第三部 この世界の歴史
「まずは……、歴史から話すかの」
ここがどのような所か、それは歴史を話すのが早い。
歴史にはその民族、土地の伝統なり習慣などが詰まっているものだ。
「はじめ、人間は虐げられていた。エルフなどに奴隷にされていた。神はそれを認知すれども一切気にかけなかった。それを一人の男が打破しようとした」
「ちょっと待ったッ」
流永は老人の話を止めた。
老人は出鼻をくじかれて顔をしかめた。
「エルフって……。他にも人間以外のがいるの?」
この世界にはフィクションでしかいないようなエルフなどがいるのか。
どうやら本当にここは異世界らしい。
流永は老人に顔の近さまで詰め寄って訊いた。
「あ、ああ……」
と、老人は若干押され気味に、
「いる。他にはドワーフ、悪魔、ドラゴン、小人、妖精、とかじゃなあ」
「ホウホウッ」
流永は先程とは比べものにならないほど、爛々と目を輝かせた。
「すげぇ、すげぇ」
と、流永は言いながら踊るようにはしゃいだ。
(おもしろい!)
前世とは比べ物にならないほど、おもしろそうじゃないか!
「そしてそして、次は!」
流永は老人を急かした。
「人間は元々魔法が使えなかったから……」
「待った!」
流永はまたもや老人の言葉を遮った。老人は再び顔をしかめた。というより苦笑した。
「魔法があるの!?」
「あるな。おぬしの所にはなかったのか?」
「なかった」
流永は飛び上がって喜んだ。
フィクションのような異種族はいる。魔法もある。
流永のような、前世に窮屈と退屈を持っている人にとっては最高の世界ではないか!
——やった、やった
と、流永は喜びでさけんだ。
「そんなに魔法があることが嬉しいのか?」
「だって、こっちには無かったもの」
流永は満面の笑みである。
それをみて、老人は少し気の毒そうな顔をした。
流永は、その老人の表情の変化に気づいた。
「どしたの、じいさん」
「いや……。おぬしには気の毒じゃが……」
「……?」
「わしは魔法はあまり教えん。代わりに魔術は教えるがのう」
老人は申し訳なさそうに頭をかいた。
「どっちでもいいよ。俺にとっては同じようなものだよ」
「同じかのう……?」
老人は魔法と魔術が同じという意見に異議があるようだが、
「俺の世界じゃ同じようなものさ」
と、流永は笑っていった。
老人は不服そうな顔つきだったが、諦めて話を進めることにした。
老人がいうには、魔法とは神が作ったもので、はじめ前述のエルフやドワーフなどは使えたが、人間は使えなかったそうだ。
ゆえに、大陸に人間の国は存在せず、ほぼ全ての人間は他種族に奴隷として扱われていた。
しかし、ジファクト・ケルフィリスという男が、ドラゴン——龍——の手助けを経て魔術を創設した。
彼は瞬く間にエルフやドワーフなどを(流永のいる)大陸から一掃し、魔術帝国を築いたそうだ。
やがて、隣の大陸——エルフなど異種族は主にこの大陸に住む——にまで影響が及ぼうとした時、神が動き、ジファクト率いる魔術陣営と七度に渡る激しい大戦が起こった。
結局、ジファクト側魔術陣営は負け、魔術師たちはチリヂリに散っていってしまった。
ただ、神陣営も軽傷では済まなく、元々神陣営は多神教であり様々な神々がいたのだが、この大戦でルキス神という一柱を残して全て消滅してしまった。
戦後、神(魔法)陣営は魔術師狩りを行う一方、人間にも魔法を使えるようにしてこちら側に引き込み、魔術の弱体化を図った。
これは千数百年前の話という。
現在、流永のいる場所はルートレイグ王国といい、最後の一柱ルキス神を崇めるルキス教というものを国教としている。
他の人類の国々も、またエルフなど異種族も、そのほとんどがルキス教を奉じている。
一方、魔術は禁忌として、魔術師は見つかればすぐに捕縛され、処刑されてしまう。
老人は流永と視線を合わせた。
「わしはその魔術師の末裔じゃ。ゆえにおぬしには魔術を教える」
「うん」
流永はあっさりといった。
先程の老人の話から現在、魔術が禁忌とは理解した。が、流永にとって、それが禁忌であろうと心躍るものには変わりなく、自分の身が危険に曝される云々はどうでもよかった。
流永は自分の身より好奇心を優先した。いわば好奇心のために死んでもいいと、いうのである。
外国で好奇心は猫を殺す……というような諺があるが、流永はその好奇心に殺されても構わないと思っている。
はたからみれば馬鹿げている。
まあ、乱世を望んでいるあたり、自分の身の大事を考えるわけないか。
(狂気だな…)
自分でもその意識はある。
一陣、柔らかな風が吹き、草がそよいだ。
季節は春に近いようだが、まだ冬の気分が残っており、少し肌寒い。
パチッと焚き木が鳴った。
老人は鍋を持ってきたり動物の肉や山菜を捌いており、昼食の用意をしている。
流永は草原に寝転がっている。
ふと、老人の方に顔を向け、
「そういえばさ、じいさん」
「なんじゃ?」
老人は野菜を切っていた手を止めた。
「俺を拾って何がしたかったの?」
当然の疑問である。
「魔術を途絶えさせたくないという理由もある」
老人は再び手を動かしながら答えた。
前述の通り、魔術は禁忌である。それを受け継ぐ人も、受け継いだ時の危険さゆえ、魔術を使う人間はどんどんと減っている。
老人はまな板の上の山菜から目を離し、何かを考えるように顔を上げた、かと思うとすぐに山菜に目を戻した。
「それに……、一つ渡さねばならないものがあったからのう」
「その一つって?」
「龍の血」
「……?」
流永は首をかしげた。
龍の血をどうするのだろうか。まさか飲めというのではあるまいか。
「それを飲め」
そのまさかのようだ。
「飲んだらどうなるの?」
「龍の力を手に入れられる」
「ホウホウ」
流永は例の鳥のような声をだした。
頭を伸ばして宙をみた。
そして、くつくつと笑い声を立て始めた。
「いいねえ、おもしろいじゃないか」
龍の力……その実態は分からないが、なんだか面白そうな響きである。
流永は風で揺れる前髪を勢いよくかき上げた。