第97話 親子の時間
「最悪って…どういうことだ。」
レシェンタの発した言葉とその表情に狼狽するキース。レシェンタはその問いには答えず、無言で首を振る。
その仕草で何かを察したキースは息を呑み、ぐっと唇を嚙む。
「アルト、もういいわ。」
「もういいって…まだこんなに苦しそうなのに?」
「いいから!」
食ってかかるアルトに、もう一度強い口調でぴしゃりと言い放つレシェンタ。驚いてビクッと肩を跳ねさせたアルトは、数秒躊躇ったのち、【治癒】を中断して数歩下がった。
その様子を見届けたレシェンタは、そっとテナの背を押す。
「テナ、お母さんに目一杯甘えておいで。」
「にゃう?にゃあ~!」
レシェンタの言葉に従って、嬉しそうに母親に駆け寄るテナ。
「ねえ、どういうことなの?」
訝しげな顔で尋ねるエメラ。他の皆も同じ気持ちだったのか、テナ以外の全員がじっとレシェンタを見つめて返答を待つ。
レシェンタはできるだけ感情を押さえて、事実だけを告げた。
「テナのお母さんは……多分、もう助からないわ。」
「そんな、嘘でしょ!?」
アルトは叫び、エメラは口元を手で覆って目を潤ませた。キースも目元を手で覆って俯き、コハクは微かに眉間に皺を寄せ、壊れた飾りの方へと視線を向けた。
「残念だけれど、本当よ。みんな落ち着いて聞いて。あの飾りは、強力なマジックアイテムだったわ。」
ここで言葉を切り、大きく深呼吸をするレシェンタ。
「それも、身に着けた者の命を蝕み、それを糧に相手を洗脳して狂暴化させる危険な魔法…禁断の闇魔法が込められたアイテム。」
「どうして、そんなものがテナのお母さんに…?」
「今はわからないわ。もっと時間をかけて調べれば、詳しいこともわかるかも知れない。でも今ここで、これ以上の調査は難しいの。」
アルトはまだ何か言いたげだったが、レシェンタの悲しげな瞳に気づいて口をつぐんだ。
「だからせめて、今は…今だけは、テナたちに最後の時間を穏やかに過ごさせてあげましょう。」
平静を装って淡々と話していたレシェンタだったが、最後の方は声が震えていた。
「そうだな。この先どうなるかはわからないが…今はあの親子を引き離すべきじゃない。俺はそう思うが、皆はどうだ?」
キースの言葉に、アルトとエメラとコハクも無言で頷きを返す。
一方で、上体を起こした一角黒豹は、再びテナに頬ずりをしてグルルと優しく唸る。
すると、テナも何かを察したのだろうか、急ににゃあにゃあと激しく鳴き始めた。
その姿はまるで「嫌だ、聞きたくない!」と駄々をこねる子供のそれだった。
しかし、母親が諫めるような、叱るような声色で静かに短く唸ると、テナははっとして口を閉じた。
次いで一角黒豹はアルトをじっと見つめ、微かに頭を下げるような仕草を見せた。驚いたアルトが反射的に会釈を返すと、一角黒豹は穏やかに微笑んだ…ように見えた。
そして再び見つめ合う親子はゆっくりと顔を寄せ合い、一角黒豹の角がテナの生えかけの角に触れた。
すると、触れた箇所から銀色の柔らかな光が溢れた。
光が収まると―――
母親は音もなく倒れ、そして動くことはなかった。
銀色に輝いていた角には大きな亀裂が入っており、輝きを失って鉛色に変化していた。
その表情は、眠っているかのように穏やかだった。
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