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狂気と共に異世界転移  作者: 二式山
二章 学院
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第四十部 発覚

 

 歴史の授業も半分ほど過ぎた頃だろうか。

 なにやら廊下が騒がしい。

 歴史の授業を行なっていた教師も、廊下で他の教師と話をした後、ちょっと待ってろ、と言い残し、足早にどこかへ行ってしまった。


 教室内は、一体何が起きたのかと、どよめいている。ただ、サメラやルイは我関せずと涼しい顔をしていたが。

 流永とクルも互いに顔を見合わせた。

「ちょっと行ってみようか」

 流永は、ぶるり、と体を震わせた。何が起きたのか無性に気になるらしい。


「俺は行かねぇよ。見つかって叱られるなんてごめんだ」

「うん」

 流永は素っ気なく返事をした。

 クルが付いて来ようが来まいが、行くつもりである。


 そうして、立ちあがろうとした時、

 ——ジャンッ!

 高く透るような、女の声が聞こえた。

 また、その声がしたと同時に、

「ヤベッ……」

 と、クルが顔を引きつらせた。


 彼はきょろきょろ視線を動かし、見るからに動揺している。

 (なァるほど)

 流永は、あの声の主はここに来るだろうと確信し、浮きかけた腰を再び沈めた。

 理由はわからないが、クルとあの声の女は何か関係があるようだ。


 声の主である彼女は、けたたましい足音を鳴らし教室まで迫って来ている。

 (どうするか……)

 クルは眉間にシワを寄せ、ため息を吐いた。


 今から廊下に出ては彼女と鉢合わせになってしまう。

 窓も無理だ。

 正方形の形をした窓枠は十分、人が通れる広さだが、枠の内に十字に格子がはめられていて通れない。

 (ちっ)


 足音が教室のドアの前で止まった。

 そして、バンッ、と勢いよくドアが開き、

「ジャンッ!隠れてないで出て来なさいッ」

 爆けるような声が教室中に響いた。

 まるで花火の如く突如現れた彼女は、キレの長い目を生徒達に向けつつ、ずかずかと中に入り、教壇の中央で仁王立ちになった。


 (元気だなぁ)

 流永はおもった。


 彼女は華美なドレスを身につけ、長い髪を後ろで綺麗にまとめ上げているが、その表情は今にでも火を吹きそうな形相をしており、優雅とはとてもいえない。

 しかし、その立ち居振る舞いは磨き上げられた美しさが見え、また整った目鼻立ちをしており、彼女が貴族であろうことは容易に想像できた。


 (さ、これからどうなるか)

 流永はこれから起きる出来事に興味津々だった。

 それにクルとの関係も気になる。


 彼女は、そのキレの長い目をさらに尖らせ、鋭い眼差しで教室内を隅から隅まで指すように睥睨している。


 そして、彼女が教室の全体を見終わると同時、従者らしき男が、

「アドリーヌ様、どうやら殿下はおられない様子ですが……」

 と畏まって言ったが、

「いえ、彼がここにいることはわかっています。どこかに隠れているのでしょう」

 アドリーヌと呼ばれた彼女は顔を上げ、教室の奥の壁の一点を睨んだ。

 彼女は考えている様子だ。

 一点を見つめるのは思考する時の癖なのだろうか。


 ともかく、クルは間一髪のところで隠れられた。

 殿下——まあ、それはさておき。

 彼はアドリーヌが教室に入る瞬間、咄嗟に机の下に隠れたのだ。


 流永は、それに気づいたものの黙っている。知らぬ顔をしているが、目線だけ机の下に向けていた。

 クルは人差し指を唇に当て、懇願するような顔をした。

 黙ってて欲しい、ということらしい。


 (いいよ)

 流永は片頬で笑い、視線をアドリーヌへ移した。

 視線を移してもそのまま黙しているのは黙っててくれること、と解釈したクルは拝むようなまねをした。


 (……?)

 ふと、前の席にいるレイが何か気づいたのか、そわそわしはじめ、

「アド…リーヌ……様?」

 と、信じられないものでも見たように呟いた。

 彼女を知っているのだろうか。


 流永がそう思ううち、

「あっ……」

 と、アドリーヌが声を漏らした。

 彼女はレイの呟きを聞き、何か思い出したようだ。

「申し遅れました。私はジャン・スドの妻、アドリーヌと申しますわ。以後、お見知りおきを」

 アドリーヌは舞うような華麗な所作でお辞儀をした。


 流永は、それを興味なさそうに見ていた。

 流永は知らなかったが、彼女の名前はこの街に住む者ならほとんどが知っている。

 レイも、知っていたからあのように動揺したのだ。


 彼女の言った、スド、とは本家との区別の為につけられるもので、ミドルネームのようなものであり、正式な姓はクヴェルリーヌ=ルートレイグという。その名からも分かる通り王族である。

 アドリーヌは国内の男爵家の出だが、昨年の八月に王弟アーノルドの嫡子ジャンとの結婚が成立した。

 そして、そのジャンの父親は三集会と親しいアーノルドであり、なにより彼はここシュルスレーの領主でもある。


 流永は、クルが話題のジャンであることは勘づいたが、彼が王弟の息子などとは、つゆともしらない。

「さて、この中でジャン……金髪の男の行方を知っている方はおりませんか?」

 アドリーヌは顔の険をとり、にこやかに笑った。


 笑うと、元々の秀麗な顔立ちも相まって、可愛らしい顔になった。


 (はぁ……)

 流永は内心ため息を吐いた。

 聞く限り貴族の嫁が、その夫を探しているのだ。

 兵士を出してこないことを見ると、個人的なことだろう。

 どうせくだらないことだ、となんだか面倒くさくなってきた。


 (痴話喧嘩にせよ、なんにせよ)

 アドリーヌは勘が良さそうな顔をしている。

 どうせ勘付かれるだろう、と流永は左脚を黒く龍化させた。


 そして、

 ——ドンッ

 と、強烈に窓側の壁を蹴りつけた。

 木片が散り、外と繋がる風穴ができた。


 流永は机の下のクルに払うように手を振り、さっさと行け、と示した。

 クルは、流永の突然の行動に困惑したものの、穴をくぐって外へ脱出した。


「今の音はなんです?」

 突如響いた爆音にアドリーヌが少し驚いた様子で首を傾げた。


 ——はーいッ

 流永が大きな声を出して手をあげた。

 彼は、満面の笑みを浮かべ、

「レイちゃんの放屁です!」

 と、はつらつとした声でほざいた。


 ——は………?

 満座、声がない。

「えっ、ええッ!?」

 一番驚いたのはレイだ。

 屁なんてしていない。


 しかし、流永はお構いなしに、

「レイちゃんは、黒髪の彼女です」

 と、レイを指し、彼女の紹介を勝手にやってしまった。


 勢いで押し切ってしまおう、というつもりだ。

 流永は、面倒くさくなっており、やることなすこと雑になっている。

 なので、彼自身八割方バレるだろうと思っていた。


 ただ、レイもあらぬ誤解を受けたくないから、

「いや……だから……」

 と、否定しようとしたが、

「まあ、まあ、落ち着いて」

 そう意外にもリーウィアに止められた。


 リーウィアも、流永と同じようにこの騒動の元はくだらないことだろう、と思っていたが、流永たちを手助けする気は全くない。

 彼女は、どうせくだらないことなんだからさっさと終わらせた方がいいでしょう、という考えである。


 彼女はレイの代わりに、

「今の音は、リュウエイさんが出した音だと思います」

 と、いった。


 (ああ、バレたな)

 流永は、元々本気で隠す気がないから、他人事のように思った。


「本当ですの?」

 アドリーヌが訊くが、

「………」

 流永は、にこにこ笑うだけで答えない。

「どうなんです?」

 と、アドリーヌは問いつつ、流永のところへ足を動かした。


 そして、流永の目の前まで来て、

「知っているんでしょう?」

 と訊くと、

「約束ですから」

 流永はそれだけ言って再び黙った。


 アドリーヌは、何かに気付いたのか、机の下を覗き込んだ。

「あのカバンを避けてくださる?」

 彼女は、丁度穴が空いている場所を塞ぐように置いてあるカバンを指差した。


 クルのカバンだ。

 これは流永も知らなかった。

 きっと脱出する際、念の為とカバンで穴を隠したのだろう。


 流永は、いさぎよくそのカバンをどけた。

 すると、当然だが外に通じる風穴が現れた。


「これは?」

「空いてるね」

 アドリーヌは、若干呆れ顔になっている。

「貴方が空けたのでしょう」

「だね」

「嘘をついていたと?」


 そう言われるとどうしようもない。


「ごめんなさい」

 流永は頭を垂れて素直に謝った。

 元々ノリでクルに加勢したこともあり、流永も多少の罪悪感はあった。

 普段は意気揚々としているくせに、今は雨に打たれた子犬みたいになっている。


「ふふっ…」

 その姿を見てか、アドリーヌは微笑を漏らした。

「いいですわ、許してあげます」

 彼女は怒る気もなくなった。

 流永の持つ不思議な愛嬌にうたれたのか。

 流永は顔を上げ、

「ありがと」

 と、たどたどしくいった。

 どうにも、幼稚である。


 ただアドリーヌは、しかし、と付け加え、

「一つ協力してくださるかしら」

 と言った。

 彼女は、流永にいたずら小僧がするような無邪気な笑みを見せた。




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