第五十部 副団長の部下
執務室。
部屋の中には、立派な机と椅子が一つずつセットで在り、それとはぐれた椅子一つ。
現在、副長さんは椅子に座り、机の上の書類に、サインを書いたり、判子をおしたりしている。
流永は副長さんの机の前で、用意してくれたはぐれ椅子に、背もたれを前にして座って、片足浮かせて、ぶらりぶらり。
時々、椅子の背もたれが、机にあたって、カタンと鳴った。
「副長さん、それは何の紙?」
「これは経費とか、歳入とかですね」
「なるほど」
流永は背もたれに顎を乗せて腑抜けた顔をしている。
そのまま流永は、副長さんが仕事をしている姿を、しばらく眺めていた。
数十分ほど経ち。
流永は顔を伏せた。
「ひまー」
自分から付いて来たくせに、何を言っているのか。
「では、本でも読んでいますか?」
しかし、副長さんは嫌な顔一つせず、横の本棚から数冊取り出してきた。
流永は顔を上げ、
「読むーッ」
と言った。
これでも中身は二十歳を超えているのだが。
ともかく、本を選ぼうと流永は立ち上がった。
そのとき腰に差した剣が机に当たった。
老人に貰った剣である。
特に使う用事はないが、外に出る時は、必ず腰に差して持ち歩いている。
なんとなく気に入っていた。
流永は、剣を腰から抜きとった。
左手で持ち、親指で剣の鍔を持ち上げた。
白い刀身が、僅かに鞘から漏れた。
「天宇ねぇ」
流永はつぶやくようにいった。
この剣の名前だと老人はいっていた。
他の剣とは異質なものとわかるが、どう凄いかは全くわからない。
「あの……、それは?」
副長さんが、目を丸くし、驚いた表情で言った。
「ちょっと、見せてもらえませんか?」
「うん」
流永は、鞘から剣を抜こうとした。
その時、トントンとドアがノックされた。
流永は、剣を鞘から半ば出した状態で静止し、振り返った。
「ジャック・テーラー、ただいま戻りましたッ」
「どうぞ」
と、副長さんはそういうしかない。
「失礼しますッ」
入ってきたのは、前髪がやや後退している三十代の男。
「副団ちょ……う……?」
男は、剣を半ば抜いた状態で止まっていた流永を見つめ、目を丸くして見開いた。
そして、
「誰だ貴様ァァッッ!」
と、その男は返事も待たず、一目散に駆け、流永へドロップキックをかました。
しかし、流永は片手を剣から離し、足が届く前に、男の両足首を掴み、天日干しにされた干し肉のように逆さまに吊られてしまった。
「副長さん、これ誰?」
「副団長様と呼べェッ!」
男は、逆さまで宙ぶらりんになりながらも、目を怒らせて叫んだ。
しかし、流永は男を無視して再度、
「副長さん、誰これ?」
と、いった。
男は逆さ吊りになりながら、副団長様だァ、と叫んでいるが、流永はどこ吹く風。
「あ、ジャックさんは騎士団の装備や食糧の調達をしてくれている方です」
副長さんは、こんな時にも真面目に答えた。
「なるほど」
と、流永はそういうと同時、足首を掴んでいた手を離した。
ジャック頭から落ちた。彼は頭を抑えつつ立ち上がった。
「えっと、ジャックさん、こちらはリュウエイさんです。以前お話しした助けてくれた方です。あの、だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですッ」
副長さんの言葉を聞いて、彼は両腕を身体の横で真っ直ぐに伸ばし、直立不動の姿勢をとった。
「先程は申し訳ありません。剣に手をかけておられましたので、よもや副団長様に危害を加えようとする賊かと」
「ああ、許す」
と流永は、何故か偉そうに言ったが、
「貴様には言っていない。副団長様に言ったのだ」
ジャックは流永を、きっ、と睨みつけた。
(不思議な奴だな)
流永は、このジャックという男を見てそう思った。
自分のことを棚に上げている。




