一角黒豹はAランクの魔獣の中でも、扱いが難しい部類だ。貴様にAランク以上の実力がなくては、いずれ制御しきれなくなるぞ。」
語気を強めて言うパストーラの言葉に、ごくりと息を呑むアルトとキース、そしてレシェンタ。
「もう一度問う。近い未来…その一角黒豹を暴走させないという保証が、どこにある?」
どう答えるべきか、しばらく考えるアルト。
(ふわっとした答えじゃ、この人は納得しない。レカンタのギルマスさんは、僕の実力はAランク相当だと言ってくれたけれど、実際はまだBランクのままだし…)
決心を固めたアルトは、マジックバッグから一冊の本を取り出した。
「これは…?」
「僕は“魔導の賢者”です。この魔導書は、トレモロのギルマスさん――“迅雷の賢者”から受け継ぎました。」
「!?」
このことを明かすべきか迷ったアルトだったが、これ以外に彼を説得できる材料が見当たらなかったのだ。
「僕はまだ魔導書を受け継いだばかりで、実力が伴っているかはわかりません。自分が賢者だって実感も、正直ほとんどありません。」
微かに声を震わせながら話すアルト。しかし、ギルマスもパストーラもキースたちも、真剣な眼差しでその様子を見守る。
「それでも、保証が必要だと言うなら――“魔導の賢者”の二つ名にかけて誓います。絶対に、テナを暴走なんてさせません。」
少しの沈黙の後、パストーラが重々しく口を開いた。
「賢者の二つ名……そんなものが保証になるとでも思っているのか。」
(ダメだった…!)
そう思ったアルトは、俯いて目をぎゅっと閉じた。
「わかっ――「この分からずや!」――何事だ?」
突如割り込んだ声が、パストーラの言葉を遮った。
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