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狂気と共に異世界転移  作者: 二式山
二章 学院
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第三十三部 締めくくり

 

 放課後、流永はレイ、そして例の五人組と一緒に帰路についた。

 レイは時々、五人組以外のクラスメイトにも声をかけるそうだが、悉く断られるそうだ。


 これはレイが嫌われているのか彼らの社交性が死んでいるのか。

 そもそも彼等はレイとそんなにつるんでいない、きっと後者であろう。

 と、流永は門前にある人影を見つけた。


「おーい、委員長!」

 見つけたのは風紀委員長のセイニーラである。

「お、ああ。お前か……」

「……?」

 流永は首を傾げた。

 いつもなら、覇気をまとい生徒達に叱咤怒号しているセイニーラだが、今の彼女はなんだか、しぼんだ花のようで元気がない。


「そうだ、これ委員長に選んでもらったんだよ」

「そうなの?」

「うん」

 流永はひらひら、と一回その場で回った。

 そして、彼はセイニーラの方を向き、

「ちゃんと着てきたからね!」

 と、誇示するように言った。

 まるで、えらいでしょう、と胸を張る子供のようだ。


 セイニーラは、

「おう……、えらいな」

 と、柔らかく微笑んだ。

 その様子をみてレイが、

「あの……」

 と、いい、

「どこか体調がわるいんですか?」

 心配するような目でいった。

 確かに流永に掴みかかってきた時のような覇気は彼女から見られない。


「あ、いや、すまない。別に体調が悪いわけではないんだ」

 セイニーラは、あはは……とごまかすように笑って、視線を流永に移した。

 セイニーラはおもむろに手を伸ばすと、

「わあっ、ちょっと」

 声を上げたのは流永である。

 セイニーラはかれの頭をくしゃくしゃに撫でたのだ。


「お前は……すごいな」

「………」

 流永はセイニーラに突然そう言われて、ぽかーんと口を開けて固まった。

(もしかして、あれかな)

 流永がすごいと言われる所以があれば、それはあれしかあるまい。

「それって、いつぞやの事件のこと?」

「ああ」

 セイニーラは頷いた。

「へえ、そう」

 流永はケタケタ笑ったものの、興味の失せた表情をした。

 

 いつぞやの事件とは先日の脱獄事件のことである。

 彼女がログライツと闘った学生が流永と知っていたのはシャリア経由ではない。

 現場で見ていたのだ。

 彼女はこの街の守備隊隊長の娘なのである。


 あの日、現隊長である父には家で大人しくしているようにといわれたが、囚人が暴れていると聞いて大人しくしていられる彼女ではない。

 家にある鎧を着ると裏口から出ると、衛兵達に混じりログライツと闘った。

 結果は流永が見た通りさんざんなもので、セイニーラは他の衛兵達と同様しばらく気絶していた。


 気がつくと、見知った顔とログライツが闘っていた。

 流永である。彼は自分達が手も足も出なかった相手と互角にやりあっていたのだ。


 何故と思うより驚きの方が勝った。

 衛兵や騎士団の連中が束になってかかっても傷一つ付けられなかった奴を相手に流永は善戦とはいえないが、まともにやり合っていた。

 (こんな自分より年下の……)

 子供のような笑みをする彼が何故あれほどの力を持っているのか。

 事件の後、学院の教師に訊いてみたところ個人魔法の持ち主だというが、それでも納得できなかった。

 

 又、衛兵や騎士団の連中を一蹴した奴と互角に闘ったのだ。驕ったり、周りに噂の学生は自分だ、というのかと思ったが、彼は普段と変わらず無邪気な笑みをしている。

 (不思議な奴だ)

 悪意はない。セイニーラは好意の目で流永に笑顔を向けた。


「ねえ、ちょっと」

 レイが流永の袖を引っ張った。

「いつぞやの事件って?」

「気になる?」

 流永は話すのが嫌そうに顔をしかめた。


 説明するのが面倒くさいし、その後のことを考えても面倒くさい。

 どうせ、すごいだのなんだの、といわれるのであろう。


 先程のセイニーラに着てこいといわれた服を見せて誇示したのは、いい。

 あれは人に言われたことができた、という流永の子供のような精神からくるもので、いわば褒められたくて誇示したのだ。

 だが、ログライツと戦ったことはやりたくてやったことで、誰かにすごいといわれたとしても全くもってどうでもいい。


「気になるよ!前はだらしないって連れて行かれたのに、今日はすごいって……。一体なにをしたの?」

「えーと……」

 流永は顔を引きつらせ、あさっての方向をみていたが、レイをどう言いくるめるか考える間も無く、

「あのログライツと戦ったんだ」

 と、セイニーラが説明してしまった。


「え、じゃあ」

 と、レイはゆっくりと流永に視線を動かしたが、

「ぼくはいわない」

 と、流永はいって口を噤んでしまった。

「囚人と戦った学生ってリュウエイくんだったの!?」

「しらない」

 流永はそっぽを向いてしまっている。


 その様子を見かねたのか、

「そうだ。その噂の学生こそ、そこのリュウエイ・イバだ」

 と、セイニーラがいった。

「す、すごいよ!」

「はあ」

 流永は気の抜けた顔をしているが、レイは目をきらきらと輝かせている。

今までわからなかった学生の正体が分かったことや、それが今隣にいる流永だったということが彼女はよけいに興奮させた。


「まさかリュウエイくんだったなんてね。なんであの時言ってくれなかったの」

「………」

 流永は口をへの字にして沈黙している。

「なんだ、まだ人に言ってなかったのか?」

「……」

 セイニーラがそう訊いたが、流永は一瞬だけ彼女と目を合わせただけで、すぐに別の方向を向いてしまった。


「なんで言わないんだ?」

 と、セイニーラが訊いてみると、

「やだよ。そこらの有象無象にすごいよなんのって言われんのは……想像するだけで、鳥肌が立つね」

 と、流永はぶるっと身震いをした。


 二人は彼の言った言葉に驚いた。いや、そもそも二人共その言葉の内容を理解するのに時間がかかった。

 レイにいたっては多少時間が経ってもなお混乱している。

「うぞう……むぞう……?」

「うん。そこの五人みてぇな奴ら」

 流永は五人組を顎で指した。


 彼のいう有象無象とは、表現を言い換えれば一般的な平民・庶民ということになるだろうか。

 もっとわかり易くいうならば、大衆という言葉が妥当かもしれない。


 流永は基本、人間に対して(シャリアなど例外もあるが)無関心である。ただ、大衆に対しては凄まじく嫌悪していた。しかし、嫌いとは感情の発露であり無関心とは反対のものであろう。だが、流永はそれを苦もなく己の身体に同居させ、流永自身違和感すら感じていない。

 いや、詳しくいうならば流永は個人にはそこまで興味はない。が、それらが寄り集まり大衆となると、凄まじい嫌悪感を抱く、の方が正しいか。


 なぜ嫌悪感を抱くか。その理由を探せば、彼が歴史好きなのが関係するかもしれない。

 日本史では大衆というものは驚くほど存在感がない。

 百姓一揆などはあるが、せいぜい幾つかの例外を除き日本史の中でそこまで重要とはいえまい。世界史における革命に値する明治維新でさえ、それを成し遂げたのは武士階級の者たちである。


 日本史は英雄の歴史である、と流永は思っていたし、そう確信していた。

 流永は彼ら歴史上の人物達が好きであった。

 その豪邁、仁忠、また何かを為さんと行動したからこそ英雄は人々の先頭に立ち時代をつくった。流永は彼等のようになろうとは思わないが、彼等をすごいと思っていたし何より好きであった。


 しかし、ここで流永の頭の構造は不思議で、奇妙な飛躍をする。

 主に幕末の情勢を鑑みてのことである。

 幕末、あの激動の時代に英雄達(志士等)は駆けたというのに、なぜ大衆(百姓町人等)は何もせずのんびり無為に過ごしているのか。

 長州奇兵隊は例外としても、流永の知る限り幕末に革命的言動を含んだ大衆の行動は聞いたことがない。あったとしても幕末史の中では極小のものだろう。


 しかし、これらのことは流永が大衆が嫌いになった理由の一端に過ぎない。

 だが、彼がその有象無象から誉められる云々を嫌った一因ではある。

 人に囲まれてあちこちから、すごい、えらい、と誉められるのは想像するだけで吐き気がする。

 流永はその性格にそぐわず、かなり複雑な精神をしていた。


 ただし、レイにそのような流永の思考がわかるはずもなく、

「いったい……どういうこと?」

 と、訊くと、

「お前さんにはわからないさ」

 流永はニヤニヤ笑って、レイの問いには答えなかった。

 まさか、前述の文章をそっくりそのまま言うわけにはいくまい。


「……?」

 レイは眉間にシワを寄せて口をへの字に曲げてしまった。

 ちなみに、有象無象といわれた五人組はというと、以前流永にボコボコにされた記憶ゆえか縮こまってものも言わない。


 流永は疲れたのか、しゃがんで地面に顔をおとした。

 校門から校舎まで石畳の道が続いている。

 指先で静かに石畳に触れた。

 (無理だろうな)

 彼はすでに自分の内心を語ることは諦めている。

 まず言ったとしても相手は理解できないだろうし、そもそも複雑すぎてそれを言葉にすること自体が不可能に近い。


「ほら、さっさと帰ろうぜ」

 流永は勢いよく立ち上がり、天に向けて大きく背伸びをした。

(ああ、厭だ厭だ)

 自分の内心なんてものを相手にしていたら気持ち悪くて鬱になりそうだ。


 自身でさえこの不思議な精神を一切理解できない。

 いったいどんなものかとナカを探ろうと思えば最後。その精神という名の深淵は自我を惑わせ己が何者かわからなくなってしまい、果てには自分の脚が大地を踏みしめていることさえ忘れてしまいそうになる。

 流永は基本考えて行動しない。それは考えるのが苦手というより、思考すれば嫌でも自分の精神に触れざるを得ないから、考えることを避けるのだ。


「そういえば委員長、よくその学生が俺って知ってたね」

 流永は珍しく興味の無いことをセイニーラに訊いた。

「私もあそこにいたんだ」

「……?」

 流永が首を傾げるとレイが補足するように、

「セイニーラさんはこの街の守備隊長の娘さんなんだよ。だからリュウエイくんと囚人との闘いを見ていたんじゃないかな」

 と、いった。

 セイニーラはそうだ、と頷いた。

「私も副団長殿や他の兵士達と混じってあいつと闘ったんだが、結果はお前の知る通り」

 セイニーラはため息を吐いて首を振った。


「死人はいたの?」

「いや、皆どこかしらにケガは負ったが、死者はいなかった」

「そう……」

 その時、一陣風が吹き、頷いた流永の横顔をやさしく拭い髪を揺らした。

 彼はその一瞬、まるで過去を見るような遠い目をした。

 そして微かに笑った。

「いやぁ、面白かった。一幕の劇場、思えば懐かしき」

「なにそれ」

 と、レイが彼の不可解な言葉のことを訊いた。


 この街で一日のうちに起こった事件。まるで、一瞬だけ舞台のスポットライトが、この小さな街に当たったようで、大変であったが思い返せば懐かしい気もする。

 こう思うのは流永だけかもしれないが、彼は満足げに笑顔をこぼしていた。

 しかし、それをいってしまえば興醒めもいいところ。

 流永は快活に笑って答えた。


「なに、締めくくりさ」



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