第三十八部 対面
「なあ、クル」
「どうした?」
「獣人ってどう思う?」
リーウィアが来た翌日、登校した流永はクルにそんなことを訊いた。
「いきなりどう思って言われてもなぁ……」
クルは困った顔で首を振った。
「嫌いじゃないの?」
流永がそう問い返したのは理由がある。
獣人は大陸の人間達から酷く差別されているのだ。
ただ、それは身体的特徴だけではない。
宗教も絡んできている。
約千年前、魔術側と魔法側の大戦の際、獣人は魔術側として戦った歴史があるのだ。
流永はそのことを老人から聞いた。
故に、魔術陣営が負けてからは獣人は迫害の対象となり、人間社会で安心して住む場所は無いに等しい。
一応、大陸中央に獣人達が住む森があるそうだが、その勢力圏も徐々に狭まってきているらしい。
「別に嫌いってわけじゃないな。そもそも会ったことないし」
「そうなの?」
流永は不思議そうに首を傾げた。
「俺は大正派だからな。くどくど昔の因縁を持ち出したりはしねぇよ」
大正とは大恩正義派の略称である。
「なるほど」
流永は興味なさそうに頷いた。
そもそもルキス教の宗派の違いについて詳しくない。
(あとは……)
何の思惑があるのか、クルと話し終わると流永は教室内をぐるりと見回した。
そして、クラスメイトの一人に目を留めた。
試験のとき凄まじい魔法を放った彼である。名前は何だったか。
その彼は席について黙然と本を読んでいる。
流永はいきなり立ち上がり、本を読む彼に近づいた。
「ねぇねぇ」
「……」
彼は本を開いたまま、流永の方を向いた。
訝しむように流永を見ている。
「獣人ってどう思う?」
流永は単刀直入に訊いた。
「………」
彼はその問いを聞いても一切表情を変えず、一言も発せず黙ったままだ。
ただ、流永も流永で彼の言動に戸惑うことなく、なるほど!と叫び、
「分かった。ありがとう!」
と、ケタケタ笑いながらその場を立ち去った。
流永の理解できない行動に彼も一瞬目を見開いたが、すぐに無愛想な顔をして、本へ目を落とした。
理解することを諦めた様子だ。
流永が席に戻るとクルが眉をひそめ、
「一体何がわかったんだ。ルイは一言も話してないだろ」
一部始終を見ていたのか、そう訊いた。
「明日わかるさ」
流永は、にやにや意味深な笑みを浮かべた。
クルは彼のその表情から、どうせ聞いても教えてくれないだろう、と鼻を鳴らし流永から目を逸らした。
リーウィアは流永の家で本を読んでいた。
しかし、どれも歴史に関係するものばかりで面白くない。
外に出てみたいが、朝に流永から、今日は一日中家にいてね、と言われているので出来ない。
それに差別の問題もある。
父親の許にいた時でも、彼女が獣人とのハーフと知っていたのはごく少数であった。
(さびしいな)
リーウィアはソファに座り、足をパタパタさせながら思った。
ここに来る前は、常に誰かが側にいてくれた。
母親は彼女が五歳の時に病気で亡くなっており、ログライツも三集会の仕事が忙しく一緒にいられる時間は少なかったが、事情を知っているミストや数名の幹部によく可愛がってもらった。
友達はいなかった。と、いうよりできなかった。
南部は正教派が多いが大恩正義派を受け入れている者も多い、と前に述べたが、それは相手が人間の場合のみであり、獣人に対する憎悪の念は未だ根強く、子供も正教派である以上、例を漏れない。
イージタートにいた時のことを思い出したり、つまらない歴史書を読んだりしているうちに昼が過ぎた。
昼食は流永が朝に買ってきたものを食べた。
それが済んだ後は、再びソファで足をパタパタさせながら本を読んだりと暇を潰した。
「ただいまァ!」
三時頃、授業が終わり家に帰るなり、流永は窓が破れるほどの声を出した。
「………」
「あれぇ……?」
しかし、リーウィアからの返事がなかった。
流永は不思議に思い、リビングの扉を開けた。
(なァるほど)
リーウィアはソファに座ったまま、すぅ、とかわいい鼻息を立てて眠ってしまっていた。
流永は、彼女を抱き上げ、寝室のベッドに寝かせてやった。
翌日、流永は唐突にリーウィアも学院について来るように言い、彼女にフードを被らせ二人並んで学院に登校した。
リーウィアは戸惑っていたが、流永は彼女の腕を引っ張るようにして連れ出した。
クラスに入ると、流永が見知らぬ少女を連れているのでクルやレイたちは驚いたのだが、流永達が登校して間もなく始業の鐘が鳴り、少女のことは授業が終わってからとなった。
そして、
「リュウエイくん、その子は?」
と、授業が終わると、早速レイが聞きに来た。
リーウィアと流永は二人並んで座っている。
「ああ、俺も気になってた」
クルも来た。
五人組は遠巻きに流永とリーウィアを見ている。
流永は、リーウィアが注目されている様子を見て、にやにやと悪戯が成功した子供のような笑みをした。
「気になる?」
「気になるよ」
レイが言った。
流永は、片手でVサインをつくり、
「実は僕の隠し子でーす!」
いぇい、といたずらっ子のような顔をした。
「えッッ……!?」
レイは口を両手で覆って芯から驚いた様子だったが、クルは冷静に、そんなわけない、と呆れた顔をした。
「リュウエイくん隠し子いたの!?」
二人の年齢を鑑みればすぐにわかるとおもうが、レイは純粋に流永の言ったことを鵜呑みにしてしまっている。
そこへ、
「いや違うだろ……」
と、そう言ったのは、呆れ顔をしていたクルではない。
意外な人物であった。
流永は斜め上を向き、
「あれま、サメラちゃん」
と、驚いた表情をした。
一段上の席から一部始終を見ていたサメラが——クルと同じような呆れた顔をして——流永達を見下ろしながら言ったのだ。
「年齢的に考えて普通にありえない。妹とかじゃないか」
サメラは冷静に状況を伝えた。
クルも首を縦に振って頷いている。
「妹じゃないね」
と、流永はサメラの推測に首を振った。
「なら、親戚か」
「そんな感じかな」
まさか罪人だった者の名前を出すわけにはいかない。他人といえば不思議がられる。
親戚としておけば、後々の説明が楽だろう。
流永は、ふと優しげな笑みをしてリーウィアに目を向けた。
「フード、とって見せてよ」
と、流永は言った。
先程までのいたずらっ子のような笑みは、もうしていない。
しかし、リーウィアは目を泳がせ、明らかに困惑してしまった。
流永に両耳をみせたのは、これから暮らしていく内にどうせ知られるであろうし、それに父親の友人と聞いていたこともあった。
だが、今は流永の他、九人の生徒に囲まれている。
たとえ、大恩正義派だったとしても、その信徒ことごとくがクルのようではない。
大正派が多神教的な面を持つといっても、それは人間のみを対象にしている場合が多い。
クルのような考え方の方が稀なのだ。
「大丈夫だから」
流永はケラケラと明るく笑ってみせるものの、リーウィアはさすがに怖気づいた。
彼女が半獣人だとフードをひっぺがして、ひけらかすようなことはしない。
これは彼女が自主的にやらねばならない、と流永は思っていた。
ただ、その理由はかなりあやふやで、自分でやった方が良い、と思っただけである。
「嫌なら無理に取らなくてもいいよ」
クルがゆっくりと、穏やかな口調でいった。
そして、その言葉にレイも、うんうんと頷き、嫌ならいいんだよ、とクルの言葉を復唱するようにいった。
リーウィアはフードな両端を掴み、ゆっくりと流永の方を見た。
流永はニヤリと笑い、
「な、大丈夫って言った理由わかったろ」
と、言った。
獣人云々で一々言うような奴らじゃないだろう、と言外に込めている。
彼女もその意がわかったのか、小さく頷き、おそるおそるフードを上にあげた。
リーウィアの頭から小さな耳が、ぴょこんと現れた。
「へぇーえ」
真っ先に声を上げたのはクルだ。
「かわいい耳だね」
クルはそっと彼女の耳に触れた。
(チャラ男にしか見えない…)
流永は内心、苦笑した。
彼女を安心させる為に言ったと思われるが、どうも彼が言うと口説いているようにしか見えない。
金髪のイケメンだからなのか。
とにかく、クルのおかげでリーウィアは少し安心したようで、彼女の表情から険がとれている。
サメラは驚いているようだが、獣人への敵意は無いように見える。
ただ、レイは一歩下がってひきつった顔をしていた。
流永は彼女の表情を見、どうやら獣人に良い思いはないらしいと感じたが、特に問題はないだろう、と気にとめなかった。
レイならすぐに受け入れてくれる、と直感ながら確信に近いものが彼にあった。
ルイはそもそも興味を示す様子がない。昨日と同じく何かの本を読んでいる。
あとは、後席の五人組である。
流永はサメラを立たせ、フードを被せたリーウィアを押し付け、無理矢理に教室の外へ出させた。
一同、流永の意図がわからず、ぽかんと口を開けた。
彼はそれらの視線を尻目に一人、後ろに座るの五人組の所へ向かった。
五人組はビクッと身体を震わせた。
流永は、その内の一人の腕を掴んだかと思うと、いきなりぐいっと持ち上げた。
腕は黒く龍化している。
「な、なんだよッ」
と、その一人は叫び、苦痛に表情を歪めている。
「いやぁ、なに。あいつが獣人だってこと、黙ってて欲しいなァって」
流永は彼等に、目を細め、底冷えするような笑みを浮かべた。
もし、彼女が獣人だと広まってしまえば、レイの様に獣人を快く思っていない連中が悪さをしないとは限らない。
これは流永の杞憂かもしれないが、可能性はできるだけ潰しておくことに越したことはないだろう。
五人組は縮こまって肩をすぼめた。
彼等は恐れるような目を流永に向けて怯えている。
すると、流永の笑みが途端に明るい笑顔に変わった。
「もし、獣人がいるって広めたらとりあえず腕と足二、三本は潰すから、よろしくね」
明るい笑顔をしているが、言っていることは恐ろしい。
「返事は?」
流永は目を細めて彼等を見下ろした。
五人組は冷や汗を額ににじませ、ぶるぶると小刻みに点頭した。
彼等が頷いたことを確認すると、流永は再びおそろしい笑みをし、クル達のところへ戻った。
クルは戻ってきた流永に開口一番、
「お前、なんだあれは」
と、いった。
同じ教室内である。流永が行ったことの一部始終をクル達は見ていた。
クルは呆れた顔をしている。
その彼の質問に、流永は、ピース、とVサインをした。
「いぇい」
「じゃ、ねえよ」
と、クルが言った。
「調教済みィ」
「あ、おい………」
流永のこれには、クルは顔を引きつることしかできなかった。
流永はVサインをかかげている。
クルは大きく息を吐いて気を取り直し、
「とにかく、あれがお前が連れてきた彼女を守るためだったってのはわかった。……それはいいとして、なんで外に出したんだ?」
と、訊くと、
「そりゃあ、純真なあの子に、あんなイカれた場面見せる訳にはいかないでしょう?」
と、流永は妖しげな笑みを浮かべた。
自覚はあるようだ。
悪いやつではないようだけど……、とクルは思うが、同時に理解ないやつだ、とも思った。




