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狂気と共に異世界転移  作者: 二式山
二章 学院
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第二十九部 動乱 下


 男と対峙した時にあった雲は風に流されてしまったようで、今は爛漫と輝く星々と月明かりのみが天に在る。

 流永は横になったまま深く息をついた。


(疲れた……)


 男が何者かは知らないが、流永との戦いで本気を出していなかったことはわかる。

 そもそも彼が流永と対峙する気がなかったことや、あの光る魔法以外使わなかったこと。光の槍でさえ、流永が避けると踏んで、牽制のつもりで撃ったのだろう。

 それに、一番の理由として、流永と戦っている間、彼はずっと余裕のある顔をしていた。

 流永に対して迷惑そうな顔つきはしていたが、焦りや苦しそうな顔は一切していなかった。


 かといって、流永に悔しいという感情はない。

 ただ、シャリアに助太刀する、と大言吐いておいて逃げられたのは心残りだが。

 流永は起き上がる気も起きず、しばらく星を眺めていた。

 やがて、パタパタと遠くから足音が聞こえてきた。

 その方向を見ると、兵士達——道に倒れていた兵士達とは別だろう——が、道端に倒れている兵士の救助活動をしているようだ。

 流永の近くにも兵士達が現れはじめ、その中の一人が流永に気がついた。


 その兵士は流永に駆け寄り、

「おい、大丈夫か!?」

 と、声をかけた。

 流永はその兵士に向けて微笑んだ。

「腕が焼けただけだね。他は打撲くらいかな」


 兵士は、流永が怪我をしていると知ると、周りの仲間に応援を頼んだ。


「おい、立てるか?」

「……」

 流永は返事をせず、無言で立ちあがろうとした。

 他意はない。返事をせずとも、立ち上がって見せればいい、と思っただけである。


 だが、

「あれ……」

 立ちあがろうとした途端、脚に力が入らず、よろけて尻餅をついてしまった。


 肉体的な疲労だけではない。

 元の世界でこんな激しい喧嘩は当然したことがなく、老人との試合はあくまで試合であった。

 実質、流永の人生で初めての激しい本気の闘いだった。


(マジかよ……)

 よく見ると、手もぶるぶる震えている。

 前の世界で喧嘩もしたことあるし、老人と凄まじい闘いをしたこともある。

 しかし、相手の男に闘う気がなかったとはいえ、流永にとって喧嘩でもなく試合でもない本物の戦いであった。


 殺し合いではないにしても、流永の精神はくたくたに疲れ果ててしまっていたのだ。

 ため息を吐いたが、その息もふるえていた。

 流永自身、喧嘩や老人との試合で場数を踏んできていると自負していたが、本気も出していない男と闘い、ここまで疲労するとは思ってもいなかった。


(こんなものか……)

 負けたのはいい、シャリアや兵士達が敵わない敵にそれなりに戦ったのだ。

 問題は精神の方である。それなりに場数を踏んでいたと思っていたのに、現状ガタガタと慄え、一人では立てない有様である。


 結局、流永自身が怯えていなくとも、身体の奥の奥。精神の深奥の部分では恐怖し、慄いていたのであろう。

 しかし、自分ではどうしようもない。流永の意識では制御できない部分のことなので、勝手に成長するのを待つしかあるまい。

 もしかしたら、これ以上成長しないかもしれないが。


 流永は、それらのことを考え、舌打ちをしてギリっと歯噛みをした。

 流永は臆病になることをひどく恐れた。臆病にはなるまいと自分にいいきかせていたのだが、こう精神がふるえてしまってはどうしようもない。

 少し目線を落として地面の石畳を凝視した。


そこへ、兵士二人が流永を挟むように立った。彼らは流永へ手を伸ばしている。

「ほら、肩貸すぞ。立てるか?」

 流永は兵士の二人に挟まって立ち上がった。

 全身に力が入らず、骨と骨が噛み合っていないようだ。


 ふと、流永は向こうからやってくる人影に気づいた。

 その人影は流永の目の前で立ち止まった。


「あ、あの……」

「副長さん」

 騎士団副団長のシャリアである。

 傷をおっているが、先程よりはいくらか回復したようで、一人で立ち歩けるようだ。


「ごめんね。逃げられちゃった……」

 と、流永はバツの悪そうな顔で謝った。シャリアから若干斜め下へ顔を逸らした。

 流永から謝られたシャリアはあわてて、違うと身振り手振りで示した。


「い、いえ。責任があるのは私の方です。騎士団副団長なんて肩書きを持ちながら、こんなていたらくで……」


 シャリアは、あはは……と自嘲の笑みをこぼした。


「それにしても凄いですね。ログライツとあそこまで戦えるなんて驚きました」

 シャリアは心から驚いているようだ。


 しかし、流永は彼女の言葉に疑問を持った。

「ログライツ?」

 あの男の名前だろうか。

「もしかして知りませんか?」

 流永は頷いた。

「彼はログライツ・ヴォーパラー。三集会の幹部です。……ああ、三集会というのは、この国の南部にある農民を中心とした組織ですね」


「ホウ、ホウ」


 シャリアは物柔らかく言っているが、王国に反抗する組織のようなものだろう。

 でなければ、彼が囚人として、とらわれていた説明がつかない。


「ログライツはその三集会の実務方面全てを取り仕切っている人物なのです」

 腕っぷしだけでなく、頭もいいようである。


「ねえ、副長さん」

 流永はすでにログライツへの興味は失せている。

「はい?」

「疲れた!」

 だから何だというのだろうか。

 シャリアも突然それだけ言われて困惑している。


 流永は子供のような笑顔を見せ、

「おんぶしてっ」

 と、言った。

 流永は、シャリアの疲労や怪我の具合は意に介していない。

 元々他人の事情など、一切気にならないたちなのである。自分勝手ともいえる。


「……副団長殿は怪我もしているし、疲労も甚だしい。家へは俺らが送ってやるから我慢しろ」

 流永のわがままな物言いに、彼を担いでいる兵士の一人が諭すようにいった。

 また、もう片方の兵士が、

「それにしても、あのログライツと本当に戦ったのか。よく命があったな……」

 と、驚きつついった。


 一介の兵士にまで知られているとなると、ログライツという男は知名度もそれなりにあるようだ。

「あっちはさっさと逃げたかったようだけどね」

 流永は自嘲とも気にしていないともとれるような笑いをした。


「それよりも副長さん、おんぶ!」

 流永のわがままに、兵士が再び嗜めようとしたが、シャリアはそれを遮り、

「あはは、大丈夫ですよ。先程まで気を失っていましたから、あまり動いていませんですし」

 と、いった。

 実際は先程まで剣を杖にしなければ立てないほどだったはずだが、彼女は微笑んで優しい表情をした。


 シャリアは流永に背を向けてかがんだ。

「はい、どうぞ」

 流永は兵士達の肩から離れ、シャリアの背に乗っかった。


 流永は無邪気にきゃっきゃっと喜んだ。


「大丈夫ですか?」

 流永を担いでいた兵士の一人が心配したが、

「ええ、へっちゃらです」

 と、シャリアは問題ないという顔をした。


 シャリアは流永をおぶって歩き出した。

 流永に肩を貸していた兵士二人は怪訝そうに顔を見合わした。

 結局、その内一人が彼女に同行することとなった。



「まずは、教会に向かいますがいいですか?」

「うん」

 教会で何をするのか知らないが、流永に依存はない。

 流永は既に副長さんに全幅ともいえる信頼を置いている。理由はない、直感である。


「副長さんの背中安心するー」

 流永はシャリアの背中に、ぴったりくっついている。


 ただ、子供のようかと思ったら、流永の精神は、そう単純なものではない。


 急に真顔になり、夜空を見上げた。

 未だ夜中、星々や月が踊っている。

 彼は何か考えている。

 しかし、——嗤うべきことだが——いったい己が何を考えているのか、自分でも一切わからなかった。

 言語化できない中途半端な思考が、頭の中を曇り空のように濁らせる。

 流永は青白い月を眺め、透き通るようなそれを羨ましく思った。



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