第二十八部 動乱 中
流永は四肢を黒く染め、龍化させた。深く腰を落とした。
男は眉をひそめ、一つ息を吐いた。
「悪いが、俺はお前と戦う気はない」
と、男はいった。
「あんなに喋ったのに?」
流永は、なら何故俺が来た時さっさと逃げなかったのか、といった。
「それに……」
と、周りに倒れている兵士も見た。
男と兵士たちではかなりの実力差があるだろう。
逃げようと思えば彼らを撒くことは容易だったはずだ。
「ああ……。ちょいと暇つぶし」
男は兵士達を傍目で見ながらいった。
流永は少し首を振って苦笑した。
男には余裕が見える。
彼はふところから、白い野球ボールのような物を取り出した。
「とにかく逃げさせてもらうッ」
と、男はそれを力いっぱい地面に投げつけた。
辺り一面、白一色に染まった。
(煙幕……!?)
視界がない。
「逃すかァ!」
流永は街路の石畳が破れるほど踏み込んだ。
視界は無いが、先程まで男が立っていた所へ一直線に向かえば、男と見えるはずだ。
ドウッと石畳を蹴り上げ、白い煙幕からのぞく男の影へ、左脚で飛び蹴りをしかけた。
「なにッ……!?」
と、男はその蹴りを、腕を盾に防いだ。
流永は、なお空中にいる。
空中で強引に身体を回転させ、男へ反対の脚で再度蹴りを見舞った。
男はそれも防いだ。
流永は口角を吊り上げ好戦的な笑みをしている。
今度こそ着地すると、すぐに男との距離を詰め殴った。
だが、これも男に防がれ、更に何度か拳を振るうが、全てその腕でいなされた。
流永は数歩退がり、ようやく立ち止まった。
その両手両足は黒く龍化している。
その膂力は通常であれ常人の何倍もあり、思いっきり殴れば腕の骨くらい簡単に折れるはずだが、男にそんな様子はなく、まだ力を余しているようである。
男の、その両手は妙に神々しく光っている。
身体強化の魔法だろうか。
しかし、老人もその魔法を使っていたが、男の両腕のように光ってはいなかった。
「いいね、おもしろいッ」
——アッハッハッ
流永は笑いながら、男へ真っ直ぐに駆けた。
生来の喧嘩好きである。
拳を振り下ろした。
「チッ」
男はそれを片手で防ぎ、空いた手で拳をつくり、カウンターを見舞った。
しかし、流永は間一髪でかわした。そのまま両足を地面に食い込ませ、腰を落とした。
すぐさま、
「吹っ飛べェッ!」
目一杯力を込めて殴った。
男は両腕を交差し防ぐが、踏み込み全力を込めた流永の拳は重い。
男の脚は地を離れ、数十メートル吹っ飛んだ。
「まだまだァッ!」
流永は男の頭上まで飛んだ。
蹴りを入れるが、男は寸でのところで地を転がって避けた。
「くそったれ!」
そう叫んだのは男である。
彼は隠し持っていた煙幕玉を流永へ投げた。
それは流永に直撃し、流永はむせた。
男はさらに、赤、青、黄色といった様々な色の煙幕を、そこかしこに投げつけた。
路傍、道沿いの家々に煙幕玉が当たり、澄んだ夜道を色濃く染めた。
————ッ!
再び視界がなくなった。
流永は咄嗟に掌を前へ向け、魔術で風を操り、轟ッと風の渦で煙幕の霧を貫いた。
一瞬、魔術を使うか悩んだが、男の他には倒れている兵士しかいない。
流永は瞬時に問題無いと決め、使った。
煙幕の中に空いた風穴の延長線上。流永の視線の先、小さくなった男の背中が見えた。
流永は地を蹴った。
「くそッ、しつこいな!」
男は歯を食いしばって流永を睨んだ。
また腕を光らせ、拳を握り締めた。
———アッハハハッ!
流永も、楽しそうに笑いながら拳を握った。
黒と白光の拳が衝突した。
休むいとまは無い。
流永はもう片方の拳で男を殴り、そのまま左脚を飛ばし男の横腹へ強烈な蹴りを入れた。さらに身体を浮かせ、強引に回し、右脚で強烈に蹴った。
凄まじい連撃である。
また、驚くべきことは、男はその流永の連撃を全て受け流してしまったのだ。
流永は全て受け流されるとは思わず、最後の打撃の後、バランスを少し崩した。
男はその隙に、掌を向け、凄まじい掌底を流永へくらわせた。
流永はやむなく脚を上げ、膝で受けたが、片脚で男の一撃を堪えられるはずもない。
流永は数十メートル吹っ飛ばされてしまった。
すぐに起き上がったが、
「なっ……!?」
前方から凄まじい速さで光る槍のようなものが飛んできた。
それは大気を舞う粉塵さえ貫いている。
流永は咄嗟にゴロリと横に転がって避けたが、少し腕を掠った。
「熱ッ……」
腕は黒く龍化させていたはずだが、掠った部分が焼けたように痛い。
流永は苦悶の表情のまま、男の方を見ると、男はすでにかなりの遠くにあり、さらに煙幕を張られ、とうとう見失ってしまった。
さすがに、追えそうにもない。
男が出したと思われる光の槍が掠った部分をみてみると、黒い鱗ごと焼けて抉れている。
「マジか……」
龍化はかなりの硬度を持つはずだが、こうも易々とやられるとは。
流永は諦めたように首を振った。




