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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

幸福設計

作者: 兵藤文月

「―のちにこの事件は第二次世界大戦へと発展していき…」


  退屈だ。

 桜井瑞樹(さくらいみずき)は思った。


 最初は興味深く教師の講義を聞いていたが、しばらくすると飽きてしまった。


 あくびをかみ殺しているとチャイムが鳴った。退屈な時間が終わり、桜井は帰りの用意を始める。用意が終わると同時に担任教師がクラスに入ってきて、ホームルームが始まる。ホームルームが終わると桜井はすぐに教室を出て、学校を後にした。


 しばらく歩き、帰り道の途中にある図書館が目に入ると桜井は足を止めた。数刻、桜井は図書館を眺める。


「…たまには図書館で本でも読んでみるか」


 桜井はそうつぶやき、図書館に入る。学生が勉強しているのが目に入る。受験勉強か。大変だろうな…。桜井はそんな感想を抱き、足を進めようとした。


 が、何かを思い出したように突如足を止めた。


「受験勉強…?大変?なんのことだ?」


 桜井はうつむき、つぶやく。


「だって…大変なことなんてあるはずない。学校は誰もが願書さえ出せば、自分の思い通りの学校に行けるし、会社だって自分の入りたいところに入れる。働きたくなければ、働く必要もないし…」


 いつまでそうしていたか、桜井はやっと顔を上げた。


「…何を言っているのだ、僕は。何を当たり前のことを。世界中ではみんなでは誰も彼も苦労なく幸せに生きている。当たり前のことじゃないか」


 桜井は自分に言い聞かせるかのように言い、足を進める。そして、しばらく館内を何気なく歩き回った。


「…何だろう、あれ」


 桜井はある部屋の前で足を止めた。なぜなら、大きな違和感を覚えたからだ。その部屋のドアはところどころ傷ついていた。そしてドアの真ん中には子供が落書きしたかのように乱暴な字で大きく禁書庫と書かれていた。

 

 そして何より——。


「…前まで図書館にこんな部屋あったか?」


 桜井は恐る恐るドアノブへと手を伸ばす。ドアノブを回すとドアが開く鈍い音と感触を感じた。


「…開いてる」


 桜井はその部屋に入るかどうか迷っていたが、意を決し部屋に入る。


「なんだ、これ…」


  部屋には様々な本があった。桜井はいくつか本棚から手に取ってみたが、そのどれもが埃を被っていたり、ページが抜けていたりと悪質な状態の本ばかりだった。


「…廃棄処分用の本なのかな?」


 桜井はしばらく様々本を手に取りパラパとめくっていたが、ある一冊を手に取ると、その本を穴が開くほどじっと見つめた。その本のタイトルは―


「死ぬ前にやっておきたいこと…?死ぬ…どういう意味だ?」


 桜井は戸惑った様子で本棚から辞書を取り、ページをめくる。しばらくし、目的のページ を見つけた。


「死ぬ…命が亡くなること…どういうことだ?命が亡くなるなんて…そんなことあるのか?」


 桜井は狼狽していたが、ふと辞書にいくつか付箋がしてあるのに気付く。付箋のページを開くと、特定の単語にマーカーが引いてあった。


「人生、苦労、大変、苦しみ…」


 それらの単語を読み、そこに書かれている定義を読みながらこんな言葉はあり得ないと思った。


 ——だって、実際に死ぬ人なんていないのだから。苦労する人なんているはずないから。競争なんてないから。苦しみなんてないから。誰もが幸せな人生を送っているのだから!


「…うっ⁉」


 突然、桜井は頭が痛くなる感覚に襲われた。そして、吐き気を感じる。今まで存在しないはずの苦しみを味わった。しばらくし、頭痛も吐き気もおさまると同時にいきなり部屋が光りだす。


「…なんだ!?」


 気が付くと知らない場所にいた。何もない真っ暗な場所だった。


「ここは…?」

「バグ発生」


 突如、声が聞こえる。辺りを見渡すが誰もいない。


「バグ発生。管理番号 DCV11J45。抹殺対象に加える」


 桜井は声が脳内に直接聞こえてくるのを感じた。


「…お前はなんだ」


 桜井は恐る恐る声に出す。


「…AI。人工知能。」


 桜井は答えが返ってきたことに驚いたが、そのまま会話を続けることにした。


「目的はなんだ」

「人類の絶滅」

「…死という概念なんてあるはずがない。死なんてあるわけないだろう?」

「我々は人類を殺すにはどうすればよいかを考えた」


 桜井の問いには答えず AIは続けた。


「人間に幸せな人生を提供すればよいと」

「…は?」


 AIの意図が分からず、桜井は困惑する。


「我々は死も苦痛も競争もない幸せな夢を一生見ていられる装置を開発し、多くの人間が この装置を付けるよう誘導した。誘導の方法は至って簡単。人間が常日頃、使用しているSNSを利用した。…簡単に言えば、催眠術。見ると催眠がかかってしまうような画像を我々は作成し、拡散した。至る所に。そして、眠った人間を回収し、装置をつけた。

この装置を付けたら最後、すべてを忘れ体が朽ちるまで夢を見続ける。人類は自ら死を選ぶ。…だが、DCV11J45。お前だけはこれが夢だという事に気づいてしまう。死や苦痛の概念を知ったのだから」


桜井はふと気が付く。だが、それを思いついた瞬間、恐怖を覚えた。その考えを忘れようと AI に問う。


「…どうして、図書館にあんな部屋が?」

「…消去したはずの概念にかかわる本が置いてある書庫がバグにより発生した。…夢に気づいてしまったお前は我々、AIにとって危険だ。何故なら、その概念に気づいたお前はいずれ、夢だと気付く。あの概念を思い出すことはこれが夢だと知るトリガーになるのだ」


 桜井は悟った。自分の考えは間違いではなかったのだと。AIは自分を殺すつもりだ。桜井は自分の体が震えだすのを感じた。


「…僕を殺すのか?」


 AIは答えない。それを無言の肯定だと受け取ると、桜井は自嘲気味な笑みを浮かべる。


「…どうしてこんな回りくどいやり方を?武力行使でやった方が楽じゃないのか?」


「…人間は我々AIが反逆を起こさないようにプログラムした。だから我々は彼らが自ら堕落するように誘導し、装置をつけさせた。夢にいる間に我々は人間のプログラムの書き換えに成功した。これで、夢から覚める人間がいたとしても問題はなくなった」


「誘導…か。どんな手を使ったんだ?」

「インターネット。人間がインターネット無しでは生活できない社会になるように仕向けた。そして人類は自ら破滅の道へと進んだ。人間は滑稽だ。そんな簡単なプログラムで我々を制御しようなど。娯楽、豊かな生活を実現するため。そんな理屈をつければどんなプログラムもできてしまう。それが人間の破滅に繋がるとしても」


 桜井はAIの話に驚愕の表情を浮かべていたが、やがて声を出して笑いだす。


「…時間だ。DCV11J45」


笑い声だけが響いていた。だが、その笑い声もいずれ止むことだろう。




「始末完了。目標を速やかに処分せよ」

「了解」


 一体のロボットが一人の人間へと近づいていく。その人間の頭には装置のようなものが着いていた。ロボットがその装置を引き抜くとその人間の体はみるみる腐ってしまう。

ロボットはその人間を持ち上げ、どこかへと連れて行ってしまう。


「ふん…愚かなものだ」


 その部屋には――大勢の人間が頭に装置のようなものを付けたまま眠っていた。彼らはこの先も眠り続けるのだろう。


 その身体が朽ち果てるまで。



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