第三十四部 クル・ライザー
ある日の昼。
レイは他のクラスの友人と昼食をとるそうで、今日、流永は一人だ。
流永はいつも通り購買に向かおうと席を立ったが、
(めんどくさいなあ)
と思い席に戻った。
流永の前の席にはクル・ライザーが座っている。
入学式の翌日に来た奴だ。
彼は登校初日の言動の通り、入学式からそこまで日数が経っていないにもかかわらず、既に一年の他クラスのみならず、上の学年、研究学科にも知り合いがいるようだ。
小さな街な為、レイのように学院に入る前からの友人もいるのかとおもったが、彼は最近この街に来たそうである。
いわば知己がいない状態からこの短期間でかなりの数の知り合いを得たことになる。
(人付き合いが上手いようで)
流永もそんなことを彼に対して思っている。
「なあなあ」
と、声をかけると、クルは振り返った。
「お駄賃やるからさ、購買で何か買ってきてよ」
そう、流永がおつかいを頼むと、
「いや、悪いな——」
と、クルは残念そうな表情をした。
「俺、弁当なんだ」
身体を傾けて机の上に乗る弁当を見せた。
だが、流永はこのくらいでは引き下がらない。
「じゃあ、お駄賃あげるからその弁当半分ちょうだい」
なにが、じゃあなのか。
クルは思わず苦笑し、
「そしたら、俺も君も中途半端な昼飯で、すぐに腹が減っちまうじゃないか」
と言った。
「そうだね」
流永は、にこにこ笑って頷き、それきり沈黙してしまった。
「……」
えたいが知れない、とクルは思った。
今まで同じクラスでありながら奇妙なほど話す機会がなかった。
いや、クル自身そう思わずとも、心のどこかで彼のことを避けていたのかもしれない。
授業中はほとんど寝ているし、脱獄事件でケガを負ったというのはともかく、その後堂々と遅刻して来て悪びれもしない。
いや、それだけならば、ただ素行の悪い生徒なのだが、クルは彼と五人組との喧嘩を見てしまった。
その時の流永は、普段のように陽気な笑顔を振りまく彼ではない。何か別のモノのようにおもわれた。
(まるで嵐のような台風のような、一ツ意識のかたまりのようだった)
流永とは一体何者なのか。
クルはしばらく渋い顔で流永を見ていたが、やがて諦めたのか、
「いいよ、分けてやるよ」
といった。彼は高く透き通るような声をしているが、どこか芯のある声をしている。
「わーい」
流永は彼の返事に素っ頓狂な歓喜の声をあげた。
「そうだ、お駄賃お駄賃」
流永は、約束通り代金を払おうと懐をさぐりはじめたが、
「いや、いいよ。そんな弁当くらい」
と、クルはかぶりを振った。
「ホウ、ホウ」
流永はその好意に頷き笑顔で、
「これからは敬意を込めて御大尽様って呼ぶよ」
「なんでだよ!?いやだわ、そんなあだ名!」
「あっはっはっ」
流永は明るく、楽しそうに笑った。
「冗談だよな?」
クルは疑わしげにいった。流永なら本当に言いそうと思ったのだ。
「さあね」
それに対し、流永はどっちともとれぬ返答をした。
「はぁ……」
クルは首を振った。
まあ、そこまで重大な問題じゃない。クルは気を取り直し、
「まあ、とにかく、どうせなら隣で食おうぜ」
といった。
流永は階段教室のクルの一段上の席にいる。
「ホウ。じゃあ遠慮なく」
流永は頷き、クルの隣に移動した。
ふと、この伊庭流永という、人を人くさいとも思わないような青年は、クルの顔を見て好奇心にかられた。
彼の顔は遠目から見ても秀麗な顔立ちとわかるが、近くで見るのはこれが初めてである。
(綺麗で……風格がある)
流永はそう思った。
髪は輝かんばかりの金色で涼やかな顔立ち、その目元は上下のまつ毛が触れ合う度にせせらぎの音が鳴るようなほどで、まるで絵に描いたような美男子だ。
だが、流永は人の顔に見惚れるような男ではない。彼の顔を観察し終えると、すぐに貰ったサンドイッチを口に放り込んだ。
まるで頬張るように食べている。
すると、横からクルが、
「そういえばよ——」
「……?」
流永に何か聞こうとして彼の方を見ると、流永はサンドイッチを口に詰め込んでリスみたいになっていた。
「クッ……アッハッハッハッ」
そんな流永が、きょとんとしているところを見ていると、なんだか現実とは一歩ずれたところにいるようでおかしさがこみあげてきた。
「なんだその顔!」
クルは、はじけるように笑った。
流永は膨らました頬の中にあるものを咀嚼しようと一生懸命に顎を動かしている。そして、しばらく口を動かした後、ごくん、と口の中のものを一気に飲み込んだ。
流永はクルに笑われているのだが、不思議と嫌な気はしない。
(なんだか……)
と、思う。
元々、彼は他人の評価を気にしないこともあるが、その容貌といいクルにはどこか高貴な雰囲気があり、話していると、まるで遥か上空の住人に声をかけられたような感動が身体に流れてくる。
(不思議な奴だ)
流永もまた、彼にそのような感想を持った。
「あー、そうだそうだ——」
クルは先ほど訊こうとしたことをもう一度言った。
「——お前、ログライツを追い払ったって聞いたぞ」
すごいな、とクルは手放しで褒めてくれた。
しかし、流永はどういう反応も示さず、一瞬固まったように硬直し、すぐにニヤニヤと意味深な笑みをうかべた。
「言葉は便利だね」
と流永はいった。
「……?」
クルは意味がわからず眉間にシワを寄せた。
「どういうことだよ……」
いったい何が言いたいのか。
流永の本意は、彼は囚人であり、囚人ということは捕える必要があるから捕らえられ囚人と呼ばれるのであるので、逃してしまっては追い払ったも何も、捕える必要があるという根底から消え去ってしまう。
確かに彼は暇つぶしと称して守衛や騎士達を倒してはいたが、殺す気はなかったらしく全員命に別状はなかった。
また、流永が出会った時は、彼はすでにこの街から逃げようとしていた時で、流永はログライツを追い払ったというより引き留めたという方が正しいだろう。
しかし、副団長シャリア以下、彼に敵う者がいなかったことを考えると、追い払ったと言ったところで褒められることにはあまり変わりがないと思うのだが、流永はその僅かな違いに滑稽さを感じるたちで、その湧き上がった感情を、言葉は便利だね、とちょうど良く落とし込んだのだ。
ただ、流永が自分の内心をつらつらと話すことは滅多になく、この時もそうだった。
クルに微笑をむけ、
「君はいいやつだねってことさ」
とだけいった。
「はぁ?」
クルは更に意味がわからなくなって眉間にシワを寄せて首を傾げた。
ログライツと互角に闘ったといっても最後は逃げられてしまったのだ、ならば追い払ったと言った方が最後まで良い印象を受けるだろう。
実際、クルがそういう思惑を持っていたかは流永は知らない。
だが、わざわざ囚人を追い払ったと言ったところ、クルがその小さな気遣いをしたのは本当だろうし、事実そうであった。
他人から見れば小さな誤差のようなものだが、クルは元来そういう気遣いができ、できるからこそ友人が瞬く間に増えていったのだ。
「どういうことだよ?」
断片的すぎる流永の答えにクルは問いただすように言ったが、
「………」
流永はこれもニヤニヤ笑って取り合わず、最後のサンドイッチを口に入れた。




