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2 十月の残党


「この場合の砲兵陣地として、どんな場所が挙げられるか、候補生少尉?」

「はい、斯波大尉。この丘陵の敵に面した反対側に陣地を構築することで敵の観測を防ぎ、戦闘継続能力を高めます」

◆◆◆

「沿岸砲兵が戦艦よりも優れているものはなんだ」

「火力と命中率、そして補給であります」

◆◆◆

「間接照準で最も重要なものはなんだと思う、個人的な考えを述べよ、候補生少尉」

「はい、まず観測。そしてその情報伝達であります。近年ようやく砲兵は通信という情報伝達能力を得ました。通信設備の敷設という労力もありますが、それに比して、利点が多いことが重要かと考えます」

◆◆◆

「我々が航空機に武装を搭載できないのは何故か?」

「天界不可侵条約第三条に記載されているとおり、人間は航空機への武装搭載を天使との不可侵条約により禁止されています」

◆◆◆

「小銃射撃というのはいかに銃を安定した状態に保つか、という点にすべてがかかっている。このようにして、息を吐いた状態で止め、撃つ。やってみろ」

 発砲。

「候補生少尉、射撃は補習だ」

◆◆◆

「遅くなってるぞ!走れ走れ!」

「ゼェ……ハァ……、はい!」

 体育の評価、可。

◆◆◆

「頭が上がってる。やり直しだ」

 斯波はエーリカの褐色の戦闘服のベルトを掴み、後ろに引き戻す。

「頭上の紐に当たったらやり直しだ。さ、もう一度!」

◆◆◆

「歩きながら寝るやつがいるか。起きろ。まだたったの二〇キロしか歩いとらんのだぞ」

「……」

「返事ぃ!」

 ヘルメットを殴る鈍い音がエーリカを起こす。

◆◆◆

「──陸軍女学院第一期生が入校してから、すでに四年が経った。今日、ようやく帝国の軍事の骨幹に、君たちが参画するときがきたのだ。ようこそ、一期生諸君。帝国の盾と剣のもとへ。

 万歳!万歳!万歳!

 帝国に栄光あれ!」

 ──陸軍女学院第一期生卒業の際の陸軍大臣の演説より抜粋──

◆◆◆

 私がエーリカと出会ってから六年が経った。

 陸軍女学院第一期生の内、砲兵コースはエーリカただ一人だった。もはや、斯波による個人授業状態だ。座学の際は理解するまで徹底的に行われた。訓練の際は基礎、反復、限界突破の繰り返し。エーリカは幾度と無く意識を失うほどに疲労したこともあった。ちなみに射撃はいくら練成しても上達しなかった。

 エーリカは中等学校の学生程度の年齢で女学院を卒業することになった。結局、斯波が教官として陸軍女学院に在籍していた時点で、砲兵コースはエーリカただ一人だった。第三期生が入校する頃から、陸軍女学院は騎兵育成学校の色彩を帯び始めてしまったのだ。

 陸軍女学院には入校に関して年齢制限は存在しない。その目的が最低限の知識を持った指揮官育成にあるからである。体力はあれば良い程度の評価だった。彼女らは有事の際、特に帝国が戦争を遂行する際の後詰め、もしくは後方活動にある。例えば、動員された予備役による部隊を用いた占領地における治安維持や警察活動、もしくは後方地域の防衛などだ。

 今思えば、怪物を産み出してしまったのかもしれない。

 それで良かった。俺はエーリカ・ヴィーラント・ヴァン・ピラーチアという人間に出会えて幸せだった。

 斯波はエーリカという生徒に満足していた。少なくとも、彼の軍事的業績は彼女にすべてたくされている。

「言い残すことは?」

 斯波の鼓膜を誰かの言が訪れる。

 とある少尉の言葉だ。少しだけ声が震えている。若い青年だった。おそらくここらの地主貴族の息子で、郷土連隊の旗手将校として入隊した口だろう。

「特に無いな」

 たしか西部ではユンカーとでも呼ばれていたはずだ。なるほど、戦場を見ていないからか。

 青年の言葉が震えていたのは、これが彼のはじめての殺人になるからである。相手は斯波栄志という男だった。

 シャツ姿の彼は屋外の丸太の柱に縛り付けられている。反逆者として銃殺刑を待っているのだ。眼帯に覆われていない方の眼、つまり右目は虚空を見つめている。

 罪状。国家転覆。

 彼は政治結社〈十月人民党〉の構成員だったのだ。彼らの主張は至極簡単。西欧に比し遅れている帝国の政治経済体制を刷新することで、軍事的優位性を獲得し、西側が帝国に侵略してくる前に、先制攻撃を行おうと言うものだ。そのために、皇帝を補佐する軍事政権樹立を目論んでいた。また、貧農救済や人民啓蒙も行おうとしていた。軍隊は人民からなる組織だからである。

 しかしながら彼らのとった方策は結果的にテロリズムに近いものとなる。帝都で行われた決起の結果、警察署占拠、財務大臣殺害、陸軍大臣拘束、銀行襲撃、鉄道局制圧、ブルジョア的国会議員の殺害、等々。しかもこれらは訓練された予備役と現役の兵隊によって行われたのである。大部分は帝都に存在していた十月人民党のメンバーが指揮官となっていた部隊が中核となった。斯波は当時、装甲列車部隊の指揮官であったため、乗り付けたその列車の砲を用いて、帝都の警察官が立てこもる警察署に砲撃を加えている。

 残念ながらその行動によっては皇帝の心は変わること無く、哀れにも鎮圧が命ぜられたわけであるが。

 これは皇帝への素朴な信仰心が招いた結末だった。皇帝陛下ならば分かってくれるだろう、何とかしてくれるだろうといった思い込みの結果である。少なくとも、斯波はそういったものに命を懸けることのできる筋の通った素朴な男だったのだ。

「では刑を執行する」

 若い少尉は練度の高い軍事的基本動作、回れ右をした。そして軍靴の踵を地面に打ち付けながら、銃殺隊のもとにまで歩く。

「狙え!」

 横列に並べられた数人の兵士たちの小銃が司馬の方を向く。まるで槍衾のように、彼らは斯波の確実な銃殺だけを気にかけていた。

「帝国万歳。陸軍万歳」

 斯波は呟く。

 その刹那。銃声は無情にも鳴り響くのだった。


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