第三十九部 じゅげむ
数日経った。
リーウィアは、クルやサメラとはすぐに仲良くなった。
彼等には獣人に対する偏見がほとんどないようである。
元々の性格か、それとも別の事情か。
まあ、それはどうでもいい。
クル達は年上の先輩のようにリーウィアをかわいがり、彼女もクルやサメラに甘えるようになった。
レイは、はじめリーウィアに対し良い印象は持っておらず、そっけない態度ばかりとっていたが、徐々にだが、リーウィアと話すようになってきた。
例の五人組はあまり関わってこない。
相変わらず外ではフードを被らなければいけないが、これだけ優しくしてくれる人がいれば安心だろう。
また、流永との仲も良いのだが、流永が子供じみた行動をとるせいで、彼女の方が年上に見えてしまうことがある。
そして、放課後に彼等と遊ぶことも多くなった。
と、いってもこの街にゲーセンや小洒落たカフェなんてものはない。
皆で街をぶらついて買い食いだったり、出店を冷やかしたりする。
メンバーは、その中心になることが多いレイやリーウィア、これには五人組もついてくる。
サメラも初めは断ることが多かったが、最近はリーウィアに誘われ、参加することが多くなった。
流永は完全に気分次第で決める。
ルイはそもそも喋らずにすぐ帰ってしまう。
クルは、というと意外なことに、彼は遊びの誘いをことごとく断っている。
家の門限が厳しい、家業の手伝いがある、などと言い、いつも逃げるようにして教室から出て行く。
どうも断った口実とは別に理由がありそうだが、よくわからない。
ただ、レイ達は「何か事情があるのだろう」と深く詮索はしなかった。
学院に入学してから一月が過ぎた。
流永とリーウィアは、相変わらず学院に通っている。
しかし、流永はこの変わり映えのない生活に飽き始めてきており、休むことが多くなってきた。
(常におもしろくありたい)
そういう願望が彼にある。
常に新しいことに触れ新鮮さを味わいたい。
彼は物事の停滞をつまらないものとして、ひどく嫌っていた。
そんなある日。
この日は、流永は登校した。
「毎日登校しないの?」
と、通学途中リーウィアが訊いた。
初対面の時と比べたら、随分狎れてきた。
「だって面倒くさいじゃない」
流永はニタニタ笑っている。
「でも、卒業したらどうするの?」
リーウィアにそういわれ、そうだな…と流永は顔を上げ考えるそぶりをした。
学院は単位制ではないため留年することはないが、卒業した後は各々でその先を決めねばならない。
剣や魔法の腕が良ければ兵士だったり騎士として取り立てられることもあるだろうが、流永の剣はそこそこだし、魔法はからっきしである。
一応、個人魔法(と偽っている)があるが、それを使うにしても、新しいことを求める流永にとって、騎士団という秩序の組織に入ること自体が嫌で、入る気はない。
商人の見習いとなる道もあるが、金勘定が面倒くさそうでやる気が起きない。
(冒険者かなぁ……)
と、茫漠とした空を見ながら思った。
冒険者とは、主に魔物を狩ることを生業としており、大陸中部にあるイアルーベという都市国家が運営を行っている。
その拠点はギルドと呼ばれ、大抵の国には有り、冒険者はそこで依頼を受けることになる。
また、冒険者ギルドは基本的に都市に置かれており、ギルド本部はそれらを有する国々と個別に条約を結ぶことにより、冒険者登録時に渡されるギルドカードは手形と同じような効力を持つ。
しかし、その分制約も多く、ギルド本部は冒険者の政治活動や犯罪行為などを禁じ、その土地のルールに則ることを冒険者登録時に誓約させている。
生憎とこの国には、ノーステール公の政策によりギルドが置かれていないが、他国に行けばあるという。
「お兄さん……?」
リーウィアが声をかけた。
流永は、はっ、と気を取り戻した。
空を見ているうちに、いつの間にか、彼の精神も茫漠としてしまったようだ。
(ま、先のことは先のこと)
自分の未来についてあまり興味が湧かない。
流永は、足元の石ころを一つ、道端の側溝めがけて蹴りとばした。
教室に入ると流永とリーウィア以外のクラスメイトは揃っている。
流永が登校する時は、いつもぎりぎりになってから家を出るため、だいたい流永は最後になる。
「リーちゃんおはよう」
と、レイがいった。
「あ、おはようございます」
リーウィアも返事をした。
元々は獣人であるリーウィアに対し、恐怖とも嫌悪とも取れる態度をとっていたレイだが、この一ヶ月で彼女と完全に打ち解けた。
元々、レイは獣人に対し負の感情を持っていたが、リーウィアと直接触れ合った、という事実は彼女の獣人観を変革させた。
いわば獣人への嫌悪、恐怖の思想が、リーウィアという実物によって打破されたのだ。
それは、誤解を恐れずに云うならば、思想とは虚構であるから、とおもう。
もしかしたら、それは宗教に似ているかもしれない。
ともかく、目の前にいる彼女は実物なのだ。
周りがいうような「恐ろしい獣人」という虚構は、リーウィアという実物に直に触れ話したことで、たちどころに崩れ去った。
百聞は一見に如かず、というようにレイの思想はリーウィアという実物に触れたことで消え去ったのだ。
今では、校内にいる時はたいてい二人一緒であるほど仲が良い。
レイはリーウィアを連れて、二人仲良く並んで座った。
ちなみに、前に担任の先生に、生徒ではないリーウィアをクラスに置いてもいいか、と聞いたら、良い、と面倒くさそうに言われた。
この担任、なんで先生になったんだろう、と時々おもう。
教室に入った流永は、クルの隣に座った。
窓際の席だ。
「よう、大事な娘さん取られたちゃったな」
「ハッ、いってろ」
流永は軽く笑った。
流永とクルも軽口を言い合う仲になっている。
「なんだ、もう寝るのか」
「(夜遅くまで)本読んでいたから眠いんだ」
流永は席につくなり突っ伏した。
教室の小窓から小鳥達のじゃれあいが聞こえる。
(今日もまた、似かよった一日だ)
緩急がない平坦な日々はどんなに退屈なことだろうか。
平凡な人間なら、友人と遊ぶなり雑貨店でも寄って冷やかすなりそれだけでも、日日是好日、と過ごせるだろう。
しかし、彼の体には奔馬のような激情が渦巻いている。
それはどうにも、野原を自由に駆け回らないとおさまらないたちで、日々学院に通うという習慣すら流永にとっては煩わしい。
流永は、今日もまたつまらない一日が始まるのだろう、と平坦な日々に辟易しつつも、夜更かしのせいである眠気に抗しきれず、意識を手放した。
午後になった。
流永は昼休みになった時、クルに起こさせられた。
「いやぁー、よく寝た」
流永は天を突くように腕を上げ、大きく背伸びをした。
「寝に来てるのかよ」
クルが呆れ顔で言うも、
「学校来ただけでも偉いじゃない」
あっはっはっ、と流永は笑った。
「それで、午後はなんだっけ」
流永は急に話題を変えた。
彼の話に脈絡なんてものはない。
ただ、クルもこの一ヶ月流永と接してきて、慣れてきてもいる。
「たしか、歴史だったはずだ」
と言い、困った風に笑った。
「なるほど」
と、流永は途端につまらなそうな顔をした。
彼は、疑問が解けた後は、いつもそんな顔をする。
あまり興味はないが答えが気になる、といった風である。
クルはこれにも苦笑した。
どうにも無邪気すぎる。
いや、それより他人の目が一切気にならないたちらしい。
クルは、そんな彼の将来に多少の不安を持っている。
しかし、結局のところはわからない。
(問題起こしてばっか、ってわけじゃないんだよな……)
五人組の件はクルもたまたま知ってしまったものだが、それ以外に彼が何か問題を起こしたとは聞いていない。
それに、クルは以前、流永と上級生の肩がぶつかった場面を見た。
そのまま何もなければ、それで終わりだったのだが、上級生が流永の肩を掴み、
「テメェッ!」
と怒鳴ったのだ。
(あれは……)
クルの記憶が正しければ、怒鳴った上級生は三年のエイベルと云って、校内の不良生徒の頭目株であったはずだ。
この街でも有数の商人の息子で魔法の才もある。
小さい頃から、おだてられて育ったのか増上慢な性格で、校内では腫れ物扱いにされている。
ただ、彼を恐れて誰もそのことを彼に伝えないため、彼の慢心が治ることはない。
クルは、流永がこの前みたいに喧嘩(あれを喧嘩と言えるかわからないが)するのか、と物陰から見て不安に思った。
クルの見るところ、流永はヘコヘコ頭を下げるような奴じゃない。
喧嘩になる前に仲介してやろう、とクルは物陰から身を乗り出したが、どうにも喧嘩が起こりそうになく、また物陰に戻った。
(あいつは何を考えているんだ……)
エイベルは流永の胸ぐらを掴み、やれ自分はAクラスだの礼儀を弁えろだの叫んでいるが、流永は彼の顔を見つめたまま沈黙している。
彼は更に割れんばかりの怒声を上げたが、流永は彼の顔一点を見つめるばかりで何の反応も示さない。
つと、エイベルは叫び過ぎで疲れたのか、一つ大きく深呼吸をした。
流永はその機を見逃さず、意味ありげな笑みを浮かべた。
そして彼が取った行動は、エイベルはおろか、それを見ているクルにさえ理解ができなかった。
流永は、ゆっくり目を瞑ると、
「寿限無、寿限無五劫のすりきれ………」
誰が想像したか、寿限無を唱え始めたではないか。
それも、俗曲のような調子で謡っている。
これにはエイベルもクルも戸惑った。
聞いたこともない言葉の羅列である。
流永は、自己流で即興の音頭をつくって、うたっている。彼に三味線弾いて謡うような俗曲の素養はなく、全て何となく、カンである。
エイベルは、流永の胸ぐらを掴んだまま固まってしまっている。
流永は目を瞑ったまま暗誦し、素養がないくせに意外と良い声でうたった。
うたい終えたあと、
(丁度いい塩梅だ)
流永は何か思惑があるらしくエイベルに、
「ねぇ、手出してよ」
と、いった。
「……?」
「ほら、手をッ」
流永は、戸惑うエイベルの空いている手を掴んだ。
そして、流永はふところから小銅貨三枚枚取り出し、上級生の掌にバンッと打ちつけた。
「これで打ち止め」
そういうと、流永は呆気に取られるエイベルを尻目にその場から立ち去った。
気を取り戻したエイベルは、流永の背と、掌にのる銅貨を見た。
唐突の寿限無に気勢を削がれたエイベルは、更に何かを言う気力もなく、それに(端金だが)掌に銅貨がある。
彼は馬鹿々々しく思えてきたのか、銅貨を握りしめてその場を立ち去った。
クルは物陰でその一部始終を見ていた。
(へぇ……)
素直に感心した。
まずエイベルの気勢を削いだ後、相手の反抗心を完全に無くすために小銭を渡した。
すでに怒気を抜かれており、更に手元に金もある。
たいていの人間ならこれ以上反抗しようとは思うまい。
(いったい……何を考えているのやら)
クルは不思議なものを見るような目で隣に座る流永を見た。
流永はクルの視線に気づくことなく、歴史の授業を聴いている。
(こいつ、歴史だけは聴くんだよなぁ)
他の授業は寝てばかりなのに、歴史の授業となると傾聴する姿勢でいる。
流永が好きなのは歴史であり、その中でも日本史が好きだが、この世界の歴史も面白く聴いている。
日本史にせよルートレイグの歴史にせよ、流永は歴史上の英雄達の活躍が好きだった。
子供っぽい。
しかし、好きな人物の偏りがひどく、ことごとく「身を殺して仁をなす」を体現した人物ばかりの激越なものである。
例えるなら、豊臣家への忠義を貫いた石田三成や私心なく政治家をつとめた大久保利通が好き、ということになる。
いつも好き勝手に生きている流永には信じられないほど、忠勇義烈の士が揃っている。
しかし、そのような英雄達が好きだからこそ、リーウィアを受け入れたのかもしれない。
まあ、普段の流永はそんなそぶりを毛ほども見せないのだが。
「暑くなってきたな」
クルは、何とはなしに呟いた。
確かに日差しが強くなってきている。
「うん」
流永はつまらなそうに頷いた。




