第四十六部 王都
白雲や
去りゆく天地
来る天地
我が身は流転
留まざりけり
街を出、流永達を乗せた馬車は草原の中を往く。
流永は遠くなっていくシュルスレーの街を眺めながら、一つ詠んだ。
「なんだそれは?」
ジャンが、興味ありげに訊いたが、流永は難しい顔をしたまま黙っている。
腕を組んでいる。
「だめだな」
どうやら、作った句が気に入らないらしい。
再度口を開き、
東風吹かば
匂いおこせよ
梅の花
あるじなしとて
春を忘るな
と、口ずさんだ。
流永の自作ではなく、彼が好きな句の一つで、菅原道真のものである。
これの、これから左遷させられるというのに寂寞の思いが感じられず、むしろ透き通る晴天のような感覚が好きだった。
「いったい、なんなんだよ、それは」
と、ジャンの再びの問いに、流永ははじめてニヤッと笑い、
「哀愁がない、空っ風のようだろう」
と言ったが、何の説明にもなっていない。道真の句に対する自分の感想である。
ジャンは当然、眉をひそめ、首を傾げた。
「そうじゃなくて、その尻切れトンボみたいな言葉の羅列のことだよ」
彼の催促に流永は目を瞑り、腕組みを解いて、
「俺の故郷の、心の写し鏡さ」
と、微笑った。
己の心情を短い言葉で表す、と言いたかったのだろうが、道真の句に当てられたのか、どうにも抽象的である。
ジャンは、困ったような顔をした。
色々聞きたいことはあるが、
「お前は山の老人に育てられたって聞いたが」
ジャンは領主の息子だし、流永の出自は多少とも知っている。
「故郷はここじゃないのか?」
ジャンの問いに流永は首を振った。
ニヤニヤ笑って
「ここじゃなく、首都に着いたらにしよう」
といった。
別に隠すこととは思っていない。
ジャンが聞きたいのであれば、ゆっくりと落ち着ける場所で異世界から来たことを話そうと思った。
それでジャンが信じるか信じないかは、あまり興味がない。
「そうか」
ジャンは頷いた。
二人とも黙り、静寂が訪れた。
流永は窓の外に視線を移した。
遠ざかる街、その周りの風景、それをただなんとはなしに眺めている。
ジャンも窓の外を見た。
短い期間だったが、住んでいた街が、故郷が小さくなっていく。
二人は微妙な感傷に浸っていた。
アドリーヌは二人の神妙な面持ちを見、なにやら複雑な顔をしていたが、二人と同じように離れゆく街を見やった。
彼女はこの街にそれほど思い入れはない。ただ、レイやリーウィアなど、友人のことを思い浮かべ、二人に倣うように感傷に浸った。
「流永ッ!」
唐突な声に、流永はびくんっと身体を震わせた。
「……なに?」
眠そうに目を細めている。
「着いたぞ」
いつの間にか王都に着いたようだ。
流永は口の端を歪め、
「……ホウ、ホウ」
と、鳥の鳴き声のような声を出したかと思うと、また目を閉じて眠ろうとした。
「いや起きろよ」
パシンッ、とジャンに頬を少し強く叩かれ、流永はようやく目を覚ました。
王都イアエラ。
一国の首都だけにその規模ははかりしれない。大通りは馬車六つ並べてもまだ余裕があるくらいである。
更に、山一つ越えた所に港町があるのだが、幾度か街が拡張された結果、港町と繋がってしまっている。
また、街の中央に小さな城(王家の館)がポツンとあるが、街の周囲をぐるりと囲うような城壁や堀は無い。
これは、敵が攻めてきた時、イアエラではなく四方の山々に築かれた城で敵を迎え撃つ戦略であったことと、元々王都が別の場所にあったことなどが挙げられる。
とにかくこの街を王都と呼ぶに遜色はない。
ここはジャンの館の邸内であるそうだ。
「俺はこれから挨拶周りだが、お前はどうする」
流永はうつらうつらとまだ寝ぼけ眼のまま、
「じゃあ、この街に詳しい人付けて」
と、いった。
案内人を付けて王都の探索をしたいのだ。
流永の言葉は重要な単語がいくつか抜けていたが、ジャンは彼が何を言わんとしたのか察したらしい。
「おう、一日じゃ到底周れないからな。数日かけてゆっくりと見てこい」
と、言ってジャンは馬車を降り、流永もつられて降りた。
その後、流永はエードという人物を案内人として付けてもらった。
そして門前でジャンの見送りを受け、初めての王都を堪能すべく、街へくりだした。
「さて、初めはどこ見せてくれるんだい」
流永は後ろで手を組み、ふらふらおぼつかない足で歩いている。
エードは、主人の友人というこの男に、騙しているのではないか、王族に付け入るつもりか、と猜疑の眼を向けながらも、主人の命ゆえ断れず、粛々と流永に付き従っている。
「ありゃ、なんだ」
と、流永は目の前にある巨大な建物を指差した。
ジャンの館(に限らず貴族の館は皆そうだが)は王宮の近くにあり、そこから西に歩いてきた。
そして、今、流永とエードの目の前には古代ローマの円形闘技場を彷彿させる巨大な建造物が立ちはだかっていた。
陽が高い。
エードは掌で目元に影をつくりながら、
「あれはレイヴィア闘技場、五一四年レインド王によって建築されたものです。ほとんど建築当初の姿を残している貴重な建造物です。半年後に行われる競技大会もあそこで行われます。……また、レイヴィアという名はレインド王とその妃ラヴィア様の名から付けられたものです」
と、ひどく事務的な口調でいった。
「なるほどッ」
流永は叫ぶようにいった。
若干顎を持ち上げ、睥睨するように闘技場を含む周囲を見ている。
闘技場の周りは巨大な道になっており、遠くから見ると広場の中央に闘技場があるような錯覚を受ける。
「さァ、行くかッ」
やがて、満足したのか、流永は再び足を動かした。
エードは慌てて駆け、流永の前方を歩き始めた。
彼は案内者なのである。後方にいてはどうにもなるまい。




