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狂気と共に異世界転移  作者: 二式山
二章 学院
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第二十七部 動乱 上


「……今何時だ」

 この世界に時計なんてものはない。

 それを思い出すと、流永はベッドから起き上がった。


「暗いなぁ」

 窓から入り込んできた月明かりが僅かに部屋を青白く照らしている。


(腹へった)


 流永はセイニーラと別れた後、家に帰ってすぐベッドに倒れ込んだ。

 副団長の指南の時は、ほぼ立ちっぱなしであったし、セイニーラに叱られたり服屋まで歩かされたりした。

 老人の家を出てから久々に動き回ったせいか、身体に疲労が溜まっていたらしい。

 夕食も食っていない。

 寝室は二階にある。

 流永は、台所に買っておいた何かがあったはずだ、と部屋を出て階段を降りた。

 傷んでいるのか、一段降りる毎に板が鳴った。


 一階は光が無く、全くの闇だ。

 流永は手探りで台所までたどり着いた。

 何度か角に足をぶつけた。痛かった。

(まずは火だな)

 流永は台所の上に置いてあった細長い円筒状の物を手に取った。

 それの下半分に半分埋まっている木製の杭を引き抜くと、ポゥと火が灯った。


 その絡繰は、これの基部に術式が描かれているのだ。

 術式は、魔法を使うと勝手に出てくる魔法陣を、紙なり地面なりに手動で描いたもので、詠唱を行わずとも魔力をこめれば勝手に発動する。

 ただ、何度でも使えるわけではなく、大抵一度きりが多い。

 流永が手に取った物は、その術式が描かれた魔法具というものだ。

 自分で魔力をこめて扱うものもあるが、流永の物は予め魔力を込めたもう一つの術式があり、それが杭を抜くことで落下し、基部の術式に触れることで発動するものである。

 前述のように術式は一度きりがほとんどで、しかも下手にその術式にとって分不相応な魔力を注ぎ込んでしまうと暴発する可能性がある。流永が使ったような魔法具はほとんど魔力を使わないのだ。

 それならばこの方が便利であり、日常で使うような魔法具は大抵この様式である。

 流永の持ったのは異世界のマッチのような物だろう。


 火は一分程度で消えてしまう。

 流永はその火を魔術で切り取った。

 魔術は火や水を生み出せないが、それらが元々存在しているのならば自由に扱うことができる。魔法は生み出せる。

 火を切り取った流永は、それを空中に浮かせている。

 魔力を流せば勝手に燃え続ける。

 便利なものだ。


「チッ」

 台所を探ってみたが食べ物は無かった。

 リビングなども探したがない。

 流永は大きくため息を吐くと、小銭の入った袋を持って外へ出た。

 その横に火球はもうない。空から半月がのぞいている。

 今が何時か知らないが、やってる店はあるだろう。



 流永の家は中央街道から外れた住宅街にある。

 遠くから喧騒が漏れ聞こえるが、そのうるさい光までは届かず、半月の灯りだけが道を教えてくれている。


「白き顔……」

 と呟いた。

 ただ歩くのも暇なので、何かてきとうな一句でも作ろうと考えている。

 やがて、

 

 白き顔 寒き春路よ 天の河

 

 と、いうのができた。

 流永は何がおかしいのか独りでケタケタ笑った。

 彼は時々、本当に気が向いた時に、こう句をよむことがあるが、それらは横文字を使わず、また決まって五七五の定型であり、字余りなどになることはまずない。

 むしろ定型から外れることを嫌った。

 思うまま、好き勝手に生きている流永だが、何故か型通りにならないと気が済まなかった。

 意外にも彼は一種、保守的な精神を持ち合わせているのかもしれない。

 


 しばらく歩き、中央街道の人工的な明かりが大きくなってきた。

「……?」

 流永は首を傾げた。

 普段は中央街道を行き交う人々の動きに規則性などないのだが、流永の目に移ったのは一定方向へ進む人の群れであった。

 街道に入ると、その群れは学校の方より流れてきている。


「なんかあったの?」

 流永は群衆の中から、額に汗をかいている冴えない男の肩を引いた。

「え、なんでも囚人が脱走したそうだぞ」

 とだけ男は言い、再び人の波に飲み込まれていった。

 よくみると、荷物を抱えている人も、ちらほらといる。

(行ってみよう)

 面白そうである。

 流永は人の波を強引に割くようにして、学校の方へまっすぐに進んだ。

 先程までの空腹感は好奇心に打ち消された。


 

 学校に近づくと、その中央街道を挟んで向こう側に異変があるようだ。

 建物の上の大気が揺れているのが見えた。

 火事でもおこっているのだろうか。

 もうこの辺りの人は逃げたのか、流永一人が中央街道の真ん中に立っている。


 月が雲の後ろに隠れているが、街の人は異変が起こって着の身着のまま逃げ出したのか脇に立ち並ぶ露店の灯がついたままで明るい。

 流永は赤い靄の所へ駆け出した。

 流永は火事であろう場所へ駆けているが、途中甲冑姿の者が何人か倒れているのをみた。

 話に聞いた囚人のしわざだろうか。



 しばらく走っていると、人影が二つ見えてきた。

 火事はその人影のさらに奥で起きているようだ。


 手前に一人、奥に一人と、二人は対峙していた。

(あれは……)

 流永は立ち止まって目を細めた。

 奥の一人は筋骨隆々とした男であり、ボロ切れのような服をまとっている。

 彼が噂の囚人だろう。


 もう一人は、

(副長さん)

 騎士団副団長シャリアであった。

 流永は、彼女の名前は覚えていなかった。人の名前を覚えるのは苦手なのだ。

 ただ、騎士団副団長ということは覚えていたから、それを略して副長さんとした。


 その副長さんは抜き身の剣を杖に肩で息をしているようだ。

 それに対して男の方は無傷で、彫りの深い顔をみせている。

 男の方は流永に気づいたようだが、副長さんは流永に対して背中を向けており、まだ気づいていない。


 流永は、ぴょんと跳ねて、シャリアの近くに寄った。

「副長さんっ」

「えっ。あ、貴方は……」

 シャリアは突然声をかけられ困惑している。

「どうもこんにちは、流永です」

 流永は笑った。


 彼女はしばらく呆然としていたが、

「あ、危ないですよ!早く離れて下さい!」

 と、流永がここにいることを認めると、シャリアは血相を変えてここを立ち去るよういった。

 だが、流永はニヤニヤ笑って答えず、代わりに周りを見渡した。

 かなりの人数が倒れている。五十人以上はいるだろう。

 と、倒れている人の中にセイニーラがいるのを見つけた。彼女も、他の者達のように鎧を着込んでいる。


(あらら……)

 男はよほど強いと見える。

 流永は男の方へ目線をやった。

 冷たい風が両者の間を抜けた。

 男は突然現れた——というより自分からこちらへ走って来た——流永を凝視していた。

「お前は、学生か?」

 と、男は野太く重い声で問い、

「うん、僕は流永。学生だよ」

 流永は素直に答えた。

「学生が何の用だ」

 男は眉を吊り上げて睨んだ。彼は体格もよく、その岩のような顔で凄まれれば大人でもたじろぐほどだが、流永は、ヘッと一笑に付すのみであった。


 流永は男から目を離し、シャリアの方へ振り向いた。

「まあ、なんだ。副長さん助太刀するよ」

 途端、流永の目が雲間からこぼれた月光に反射した。

 流永は微笑している。

 再び月が雲に隠れた。


「い、いや、貴方は学生です!下がっていてくださいッ。これは私の職務です!」

「そうも言ってられないでしょう」

 相手は一人で鎧姿の兵士を何人の倒すやつだ。彼女に勝ち目はなさそうである。


「大丈夫、大丈夫」

 流永はシャリアの頭を、ポンポンと撫でた。

「なんとかするさ」

「い、いえ。貴方はまだ学生です!怪我では済まないのですよ!?」

 シャリアは必死で流永を止めようとするが、流永は聞かない。


 男と向き合った。

 男は険しい顔をしている。

「なあ、一つ聞きたいが、お前がそこに立つのは国を想ってのことか?それとも功名心か?」

 と、男はいった。

 すると、流永はケタケタ笑い、

「俺ァ、ヨソ者だぜ?あいにく国を想う心なんざ、さらさら無いね。それに、俺は功名心云々にも全くこれっぽっちも興味はねぇよ?」

 と、今にも噛みつきそうな笑みを浮かべた。


 男はその言葉を聞いていかにも不思議そうな顔をした。

「……? なら何故、俺の前に立ちはだかる?」

 男は訝しんで流永へ訊いた。

 すると、流永はつるりと顎を撫でた。

「うん?なんだろうね。しいて言うなら副長さんじゃない?」

「わたしが?」

 シャリアが眉をひそめていった。


「うん。いやね、副長さんが悲壮に見えてね。それにねぇ、なんかこう、うん。まあ、そんな感じだな」


 流永はうまく言い表せず、ケタケタ笑った。

 彼女の手合わせした時の違和感がようやく紐解けた。

 午後の授業中、シャリアはずっと明るく振る舞いつつも、どこか影があった。

 その影の正体はわからないが、彼女には何か負い目があるのだろう。

 流永はその負い目については興味がない。ただ、彼女を手助けしようと思った。

 何故かはわからない。だが、彼は思うことこそ行動の原理という思想をもっていた。

 副長さんを助けようと思った、それが、彼が男の前に立ちはだかる理由である。理屈も何もない。直感である。


 流永はシャリアに目線をやった。


「い、いえ。結構です。貴方は学生なのですから、下がってください……」

 と、シャリアは今まで杖にしていた剣を持ち上げ構えたが、その途端、がらん、と膝から崩れ落ちてしまった。

 もう体力の限界だったのだろう。


 男もその姿を見かねたのか、

「そのガキの言う通りにしたらどうだ、副団長。アンタは俺には勝てない」

 と、いった。


 その時、宙が晴れ月が星を伴って現れた。

 きらきらと輝いている。

 シャリアは男の言葉を聞き、太ももの上で小さな手を目一杯握りしめ俯いた。彼女は眉を狭くして、今にでも泣き出しそうな顔をしている。


「わたしは……わたしは………ッ」

 と、シャリアは顔をさらに歪める。

「何も……何も出来ないのでしょうか……ッ!」

 シャリアは涙を流し始めてしまった。

「ただのお飾りで、皆さんの足手まといになるだけで……ッ」


 彼女自身、実家のコネでこの立場についたことを解っていたし、実力もサメラやルイに負けたように、せいぜい普通よりは上ぐらいだとわかっていた。


(いつもいつも何もできずに失敗ばかり……)

 自嘲の言葉ばかりが次々と湧き出てくる。

(情けない)

 どんなに頑張っても、事実上騎士団を統治している十一の部隊長には遠く及ばず、この小さな街の学院生にすら負ける始末である。

 あげく、ふるふると震えて泣いている。


 俯いているにもかかわらず、月が異様に眩しかった。

 早く雲に隠れてしまえと願った。

 まるで月にさえ嗤われているようで、そう思うと自分が惨めに見えてきた。

 シャリアは一層小さく縮こまった。

 ただ、縮こまろうと星の輝きは変わらない。


 そこに、そんな彼女の心情をぶち壊すように、

 ——あっはっはっはっ

 急に大口開けて笑ったのは流永である。

 男もシャリアも共に流永を見た。

 流永はシャリアに、顔を向けた。

「副長さん。悪いね」

 と、いうなり、彼はシャリアの胸ぐらを掴み、わっと思いっきり彼女を投げた。

「えっ……?」

 彼女は道に面している家のドアを突き破り、そこで沈黙した。

 流永は飄々として立っている。


「お前は……」

 男も流永の行動に絶句しているようだ。

「……一体なんなんだ」

 と、訊くのが今の彼には精一杯であった。

「ああやって泣いてちゃ、いつまで経っても始まらないでしょう」

 と、流永は答えた。

「いま泣いても、どうしようもないじゃないか」

 ここは戦場である、と流永は見ていた。


 敵は男一人。味方はほとんどが倒れている。

 男が捕まるなり逃げるなりした後なら、泣こうが喚こうが自由だろうが、今は戦場の真っ只中である。

 彼女も流永が来た時には、ぼろぼろで既に限界がきていたようであるし仕方がないといえば、そうであろう。

 流永も、剣を構えられず、倒れてしまったことで感情が決壊してしまった彼女に対し、文句はない。


「さあ、はじめようぜ。ここで無為に時間潰しても意味ないでしょう」

 流永の目が妖しく光った。

 



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