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狂気と共に異世界転移  作者: 二式山
三章 王都イアエラ
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第五十二部 お節介な子


 その後、流永は副長さんの所を辞し、ふらふらと、あてもなく歩いた。

 まだ陽は高く、少し散歩してから帰ろうと思った。


 流永は、おぼつかない足取りで歩きつつ、副長さんの部屋でのことを思い出している。

 (変わった奴だったなぁ)

 ジャックのことである。

 副長さんを崇敬しているようであった。


 それなら、流永も副長さんのことを慕っており、若干似てなくもない。


 ただ、流永のそれは、子供が母親に持つ全幅の信頼に似るのに対し、彼が持つそれは、ひたすら神の教えに殉ずる信者にみえた。


 それはさておき。


 流永は左手に円形闘技場を見て、歩く。

 確かエードが、闘技場の名前を言っていたはずだが、流永はもう忘れてしまっていた。


 (どこ行こう)

 白雲浮かぶ空を眺めつつ、考えている。

 なんだか一句できそうである。


「白雲よ……おわッ!?」


 ——ドンッ


 と、流永の肩と通行人の男と肩がぶつかってしまった。


 流永はその場に転び、もう片方のぶつかった方は、数歩前によろけた。


 その通行人は体勢を立て直すなり、流永のことを眼光光らせて睨み、

「貴様ッ、無礼だぞ!」

 と、叫んだ。


 一方流永は、いきなりなんだ、と尻もちをついた状態で、彼の顔を見た。


 彼の頭は、髪の毛がそそり立ち、それはまるで、


「目の前に、喧しい口、鳥頭」


 のようであった。


 一句つくろうとしたときの余韻が残っていた。

 ただ、これでは川柳である。

 と、それはともかく。


「誰が鳥頭じゃ!」


 鳥頭は怒り心頭、足を振り上げ、流永の身体を蹴り上げた。

 流永は、ごろんと後ろは倒れたが、元々座ったままだったので、大したものじゃない。


 彼は、この鳥頭と喧嘩する気が起きず、なされるがまま、呆けた面をしていた。


「このッ…!」


 鳥頭は、再度、起き上がった流永を蹴りつけようとして——


「やめなさいッ!」


 よく透る女の声がしたかと思えば、ドウッ、と旋風と共に人影一つ、鳥頭はその人影に強烈な飛び蹴りを受け、横へすっ飛んだ。


 (なんだ、なんだ)


 流永は目を輝かせた。

 もう面白くなってきている。


 先程まで鳥頭が立っていた場所に、人影の正体である娘が立った。


 流永より少し上、十八九くらいだろう。


 身長は百七十くらい、黄色に近い茶髪を頭の後ろで結び、切れ長の目で、利発そうな顔をしていた。

 その娘は、鳥頭を、きっ、と睨んだ後、流永の方に目線を向けた。


「ごめんなさい。怪我はない?」

「だいじょぶです」


 流永は一人で立ち上がった。


 彼女の服装は華美とはいえないものの、一目で上等なものだとわかり、おそらく貴族階級の者であろう。


 流永は、物腰が低くなることはないが、かといって無礼な態度もしない。

 わざわざ、自分から諍いを起こす気はない。

 まあ、舐められたら喧嘩腰になることもあるが。


「本当に?」

 と、貴族らしい娘は、流永を心配するように見た。


 流永は黙然。

 流永も、転んだだけです、と断ればいいものを、腑抜けた面を晒して黙っている。

 口を開いて断るのが面倒だった。

 ひどい不精者だ。


 やがて、

「ああッ。肘が擦り切れてるじゃない!」

 と、娘は驚いて言った。


 流永は、彼女に指された右肘を上げ、自分でも見てみると、確かに服が擦れ、その辺りが微かに赤くにじんでいた。


「服も破れて……」

 娘は深刻そうな顔をした。


 流永にとっては、ただの擦り傷だし、服もまた買い直せばよく、特に気にすることでもないのだが、やはり口が開くのが面倒なようで、黙ったままである。


「とにかく、手当てしてあげる。こっちに来なさい!」

 娘は、一人合点で流永の手を引いた。

 急なことに流永は戸惑い、首を傾げて困ったように笑った。

 ただ、何を思ってか、依然黙ったままだ。


 ——おい


 ふと、流永の左手、人混みの向こうから声がした。


 流永と娘は声がした方へ、一様に視線を移した。


 そこには、娘と同じ十八くらいの男が立っていた。


 (わあ、イケメンだ)

 流永は目を瞠った。


 黒に近い赤茶の髪、目つきが刃のように鋭く、左目には眼帯をしている。

 端正な顔立ちをしており、ジャンと同じ気品を感じられた。


 そして、その男の周りには、同じく娘と同年代くらいの男三人、女一人が控えていた。


「どうした」

 その赤茶髪の男が尋ねた。


 娘は、流永の腕を掴んだまま、

「聞いてくださいッ。また、エルランが平民に乱暴を!」

「そうか」


 赤茶髪は流永の方を向き、直立したまま目を閉じ、

「すまなかった」

 と、無愛想に謝った。


 流永はニコニコ黙っている。


「エルラン、来なさいッ」

 娘は、裂くような声音で鳥頭を呼んだ。


 エルランと呼ばれた鳥頭は、とっくに起き上がっていたが、流永たちの視界の外で縮こまっていた。

 それは娘との力関係による恐怖か、それとも階級が彼女の方が上であるのか。

 ともかく、エルランは小さくなって、流永たちの所へ近づいてきた。


「ほら、謝りなさいッ」


 と、娘は、エルランを流永と向かい合わせにさせ、バンッと背中を叩いた。


 当のエルランは口を曲げ、不満気だが、彼女を怖れているようで、目を逸らし、不承不承、


「どうも、すみませんでした……」

 と謝った。


「うん」


 流永はこっくり頷いただけ。

 どうにも人並みの辞儀ができない。


「さて、手当てよ、手当てッ」

 エルランの謝罪が終わると、娘は流永の手を引っ張って道脇へ連れて行き、怪我した方の腕を出させた。


 服の袖をまくらせると、彼女は傷ついた部分を覆うように掌をかざし、「雨水の加護よあれ、レイン」と水の魔法を小さく唱え、傷口を洗った。


 娘は赤茶髪と共にいた少女を指し、


「シャル、包帯持ってたでしょ、貸して」

「……あ、はい。どうぞ」

 と、シャルと呼ばれた彼女は、肩からかけている大きなカバンを、ごそごそと探し、包帯を取り出した。


 娘は、包帯を受け取ると、手際よく流永の腕に巻き始めた。

 流永はその様子を見ている。


「大袈裟ですよ」

「いえ、小さな傷でも、膿めば大変でしょう?」

「唾つけとけば治るよ」

「わがまま言わないのッ」


 相当お節介な性格をしている。

 また、それはそれとして、流永は敬語を使うのか、使わないのか。

 やがて、流永の腕に綺麗に包帯が巻かれた。


「これで、よしっ」


 流永は、包帯が巻かれた腕を曲げてみた。


「あまり曲げないでね。包帯がとれちゃう」

「うん」


 流永は、腕を曲げるのを止め、素直に従った。


「あ、背中が汚れてるじゃない」

 と、彼女は流永の背中を払って埃を落としてくれた。


「なんだか、弟を世話してるみたい」


 彼女は、やれやれ、とため息を吐いた。


「そうかな」

「そう。君は手が掛かるよ」

「そりゃ大変だ」


 流永はおどけた調子で言った。

 まるで他人事である。


 これには、娘も思わず、あははっ、と笑ってしまった。



 やがて、

「そろそろ行くか」

「そうだね」

 赤茶髪の言葉に、娘は頷いた。


「それじゃあ、私たちはこれでッ。じゃあね!」

「うん」

 流永は顔の横で手を振った。


 陽が高い。

 今はもう、春も()けてきている。

 頭上の建物、街路樹のそこここから、小鳥の、か弱くも生命力を感じさせる鳴き声が聞こえた。


 流永は、彼女等と別れた後、しばらく街を散策してから、ジャンの邸宅に帰った。




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