第14話 もしかして
しばらくすると、男性が意識を取り戻した。ゆっくりと起き上がり、目元を押さえている。
「うぅ……ん?ここは…?俺は、確か…」
「大丈夫ですか?」
アルトは木の器に入れた水を手渡しながら問いかける。
「あ、ああ、どうも。」
男性は水を受け取り、一気に飲み干す。
「ありがとな。確か、ガルザの群れと戦って…それで……いや、あり得ないな。気を失う前のことはよく覚えてないんだが、お前が助けてくれたのか?」
「ええまあ。ガルザの群れはもういませんよ。それで、何があったか教えてもらえますか。」
アルトは適当に返事を濁しつつ、危険が去ったことを伝える。
「助かったよ、恩に着る。ええと…」
「あ、僕はアルトと言います。」
「そうか、アルト。まずは礼を言わせてくれ、おかげで助かった。」
そうして、男性――キースと名乗った赤髪の青年――は話し始めた。
男性は冒険者で、ギルドからの依頼で引き受けた護衛任務で二つ先の街まで行っていたこと。
その帰り道に、ついでだからと森の中に入って薬草を探したこと。
薬草を採取している途中で例のガルザの群れに出くわし、襲われたこと。
怪我と消耗で疲弊し、もう終わりかと思ったのが最後の記憶で、気づいたらこの状況だったこと。
ギルド―――この言葉はアルトもエメラも初耳だった。キースは驚いた様子だったが、馬鹿にすることなく丁寧に教えてくれた。
ギルドとは、冒険者を統括・管理する組織のことである。
魔獣の討伐や薬草などの採取、護衛任務など、平民・貴族を問わず皆の依頼を受けて取りまとめる。そして、それぞれの依頼を実力の見合った冒険者に割り振る仲介役も担っている。
冒険者とは、ギルドに所属して依頼を受け、その報酬で生活する――いわば傭兵のようなもの。魔法を使えるマギアはもちろん、キースのようにそうでない人も、実力があれば冒険者になれる。
一般的な冒険者は複数人で固定のパーティーを組むものだが、キースは今のところ一人で活動している。依頼によっては、必要に応じて臨時のパーティーを組むこともあるらしい。
「今度は俺から質問してもいいか?」
「うん?いいですよ。薬草の場所とかですか?」
「いやそうじゃなくて。見たところ、アルトは10歳かそこらくらいだろう?親は?それに、こんな森の中で何してたんだ?」
痛い所を突いてくる質問に、アルトは少し言葉に詰まった。隠しても仕方がないので、できるだけ端的に答える。
「…色々あって縁を切ったんです。それで、村の外の世界を見たくて、旅に…」
「そうか、困らせて悪かった。だが、魔獣のいる森の中で子供が一人ってのは危ないと思うぞ。」
キースがそれ以上詮索しなかったことに、アルトは安堵した。
「ご心配ありがとうございます。でも、僕割と強いので大丈夫ですよ。それに、今は一人ではないので。」
「はは、それもそうか。」
「一人ではない」という言葉には追及はなかった。今はキースが一緒にいるから、と捉えられたのかもしれない。
エメラは今、姿を隠している。精霊は滅多に人前に姿を現さないので、見つかると何をされるかわからない…らしい。
「ところで、さっきからずっと気になってたんだが、その黒いの…一角黒豹の子供…だよな?」
「一角黒豹?」
キースの指差す先には、アルトの膝の上で丸まっている小さな黒猫。よく見てみれば、額の真ん中に小さな角のような突起がある。
「知らないのか?Aランクの魔物で、本来はかなり狂暴な奴なんだが…なんつーか、えらく懐いてんな。」
「ガルザと戦ってるとき、近くの木陰にいたんです。微かに魔力は感じたんですけど、子猫だと思ったので咄嗟に保護しちゃって…」
目の前でガルザから守ったからなのか、はたまた単純に餌付けされてしまっただけなのか。
この短時間で黒猫―もとい一角黒豹の子供―はすっかりアルトに懐いているようだ。
今も頭を撫でるアルトの手の動きに合わせて、ゴロゴロと喉を鳴らしている。
「そ…っか。まぁ、襲われないんならいいんだけどよ。親は近くに居なかったのか?一角黒豹は親子の情が深くて、割と子育て期間が長い魔獣だって聞いたんだが…」
「いいえ。近くにそれらしい気配はありませんでした。もし親が現れたら、帰してあげたいんですけど…」
「それは止めといた方がいい。子供を攫ったと勘違いされて、そいつの親にお前が殺されかねねぇ。」
キースは子猫を指差し、次にアルトを指差した。その眼差しは真剣そのものだ。
「そう…ですか。」
「アルトは強いから大丈夫よ!それに私もついているもの!」
「うわっ!」
「エメラ!」
アルトが残念がったことを察知したのか、それともアルトが殺されるとキースが思っていることに憤慨したのか…エメラが突然姿を現し、大声を上げた。
キースは急に眼前に現れた何かに驚き、のけ反って後ろに倒れそうになった。が、手をついてどうにか持ちこたえる。
エメラはアルトとキースの間にふわふわと浮かび、腰に手を当ててキースを睨んでいる。
「その、光ってるそいつは…もしかして精霊、なのか?」
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