第129話 先輩?
セイの言った通り、街道沿いに歩けばペザンテまでは7日ほどかかる。しかし、間の村を経由せず、森の中を通る近道を使えば、4日くらいで行けるらしい。
迷った末に、森の中の道を行くことにした一行。
十字蜘蛛の件もあって四人は若干尻込みしていたが、声に出して反論はしなかった。
実をいうと、自分たちにあれだけの説教をしたキースを信用するという信頼が半分、そんなキースの実力を見たいという好奇心が半分、という心持ちでもあったのだが。
元来楽観的で陽気な彼らは、あっという間にアルトとも打ち解けていた。
「ところで、アルトはいつから冒険者になったんだ?」
「えーっと…」
「ついこの間だよ。登録と同時に、俺とパーティーを組むことになったんだ。俺の方がちょっと長く冒険者やってたから、色々教えがてら…な、アルト!」
ガヤルドの質問に割って入るようにキースが答え、アルトに同意を求めた。
キースの態度に何か違和感を感じたアルトだったが、気のせいだと思い直して返事をする。
「うん!そうだよ。」
「それじゃあ、アルトはアタシたちの後輩にあたるわけだ!ねね、一度だけでいいから“先輩”って呼んでくれる?」
「えっと…先輩?」
背の低いアルトが小首を傾げながら言うと、自然と上目遣いのようになってしまう。それを直視してしまったメネットは、キュンと胸をときめかせる。
「くぅーっ!イイ!すっごくイイ!」
「おい、あまり調子に乗るなよ。お前らは死にかけてるところを一度アルトに見られてるんだからな。先輩ぶりたい気持ちはわからんでもないが、かえって恥ずかしいぞソレ。」
キースの指摘に、バツが悪そうな表情を見せるメネット。
一時は一触即発の空気にもなった二人だが、今ではすっかり打ち解けているようだ。
「セイは槍を使うんだよね。長い武器って難しそう。」
「アルトはまだ小柄だから、槍はちょっと難しいかもね。そう言えば、アルトはどんな武器で戦うんだい?」
「えっと…」
返事を濁してチラリとキースの方を見るアルト。自分がマギアであることを彼らに打ち明けてもいいのか、迷っているようだ。
コクリと頷いたキースは、代わりに答えることにした。
「実はアルトはマギアでな…近接ではナイフなんかを使うこともあるが、ほとんど魔法だ。今はレシェンタにも色々教わってるんだよな。」
「うん、そうなんだ!」
「その年でもう魔法が使えるんですか?」
「もちろん。」
即答するアルトに、驚いて目を丸くするアリア。
「お前ら、アルトを甘く見るんじゃねえぞ。俺たちだってアルトの魔法に何度助けられたことか…」
ニヤリと笑うキースの言葉と、意味ありげに頷くレシェンタの態度に、四人の頭には同じ考えがよぎった。
(きっとアルトに自信を持たせるためのリップサービスだ。さすがのキースもアルトには甘いみたい。)
勝手に納得してうんうんと頷いたメネットは、ぐしゃぐしゃとアルトの頭を撫でる。
「そりゃ凄い。その上姐さんに魔法を教わってるなら、アルトの将来が楽しみだね!」
◇
しばらく歩いていると、アルトがくいっとキースの服の裾を引っ張った。
「どうした。」
「この先、魔獣がいるよ。結構大きな群れみたい。それから…テナが起きちゃったんだけど、どうしよう。」
「あー、そうだな…俺から話すから、テナはとりあえず出してやろう。連中が腰を抜かすと悪いから、子猫の姿でいるように言っておいてくれ。一角黒豹ってのも内緒な。」
キースの言葉にコクリと頷きを返すアルト。
「魔獣の方は、動きがないか警戒を頼むな。俺も痕跡を探ってみるから。」
「うん、わかったよ。」
小声で相談を終えると、キースの提案で一旦休憩することになった。
「テナ、出ておいで。みんなが驚くといけないから、“小さくなってる”んだよ。」
アルトの不思議な言い回しに疑問符を浮かべた四人だったが、カバンから出てきたテナを見て、そんな疑問など吹き飛んでしまったようだ。
「かっ可愛いー-!」
「アルトによく懐いてるんだ。迷ったが、成り行きで連れて行くことになってな。」
「にゃあ。」
くりくりとした真ん丸な目の、黒い子猫。その姿に四人はメロメロになっていた。
その様子に苦笑を漏らしながらも、キースは周辺の獣道や折れた枝、足跡などを確認していく。
「キース、どうしたの?」
地面に膝をつくキースに、不思議そうな顔をしながら問いかけるレシェンタ。
「ん、この先に魔獣の群れがいるらしいんだ。だからどんな魔獣か突き止めようと、痕跡を…おっと。」
「?」
キースは発見した足跡を指し、ニヤリと笑みを浮かべた。
「こいつぁ……小鬼だ。」