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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

これだけの、大切な仕事。

作者: 佐藤なつ

「私、こういうものです。」

差し出された名刺には、何らかの肩書きと姓名が記されている。

書かれた名前と、添えられた書類の名前を見比べる。

名前が違う。

「ご本人様以外からの届け出は受理できません。」

ラナは淡々と答えた。

「本人は来れないのです。」

名刺を差し出したスーツをかっちりと着こなした女性も淡々と答える。

「原則、ご本人様以外の届け出は受理できません。」

「ですから本人は来れないのです。」

「でしたら、委任状をお願いします。こちらとこちらです。必要な書類の窓口も記入してあります。委任状の記入例も同封してありますので、そのように記入をお願いします。委任状の審査・受理に一ヶ月ほどかかります。委任状の受理がされてから発行の審査に入りますので、長くて二ヶ月ほどかかると思って居て下さい。また、受け取りも原則ご本人様でお願いします。不可能な場合は、また委任状が必要ですので先にご用意されることをお勧めします。」

説明を続けるラナをスーツの女性は苛立たしげに見た。

「ですから、私はこういう者で。」

「はい。名刺は拝見しました。名刺は公式書類ではありませんが、こちらの書類と名刺はお名前が違いますのでご本人様で無いと判断致しました。」

「あなた!あなたじゃ話にならない。上の人間を呼んできて!」

女性が声を荒げる。

「私がこの部署の責任者です。私はここで、不備のある書類。あなたのような人にお断りする任務を背負っています。ですから、この書類はお受け取り致しかねると判断致しました。次はご本人様に手続きをお願いして下さい。また、その際は、列に並んで頂くようにお願いします。私にはあなたが列の最後尾では無く、何人かの方と良くお話になって握手をし、その後、入れ替わったように見えました。確証は無いですし、大きなトラブルは起きていない、当人同士で納得されているのであれば指摘するつもりはありませんでしたが、本来、この身分証明書発給所は、不正な行為、怪しい行為は慎むべきです。あなたがこれ以上事を荒立てるのであれば、監視カメラの映像を出すところに出して、あなたの行動を詳らかにしても良いのですよ?あなたは自業自得なのでしょうが、うっかり魔が差してしまった受け入れてしまった人間にまで影響するだろうことを考えると胸が痛みます。どうされますか?」


そう、この黒スーツの女性は、朝から並んで整理番号を受け取った人の権利をお金で買い取ったのだ。

ここに来る人は、新しい生活を求めてやってくる他国からの移民が多い。

温暖な気候。

美しい景観に支えられたこの国には沢山の人が移住してくる。

裕福な資産家、はたまた、生活に困窮している人達。

移住してくる人は潤沢な資金を落とし、労働力もこの国に提供してくれる。

だから、移住には、とても寛容だ。

他の国ではお断りするような人も受け入れる。

ただし、この発給所ではどんな人も平等に並ばなくてはならない決まりだ。

困窮している人達にとっては、早く身分証明書を発給して貰って、住む場所と職業を得ることが何より必要だ。

良い仕事はすぐ無くなってしまう。

つまり、死活問題に関わる。


私の言葉に並んでいた後ろの方から拍手が湧き上がった。

「早くしろよ。」

と、言う声も。


黒スーツの女性は顔を歪めると足早に去って行った。

カツカツと黒いパンプスのヒールを鳴らして。


私はすぐに業務に戻った。

「お待たせしました、次の方どうぞ。」

私にとってはいつもの、なんて事無い日常だ。



だが、翌日。

週末となり、

家事をこなそうと思っていた私は、発給所の長の更に上の、管理部に呼び出された。

そこには、何とか議員という男性がいて、私が入るなり怒号を浴びせてきた。


「君は!あの名刺を見なかったのか?その前に通知が行っただろう。某国のVIPの使いが行くから早急に対処しろと。」

「その通知は見ました。”VIPでも、誰でも対応は変えられない。”と返答書を送りました。」

私は正直に答えた。

「お前は!バカじゃ無いのか!某国だぞ!我が国の同盟国で、幾つも傘下の会社の工場を持っていて・・・・。」

ナントカ議員は叫び続ける。


どうやら、某国から多大な利益を受けているらしい。

この国とナントカ議員個人が。

私の頭でも、それは理解できた。

ペラペラペラペラ。

凄い喋れる。

喉が強い。

「受付たるもの、どんな人か、どんな対応をするか瞬時に判断して、それ相応の対応をすべきだろう。本来なら別室につれていって・・・。」

今度は私の対応を怒りだした。

「私の業務は、出された書類の不備が無いかをチェックする事です。その後の対応は他の方がします。不備があったり、いちゃもんをつける人をお断りする事だけが私の業務なのです」

「それしかやってないのか!」

「そうです。」

「そんな無能な人間を雇っておくなんて、」

また怒りだした。

凄い、叫び声に近い。

人件費だの、国の損失だの、小難しい言葉がスラスラ出て来る。

いや、関係ない言葉が羅列されているような感じだ。

しかし堂々と言い切っている。

やっぱり政治家さんは演説するのが仕事だからだろうか。

なんて感心してしまう。

それにしても、本当に喉が強い。

私なんて一日受付業務をしてるだけで喉がガラガラになるのに。

なんて別の事を考えていたら、

「お前は!クビだ!お前のクビで事を収めてやると・・・。」

クビ宣告をされた。

「大丈夫ですか?」

「訳がわからない事を言うな!お前と話していると頭が痛くなる、出て行け!直ぐさま荷物を片付けて出て行け!」

ナントカ議員の良くわからない説教が終わり、私は部屋を出ることが出来た。

荷物を片付けろと言われても、今日は発給所は休みだ。

鍵がかかって入れない。


明日、荷物を取りに行く事にしよう。

と、いうかそうするしか無い。


ラナは部屋に帰って、掃除を始めた。

本来なら、洗濯も、掃除も終わっていた時間だ。

遅れを取り戻すべく、淡々と家事をこなした。

翌日、ラナは出勤した。

荷物を回収するために大きめの鞄を持っていく。

数回往復しないといけないか。

タクシーを使いたい。

しかし観光地のこの国ではタクシーは高額だ。

職を無くしたラナは節約しなくてはならない。

我慢するか。

と、思いつつ、始業前でバタバタしている同僚を尻目にラナは片付けを始めた。


同僚が、ラナの行動に

「何?準備しないの?」

と、声をかけてきた。


ラナは、

「昨日、管理部に呼び出されて、ナントカ議員ってって人が居て、その人に「クビ」って言われたの。」

と、答えた。

「えっ?”ナントカ”議員って?誰?」

「さぁ、知らない。」

ラナは淡々と答えて荷物を片付ける。

「でも、ラナ!待って。ラナがいないと困るから!誰がやるの?!受付!!」

「でも、言われたわ。私の仕事は書類の間違い探し、誰でも出来る仕事だって。」

「いやいや、いや、それが出来ないの!いや、出来ない訳じゃないけど、ラナみたいに出来ないから。」

「辞令きてないから。今日だけでもやって。」

ラナの周りには全職員が集まっていた。

ただの受付。

ナントカ議員の言ったことは間違っていない。

なのに、同僚はラナを止める。

「うん。でも、言われたから帰るわ。あ、もう時間よね。荷物片付けきれなかったから、終業後に荷物取りに来ることにするわ。」

同僚は入り口に目をやって諦めたように持ち場に戻っていく。

入り口前には既に人が並んでいる。

対応しない訳にはいかない。

ラナは

「じゃあ、また後で。」

それだけ言って、その場を後にした。


終業後、ラナはまた職場へと赴いた。

まだ処理できていない書類が山積みになっていた。

「ラナ。やっぱり、あなたがいないと無理よ。」

「最初に書類見る人がいないだけで全然違う。」

「ラナは書類の確認も早いし、対応も確実だし、処理速度が全然違うのよ。」

そんな事を言って縋られてもラナはどうしようもない。

「だって、私にはどうしようもないのよ。」

それよりもラナの今後の事が問題だ。

無職になってしまったのだ。


ラナ、30歳。

独身女性。

恋人も、親兄弟もいない。

頼る先も無く無職でどうやって生きていけばいいのか。

ラナは軽くあしらって、手早く後片付けを済ますと職場を後にした。

朝に一便運んだから荷物が少なくて済んだ。

二往復で済んで良かった。

でも、これからどうしよう。

そう思っていたら、ラナと並行するように黒塗りの車がスッと寄ってきて止まった。

窓が開き、中から声をかけられる。

「ラナちゃん。久しぶりだね。」

ニコニコ笑顔のおじいちゃんだ。

「おじいちゃん。お久しぶりです。」

「丁度良かった。荷物も持ってるみたいだから、乗ると良いよ。」

おじいちゃんの言葉で同乗していた男が降り、ラナのためにドアを開ける。

有無をいわせない雰囲気だ。

ラナは乗り込んだ。

おじいちゃんがラナに笑いかける。

皺だらけの顔。

口端だけが上がった笑顔。

目つきはもの凄く鋭い。

もう80近いと思うけど、まだまだ矍鑠としているな。

と、ラナは思った。

車は音も無く走り出す。

「聞いたよ。クビの話。」

「おじいちゃんに折角、紹介してもらったのにすみません。」

「いやいや、とても良く働いてくれたそうじゃないか。評判も良かったよ。」

「しかし、失敗してしまいました。配慮が出来なくて。」

「いや、それが解った上であの仕事をお願いしたのだから。」

おじいちゃんはニコニコ笑顔を崩さない。

「ラナちゃんは辞めなくて良いよ。」

「ですが、ナントカ議員が”クビ”と言いました。」

「ナントカ議員?」

おじいちゃんもクビを傾げる。

だが、すぐに頷いた。

「うん。その議員の事はわかっているよ。本当の名は、と言っても意味が無いね。

彼は2世議員でね。親に大事に育てられて、最近まで留学しててね。世間知らずなんだよ。」

「そうですか。興味ないです。」

淡々とラナは答えた。

家に帰って荷物を片付けたい。

「いやいや、そう言わないで聞いて欲しいな。ディナーを一緒にどう?」

「マナーに雁字搦めの高級レストランでは食べた気がしないのでお断りします。また、一般的な所に行きますと、周りが気を使うでしょうから同様にお断りします。」

「そう言うと思ってたよ。家のコックに食事を用意させているから行こう。久しぶりだろう?前に来てからどのくらい経ったかなぁ。三ヶ月?」

「85日ぶりです。」

「それは随分空いたね。」

言いながら既に車はおじいちゃんの家についてしまった。

門が開き玄関前に停車される。


豪邸だが、品が良い。

変わらぬ雰囲気だ。

と、ラナは思った。

食堂に案内されて、ディナーが始まる。

堅苦しい事が嫌いなラナに合わせて、ごく一般的な家庭料理だ。

だけど、素材や調理の腕が一流だからか別次元の味になっている。

ラナが食前酒に口をつけると、おじいちゃんが饒舌に話し始めた。

最近のお勧めのお酒らしい。

相槌の打ちようがないのでラナは黙って食事を口に運ぶ。

無作法だが、おじいちゃんはラナの態度に特に文句は無い。

給仕をする職員も何も言わない。


言っても無駄だと言うことを良く知っているからだ。


おじいちゃんは、

「ラナちゃん。今回の事は本当に申し訳なかったね。私の方で、ちゃあんと処理しておいたから、ラナちゃんは今まで通りに働いてくれたら良いんだよ。」

「ですが、ナントカ議員が。」

「そう、その”ナントカ”議員の事は気にしなくて良いよ。彼は議員じゃなくなるから。」

「はぁ、そうなんですか。」

「本当に世間知らずの甘ちゃんって言うのは困ったものでね。集まると本当に手に負えないんだよ。屁理屈ばかりこねて、自分の手を汚さない。人にやってもらうのを当然と思っている。机上の空論で自分がいかに正しいか、周囲がいかに間違っているかを声高に論じるんだよ。それに付き合う方は本当にたまらないね。」

そこで、おじいちゃんがラナを見てくる。

ラナは別に感想はないので軽く頷いた。

「興味ないだろうけど、経緯を説明させて欲しい。どの国でも”お騒がせセレブ”って言うのが居るのだけども、ナントカ議員の留学先で”お騒がせセレブ”一族のお世話になったんだね。それで帰国して数年、ナントカ君は立派な七光り議員になったんだけど、今度はお世話になった”お騒がせセレブ”の娘が、この国に移住したいって助けを求めてきたんだ。」

ラナは黙ってスープを口に運ぶ。

無視されたような空気だが、おじいちゃんは、変わらずに話し続ける。

「自分で”お騒がせ”な行動をした癖に、静かに穏やかに暮らしたいって言ってね。」

「静かに、穏やかに、ですか?」

珍しくラナが相槌を打った。

おじいちゃんは大きく頷いた。

「そうそう、そうだよ。だけどそれは建前でね、公金使い込みというか、犯罪まがいの事をしてね、逮捕されるかもしれないって事になってて国外逃亡したかったらしいんだ。一般人なら即逮捕の所、逃げる段取りをつける余裕があるって所が、本当にね。」

おじいちゃんが、お酒を飲み干した。

「スープのお代わりを下さい。」

給仕に言うとスープ皿にお代わりが注がれる。

野菜たっぷりスープは私も作るがこの味にはならない。

「あ、ジャガイモ多めでお願いします。」

リクエストすれば黙って多めに注いでくれる。

「それにしてもね。自分の国で特別扱いだから、この国でも同じ事が出来ると思っているところが痛々しくてね。大声で叫んでいたよ。母国では叫び声を上げたら皆が言うこと聞いてくれてたみたいだよ。もう30歳とは思えないよ。3歳なんじゃないかって思うくらいだね。いやいや、ウチの三歳児の方が言うこと聞いてくれるよ。」

ラナはスプーンの手を止めた。

「本当に、ラナちゃんと同じ年とは思えないね。ラナちゃんはしっかりと落ち着いて仕事して独立しているというのにね。」

ラナは数秒止まってから、またスプーンを動かした。

「色々生育歴によって成長率は変わると思います。私の事はともかく、その人は、大人になる機会を得られなかったか、奪われたのでしょう。とても、不幸で、幸せな事だと思います。ずっと子供のままでいられるなんて。」

そこまで話して、黙り込んだ。

ある意味ラナもそうだ。

私も、ある時から止まっている。


「うん。そうだね。本当にその通りだ。子供過ぎて物事の善し悪しが分からない。だから、周りの大人が良く教えてあげないといけないね。と、言うことでね。皆でよぉく説明して、教えてあげたから、お話し合いをした結果、お家に帰りたいって言うからね。その”セレブ”さんには国に帰って貰う事にしたよ。サービスで帰りの便は奢ってあげた。往路はファーストクラスだったらしいけど、エコノミーを準備したよ。あっ、ケチな訳じゃないよ。どうもね。騒がれ注目されるのは嫌だ。一般人になりたい。って言っていたらしいからね。普通の、一般の人の待遇をしてあげたよ。

後はね、ナントカ君もね、親御さんとお話しして、修行の旅に出る事になったから、だから困った人はね、もういないんだ。君の事も勝手に決める人もいないよ。全て元通り。明日から、またラナちゃんがテキパキと働く姿を皆に見せてあげて欲しいな。」

「そうですか。」

おじいちゃんが給仕に手を叩く。

心得た給仕がテレビをつけた。

「そろそろだと思うんだ。」

おじいちゃんが言うのと同時にアラームのような音がする。

テレビの速報だ。

テロップが流れる。

”ジェームス・ディ・アーダン議員、辞職”

「今のがナントカ君の本名なんだよ。」

「そうですか。」

テレビに映った顔は、見覚えがあるような無いような。

ラナには曖昧だった。

続けて番組が特番に切り替わる。


アナウンサーが声高に話す。

ナントカ議員の辞職の問題を。

おじいちゃんが話してくれた内容が、もっと詳しく話されている。

お騒がせセレブが、恋人に公金をつぎ込んでいたこと。

母国で、上層部に圧力をかけて逮捕の話を保留にさせたこと。

不満が高まった世論に言論統制を行ったこと。

それにナントカ議員が一枚噛んで甘い汁を吸っていたこと。

この国でお騒がせセレブが好き放題していた事が次々と話されていく。


「もう、いいです。」

食後のお茶を飲み干してラナは立ち上がろうとした。


「最後に、顔だけ見ていったらどうかな?」

ラナは言われて、黙り込んだ。

「無理なら良いんだが。」

「いえ、見ていきます。」

案内されたのは、子供部屋だ。

男の子がベッドに一人眠っている。

「とても、良くお休みですよ。」

担当乳母と言う人が普段の様子を話してくれる。

ただ、ラナは無表情で子供の顔を眺めるだけだ。


「まだ、わからないかな。」

言われてラナは頷いた。

「心配いらないよ。私がちゃんと責任を持って面倒見るから。」

「ありがとうございます。」

ラナは頭を下げた。

「君は、君の出来ることをして欲しい。」


ラナは頭を下げたまま動けなかった。

胸の内に何か言いがたい感情がグルグル渦巻いていた。

だがそれが、表に出ることは無い。

それ以上爆発することも無かった。


ラナは、その後、送ってもらって帰宅した。

がらんとした部屋は、わびしい一人暮らしを表している。

装飾品も何も無い。

それは今のラナの心境を表している。


ラナは、何も感じない。

感情が枯渇してしまっているのだ。

数年前、一家揃って、この国に旅行にきた。

その時は恋人もいた。

幸せの絶頂だった。

小型飛行機で、観光地を一周しようと言ったのは誰だったか。

とにかく覚えは無いが、飛行機は墜落した。

家族、恋人は死亡。

奇跡的に助かった、ラナは一年ほど意識不明のままだった。

目覚めてから、家族、恋人の死亡と意識不明のまま赤ん坊を出産したと告げられ、余りのショックに泣き叫び、赤ん坊を見て倒れたらしい。

らしい、と言うのは伝聞なのでラナには真偽がわからないのだ。

病状が落ち着くまでラナから赤ん坊は離された。

ラナは様々な精神薬や療法を受けた。

だが、心の傷は深く、子供の事は受け入れられなかった。

同時に他の問題も判明した。


人の顔の判別がつけにくい。

名前を名告られても覚えられない。

言葉をそのままにしか受け取れず、忖度などができない。

思った事をそのまま言葉にしてしまう。

他の事象に無頓着、興味がわかない。


社会人としては生きづらい性質となったラナだったが、救いの手が伸びた。

それが、”おじいちゃん”だ。


これまた本名はラナは覚えられなかったので、割愛するが、おじいちゃんは、この国の所謂、ゴッドファーザー的な存在だ。

表の顔は篤志家として知られ、人の尊敬を集めているが、裏では色々やっている。

この国では暗黙の了解の存在だ。

そんな人が何故ラナに救いの手を差し伸べたのか。

おじいちゃんの子飼いの組員がヤンチャしたのが原因で、ラナ一家は悲惨な事故に遭ったからだ。

さすがに大きな事故であったために”おじいちゃん”も、もみ消せずに、生涯面倒を見ると、涙ながらに記者会見で語ったらしい。


だが、狡猾なおじいちゃんはラナが目覚めてから、弁護士を使って、おじいちゃんに有利な契約書を交わそうとしたのだが、そこで問題が起きた。

ラナの書類に対する能力だ。

書類を見て、おかしな所があれば即座に指摘をした。

忖度する気持ちもないから直球で穴をついてくる。

しかも、おじいちゃんのSPの威圧にも全く動じない。

動じようもない。

なぜなら、ラナには怖いと言う感情がないからだ。

全く思ったように進まない交渉に”おじいちゃん”の、お供が苛立ち始め、ラナに近づくSPも居た。

ラナは、

「近すぎです。病み上がりの女性に交渉者でも無いのに、寄ってくる理由はなんですか?」

等と淡々と言ってしまう。

事故前のラナはそうでは無かったらしい。

大人しい、どこにでもいる、一般事務をしていた女性だ。

ただ、法務の下請け会社勤務だったので法律用語には慣れていた程度。

おじいちゃんは、こっそり医者に追加検査を依頼した。

すると、脳内で、尋常で無いほど活発に動いている部分と、尋常で無い程、動いていない場所が確認できたという報告が上がってきた。


詳しいことはわからないが、事故の影響だろうと。

ラナの状態を才能と捉えた、おじいちゃんはラナを取り込むことにした。

ラナに好条件で交渉を終えると、今の発給所の仕事を斡旋した。


おじいちゃんの見る目は正しく、ラナには何より適した職だった。

書類の齟齬は一瞬にして判断する。

問題のある人は一蹴する。

威嚇されても、ラナは怖さを感じない。

淡々と対応する。

最初は怒っていた人、ラナに恨みを感じる人も、この国で暮らす内に、ラナは”おじいちゃん”の保護つきと知り、怒りを収める。

どちらにしろ、ラナは間違った事をしていないのだ。

ちゃんと責務を全うしているだけ。

間違いを間違いと指摘しただけなのだ。

逆恨みをするのがおかしい。



今回は久しぶりに大事になったな。

と、ラナは思った。

ラナのクビを要求する人物は、偶に現れる。

大抵は、状況がわかっていない、自分の力を過信しているような小物ばかり。

その度に、おじいちゃんの粛清の手が入る。

今回は久しぶりに大物だったようだが、やはりこの国では”おじいちゃん”が法なのだ。

きちんと現地調査をせずに、自国と同じ振る舞いが通用すると思っている愚か者はおじいちゃんの敵では無いだろう。

怒らせてはいけない人。

それが”おじいちゃん”なのだ。

ラナだって、本当はおじいちゃんに、思う所はある。

その法に逆らう程、ラナは愚かではない。

職も斡旋してもらい、情がわかないが、自らの子を大事に育ててくれている負い目もある。

人質のようだとか。

良いように使われているとか。

他にも色々、親切に言ってくれる人達もいる。

堂々と言えないから、影でこっそりと。

ラナだって解っている。

言われなくとも十分理解しているのだ。


ラナはわかった上で、全て受け入れ、飲み込んでいるのだ。

これからも、ラナは同じようにするだろう。


生きていくために、必要な選択を最優先で。

プライドや外野の声などは切り捨てて。


一分でも、一秒でも長く生きながらえて模索するのだ。

ラナだけが生き延びた理由を。

これからも。

ずっと。






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― 新着の感想 ―
[良い点] いやにたんたんとした文、なぜか明確に表記されない人物名、やたら正直な性格… 確かに始めから気にはなっていたけれども、まさか伏線だったとは… とても驚きましたし、納得もしました。 作者様の腕…
[一言] めちゃくちゃ好き だけど作者さんのページに飛べないから他の作品が探しづらいのがすごく悲しい
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