第三十六部 ハーフ
長々と考えてもログライツの意図が何か、確信を得る答えはわからなかった。
しかし、思い浮かんだ中で、一番信じられないが一番妥当と感じられる理由はある。
(あいつ勘で決めやがったのか)
直感で流永が娘を託すに足る人物と信じたのか。
にわかには信じがたいが、同じ感覚派の流永にはわからなくもない。
だが、現実的に考えればありえない。
流永自身は感覚で物事を決めるくせに自分以外の物事については、あくまで現実的目線で見ようとしていた。
流永は現実認識力はある。
ただ、そうして見た現実よりも感覚を優先しているのだ。
流永はその現実論から、自らの想像を否定したかったのだが、ログライツが直感で判断したと仮定するなら理解できてしまうので、結局理由がわからず混乱してしまった。
しかし、流永は立ち直りが早い。
(まあ、どちらでもいいさ)
いくら考えても、これ以上はログライツのみ知ることである、と切り替えた。
「どうぞ、座って」
流永はリーウィアをリビングまで誘導すると、ソファに座るようすすめた。
「あ、はい」
リーウィアは、ソファの隅っこに、ちょこんと座った。
「俺とあいつはどんな関係だって聞いた?」
と、流永が訊いた。
「お父さんとイバさんの、ですか?」
「そうそう」
ログライツは流永のことを少女になんて伝えたのか。まさか、闘った相手だとは伝えまい。
「イバさんとお父さんは友人だって聞きました」
と、リーウィアがいうと、
「へえ〜、そう」
と、流永はニヤニヤと意味深な笑いを浮かべた。
「も、もしかして違いましたか……?」
リーウィアは不安そうな顔をするが、流永はかぶりを振って、合ってるよ、とこたえた。
わざわざ、一度会ったきりしかも敵だった、と本当のことを伝える気はない。説明すること自体が面倒くさい。
ログライツと友人と思われていた方がなにかと楽だ。
「そいじゃ、そこで待ってて」
と、流永は台所へ向かった。
茶でも出そうと思ったのだ。
この街、というよりこの世界では上下水道はあまり発達していない。
流永のいる街は河があるが、ゴミなどが投げられて汚いし、街の中には一応水路はあるが、流れていくうちにどんどん汚くなっていってしまう。
しかし、だからといって汚い水しか飲めないということではなく、浄水専門の魔法使いがおり、専用の術式を使って浄水を行う。
基本、その魔法使いは街や村には一人以上は必ずいて、水を持っていけば飲めるほどにはしてくれる。
家の台所には浄水してもらった水が入った樽が一つある。
流永はその樽より水を汲み出し、竈で沸かした。
茶葉はこの近くで採れるものだそうで、ハーブのような香りがする。
流永はコップに淹れたお茶をソファの前のテーブルにおいた。
「あ、どうも……」
リーウィアは、熱いお茶を、ちゅるちゅる、とすするように飲んでいる。
「………」
そういえば、リーウィアはずっとフードをかぶったままである。
「ねえ、フード取ってよ」
「えっ……」
リーウィアは目を丸くして驚いた。
フードの下に何か困ることでもあるのだろうか。
「だめなの?」
と、流永が訊いた。
「あ、いや、はい大丈夫です」
彼女は逡巡していた様子だったが、コップを置いて流永の言に従ってフードを取った。
「ホウ、ホウ」
流永は思わず目をみはった。
フードの下に隠されていたのは、彼女の整った顔にもう一つ、いや二つ。
「耳!」
流永は勢いよく叫んだ。
彼女の透けるような髪の上に小さな動物の耳があったのだ。
(これが獣人……)
イラストなど創作物でよく見るような耳である。頭頂部に一対の獣耳がある。
父親にこんなものはなかった、おそらく母親が獣人なのだろう。
彼女は人と獣人のハーフということか。
「すげぇ、耳だ」
「はぁ……」
何がすごいのか。
流永はリーウィアの耳を、ふにふに、と触っている。
「くすぐったいです……」
とリーウィアはいうが、流永は自分の気の済むまで彼女の耳を触っていた。
窓から漏れる光が流永の足元を照らしていた。その光は部屋全体には届かず、隅の方は暗くよどんでいる。
リーウィアは流永に耳を弄られながら、流永に会うまでの経緯を思い出していた。
彼女は今年で十一になる。
この父親の友人という男の元に行くことは唐突に言われた。
「リーウィア、俺の周りはそろそろ、うるさくなる。その時、俺はお前を守りきれるか自信がない」
と、彼女の父ログライツはいって、
「だから、一番信用できる奴の所へお前を送る。……なに、俺の友人だ」
ログライツは優しい目を向けてリーウィアの頭を撫でた。
彼女はそれに反対する時間も抵抗する時間もなかった。朝、朝食を食べた後に言われ、昼食を食べた後、身支度を整えられて出発した。
息つく暇もない。
ログライツは前々からリーウィアをここから離す準備をしていたようだが、彼女には当日まで、そんなそぶりは一切みせなかった。
別れ際、ログライツはリーウィアを覆いかぶさるように抱きしめた。
彼はリーウィアを抱きしめつつ、だめな父親で悪かった、だがあいつなら状況を理解してきっと守ってくれる、とまるで自分に言い聞かせるようにいった。
(お父さん……)
リーウィアは泣いた。
突然言われて理解できなかったことが今理解できた。
父親と離れる。友人と離れる。故郷と離れる。
リーウィアは泣きながら父親を抱き返した。小さな手を、父親の大きな腰にしがみつくように、服を掴んで大声を出して泣いた。
彼女は根が聡明なのだ。
嫌だとはいえない。
嫌、と年相応のことをいうには、彼女は現在の状況を理解し過ぎていた。
ログライツも泣きじゃくる娘を、深く、深く抱きしめた。
(……きっとまた会える、王国との問題が解決したら必ず会える)
もう会えないなんて考えない、きっと再び父の胸に抱きつこう。
リーウィアは嫌な考えを忘れて、希望だけを胸に留めた。
そして、彼女は父親の許を離れ、馬車に二日ほど揺れたのち、流永に接することになる。
いざ、そのリュウエイに会ってみて、第一印象は、というと、
(ふしぎな人だなぁ)
である。
悪い人ではないだろう。ただ、自分勝手ではある。
また、自分より確実に歳上のはずなのだが、まるで自分と同年代のような笑顔をする。
又、彼がまだ若いという不安もあった。
この世界では十五歳くらいで大人の扱いにはなるが、まだ親の撫育下にあるべき年齢で、一人前の自立した大人とはいえない。
それに加え、彼の読めない行動もある。
(とにかく、これからはここで過ごすんだ。私もお父さんみたいに頑張らないと)
前途に不安がないとはいえないが、リーウィアは父親と再会することを目標に決意を固めた。
流永が耳を触るのを止めたタイミングで、リーウィアは顔を上げた。流永と目が合った。
流永は小首を傾げている。
「ねえ、耳は?」
「耳?」
何を言おうとしているのか。
「これだよ、これ。あるの?」
と、流永は自分の耳をつまんで引っ張った。
頭に耳があるのなら、人間の耳がある側頭部には耳はないのだろうか。
「ありますよ」
リーウィアは、流永の問いに諾と頷いた。
横の髪を避けて見せた。
確かに、人間の耳がある位置にも耳が存在している。
「耳四つ……」
と、流永は呟いた。
四つも必要だろうか、と思ったが、流永の呟きを聞いていたリーウィアは首を振った。
「……いえ、頭の上の方は耳というより、目や鼻みたいなものです」
流永は眉間にシワを寄せて首を傾げた。
リーウィアは頭の方の獣耳を指し、
「こっちは横の耳で聞き取れない音を聞いたり、魔力の流れとかがわかるんです」
と、説明した。
流永は、ホウホウ、と頷いて感心している。
流永は大きく深呼吸をした。
「よし、お前さん料理はできるかい?」
流永の話題はコロコロ変わる。
「え、あ、はい……少しだけなら」
「時々つくるから、お前さんも手伝ってね」
「はい」
「それじゃ、買い出しに行ってくるね」
ケタケタ笑いながら、流永は踵を返した。
「わ、私も行きましょうか?」
と、リーウィアが言ったが、
「いや、いいよ。今日はじっとしてて」
一人増えたところで多少買う食材が増えるのみだ。一人で十分持てる。
流永は手をぷらぷら振りながら、ちょいと待ってて、と家を出た。




