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エリザベスと前座戦線

「こぉおのぉーっ!」

 助走をつけた恵子ちゃんの前蹴りがあたしを襲う。

 普通なら胸もとに当たるそれが背の低いあたしには顔に決まる。

 もんどりうって倒れたあたしの首元に倒れながら肘を落とし、恵子ちゃんが体固めに入る。

 カウントツーでそれを返すと、素早く立ち上がり助走をつけたあたしはまだ膝立ち状態の彼女の顎先にに走りこんでの膝蹴りを見舞う。

 喰らった恵子ちゃんが吹き飛ばされるようにダウンする。

 これはただの助走をつけての膝蹴りであってシャイニングウィザードでもジャンピングニーパッドでもない!

 威力はそれなりにあるはずだがそういう派手な技ではないので許されるはず。


 恵子ちゃんのダウンを見届けたあたしは自軍コーナーにいる明美さんにタッチを求め交代する。

 あたしのデビュー戦の後、同期の子達は間に日を置きつつではあるが徐々にデビューしだし、シリーズ終盤の現在では全員がデビュー出来た。

 でも会場の使用時間の問題で毎日試合があるとは限らないし、あってもシングルマッチとは限らない。

 今日のようにタッグマッチで試合を組まれることも多い。

 ここしばらくあたしと明美さんは一緒に組んで試合をすることが多い。


 未だに新弟子もとい若手の中では嫌う人が多い明美さんだが、話してみると気さくではあるもののプロレスに対してはストイックで、海外赴任中に病気になったお母さんの治療費を払うためにレスラーの道を志したとか。プエルトリコのレスリングスクールの授業代も自分でバイトして払っていたらしいし、お兄さんとお父さんと明美さんで力を合わせてこの難局を乗り越えようと決めたそうだ。

 あたしは元々明美さんを嫌っていなかったし、その話を聞いて何か協力したくなったのでそれを伝えたら、

「リズは優しい子ね」

 と猫かわいがりされてしまった。

 でも金銭は一切受け取って貰えなかったので、それは明美さんの譲れない一線なのだろう。


 その辺りのことがあってからあたし達はよくタッグを組むようになり、相手タッグには明美さんを蛇蝎の如く嫌う真琴、響ちゃん、直子さん、恵子ちゃんとのタッグマッチが良く組まれるようになった。


 仲間思いの真琴が明美さんに対して隔意を持つのは理解できるが新加入して歓迎されてると思ったらいきなり先輩からリンチ受けた明美さんにしたら一言いいたくなるのもわかるんだけどな…

 そこら辺の事はめぐさんや優子ちゃんはあたしと似たような立場のようだ。


 リング中央ではすました表情で恵子ちゃんの顔を踏みつけてくるりと回る明美さん。

 もうヒールとしてやっていくつもりなのかな?

 痛みから飛び起き身体を起こす恵子ちゃんの背中に助走をつけてのストンピングを何度も見舞う明美さん。

 まだ背中の筋肉がそれほど厚くないあたし達若手にこの攻撃は地味にきつい。

 明美さんの厳しい攻めで完全に勢いを失った恵子ちゃんに対し明美さんは後ろに回って裸締めいわゆるスリーパーホールドでこれでもかと締め上げる。

 今までタッチロープを握って恵子ちゃんに声をかけ続けていた響ちゃんがリングに飛び込んで明美さんの顔面を蹴りつけて恵子ちゃんを救出する。


 真琴のキックは体重が乗った重い蹴りなんだけど、響ちゃんの蹴りは古武術の物をアレンジしてるから地味に見えるものでも足から力抜けてダウンさせられるようなのを時々混ぜてくるのが嫌らしいんだよね。張り手にしても一発でダウン奪えるようなのを張ってくるし。


 響ちゃんに救出されたもののそのまま下がることはプライドが許さない恵子ちゃんは肩で息をしながらも膝をついて顔を抑えている明美さんを引きずり倒して馬乗りになると両足で明美さんの腕を殺し左右の手で張り手を乱打。その後立ち上がって明美さんの顔の上にフットスタンプを食らわせると悠然と響ちゃんと交代して見せたのだ。

 上半身を起き上がらせ顔を抑えて悶える明美さんにあたしは

「明美さん戻って!」

 と叫ぶが、獲物を見定めたような鋭い目つきの響ちゃんは逃げる隙を与えず明美さんの腕ごとローキックで打ち倒す。

 大の字になってダウンする明美さんにあたしはコーナーから声をかけるが、明美さんはピクリとも動かない。

 その明美さんの頭を抱えて上半身を無理やり起こさせた響ちゃんは背中に回ってもう一度蹴ろうとして左の軸足の膝裏に外から右腕を回し折り畳む様にロックしつつ逆片エビ固めに持って行ったのだった。左足の膝裏に右腕を差し込んだまま自らの左脇でロックし上体をそらして全力で搾り上げる逆片エビ固め、あたしはここが勝負と見定め相手コーナーからフォローに入る恵子ちゃんの前に立ち塞がり前蹴りを入れ下がった頭を脇に抱えフロントネックロックを極める。


 誰もが試合が決まったと思う中、響ちゃんは必死に這いずってロープに逃げる。

 レフェリーがブレイクを命じ、あたし達もコーナーに戻るよう指示される。

 コーナーポスト脇に戻る間明美さんが執拗に響ちゃんの左足に攻撃を加え、ポストに戻ると彼女がタッチを求めてきた。

 その瞳にはあとは任せたと言いたげな色が見えた。

 明美さんさっきの攻防でもう動けなくなってるんだ…

 あたしはそう察すると、リングに入り助走をつけて走り込みながら立ち上がった響ちゃんの膝の側面に前方宙返りしてからの低空ドロップキックを叩きこむ。

 これがあたしが最初に身につけたオリジナル技「マーメイドスプラッシュ」、ドロップキックの前に前方宙返りをするだけだが見た目が派手だ、体操をやってたあたしの宙返りの美しさもある。

 これを使っていいか?と美夜子さんに相談したところ。

「ドロップキックのいとこみたいなもんなんやからええと思うで」

 と適当な返事で認めてくださった。

 まぁスタミナの消費も激しいし隙も多いのでここぞという時にしか出せないし使い道はない。

 それでも明美さんに徹底的に左足を攻められた響ちゃんには堪えた様で、クルリと回りながら倒れる。

 すかさず起き上がったあたしは響ちゃんを立ち上がらせると、右足を響ちゃんの右足に、左足を響ちゃんの首にかけ痛めている彼女の左足を抱えて丸め込む。

 スモールパッケージホールド、その意表を突いた奇襲に対しフォローに飛び出た明美さんとカウントを取るレフェリー以外満足に反応できず、3つカウントが数えられたのであった。

 氷袋を持った同期がリングになだれ込んで響ちゃんの左足をアイシングし、タッグパートナーの恵子ちゃんが心配そうに響ちゃんに寄り添う。

 そんな中あたしと明美さんはレフェリーを間に挟んでそれぞれの右手と左手を高々と掲げられた。


 尚ドレッシングルームに戻ったあたしは美夜子さんから

「悪いとは言わんけど、もうちょっと根性ぶつけあった試合の方がお客さんの求める若手の試合になるん違うかな?」

 とお説教を頂くのであった。

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