第二十六部 連行
試合が終われば今日はそのまま解散である。
流永は荷物を持って帰ろうとした。荷物といっても財布ぐらいだが。
「ねえ、今日一緒に帰ろうよ」
そう言ってきたのはレイである。
その後ろには五人組が、流永を恐れるような批判するような目でみていた。
「いいよ」
今日は特に用事がない。流永はこころよく頷いた。
ちなみに、他のクラスメイトも誘ったそうだが、全員断られたそうだ。
流永達七人は揃って校舎を出た。
校門まで数十メートルある。
その校門まで半分くらい達した時、
「えっ?」
流永は男子生徒二人に羽交い締めにされた。
上級生のようだ。
レイ達も急に流永が拘束されて戸惑っている。
「あの……リュウエイ君が、なにかしたんですか?」
レイが恐る恐る羽交い締めをしている二人に訊いてみた。
「ああ、したさ!」
と、応えたのは流永を拘束する二人ではなく、桃色の髪を靡かせ、ぎらりとこちらを見てくる女子生徒である。
流永はたった今、朝に起きたことを思い出した。
いつぞやの風紀委員ではないか。
(執念深いこと)
流永は疲れた目でその風紀委員をみた。
彼女は、ずかずかと流永達へ迫りながら、
「こいつは一年であるのに、登校初日からだらしない服装をし、しかも!今日も昨日と同じ服装をしているときた!」
と、大声でいった。
「せ、セイニーラさん……!?」
レイは風紀委員のことを知っているようである。
五人組も驚いており、彼女のことを知っているようだ。
流永は彼女に興味はない。そっぽを向いて嫌そうな顔をしていた。
「おい、連行しろ」
「はい」
セイニーラが命じると、配下であろう二人の男子は、流永をずるずると引きずって再び校舎へ向かわせた。
「ねえ、レイちゃん助けてーー」
と、流永は救援を頼んでみるが、いやぁ今の話を聞く限りリュウエイ君が悪いんじゃないかな……と苦笑混じりに断られた。
流永は見放されたようだ。
「あ〜れ〜」
と、流永は困っているのかふざけているのか、すっとんきょうな声を出しながら、校舎の中へ戻された。
「昨日も言っただろう!王国の学院生たるもの常に誇りを持って服装に気をつけ、学業に努めろと!」
流永は生徒指導室に連行され、無理やりに椅子に座らせられ、セイニーラ達風紀委員(実質セイニーラの独壇場だが)に尋問とも脅迫とも取れる説教を受けていた。
「そうだっけ?」
流永はとぼけた声を出し、あくびをかいた。
「まじめに聞け!」
セイニーラに思いっきりぶん殴られた。
だが、流永もへこたれない。再び椅子に座り直し、あくびをかいた。
また殴られた。
流永はしばらく、彼女のガミガミと長い説教を聞かざるをえなかった。しかし、当の流永はポカンと放心してほとんど聞いていなかったが。
とにかく、流永は「今日中に新しい服を買う」ということを約束させられた。
流永は自分の着たくもない服を選ぶ気はない。ならば、「じゃあ、そっちが選んでよ」と、言ったところ、セイニーラ自ら彼の服の選定に行くことになった。
流永とセイニーラは肩を並べて校門を出た。
驚いたことに、彼女はこの街では人気者のようで、道を歩いていると至る所から、
——こんにちは!
——よお、セイニーラ。元気にしてるか。
と、街行く人々から声をかけられている。
彼女はそれらに、今まで流永に対してみせていた鬼面とは程遠い笑顔で、
「こんにちは!」
と、元気に返事をしていた。
流永はその隣で、にこにこ笑っている。
ときどき隣の流永を指して、彼氏だ、と囃す者もいたが彼女は一々、
「いえ、学院に相応しい服を選べと頼まれましたので、私がその選び方をするため、同伴しているだけです」
と、訂正していった。
彼女は常に正確を期そうとしていた。別に流永を嫌っているわけではなく、元々そういう性格なのだ。
その姿を見ていた流永は、
「ねえ、なんで俺だけそんなに厳しいのー」
と、訊いてみた。
街の人には笑顔で接しているのになんで僕だけ、といってみたら、セイニーラは顔をしかめて、ペシっと流永の後頭部を叩いた。
彼女の顔に先程まで流永にあたっていた厳しさはない。
年下の弟をみるような目で、
「そんな服装でいるからだろう。男の子なんだからもう少しピシッとしなさい」
と、説教するような口調でいった。
確かに流永は、好き勝手に自分の欲に素直に生きている観がある。
だが、それはこう、金を得たいとか権力者に近づきたいというドス黒い欲とかではなく、純粋に子供が持つような、眠い、疲れた、お腹減った、というような一次的な欲求である。それに、楽天的な性格からくる底抜けの明るさもある。
(不思議なやつだ)
と、セイニーラは思う。
はじめこそ、まともに服すら着れない不良、と憎悪の感情もあったのだが、彼女は服屋までの道のりで流永をすっかり憎めなくなってしまった。
流永と街を一緒に歩いていると、食べ物を売っている出店にふらふらと引き寄せられたり、たまに視線を向けると、にこー、と笑ったりして十五歳にしては、幼すぎる。
この世界では十五歳はもう大人なのだ。前の世界では十八歳くらいの認識である。
彼女はそんな流永に困った顔をしつつも、嫌悪感は感じなかった。
しかし、彼は五人組をぶん殴った時のような狂気も内包している。
彼には人間が持ちうる、どこか大事な一部分が欠落しているのだが、四六時中そうではない。もしそうであったら、彼はすでに前の世界で破綻し、破滅しているだろう。
基本は年端もいかない子供のような性格をしている。
別に本心を隠しているわけではなく、狂った方も子供のような方も彼の本心である。
「あと、どのくらい?」
流永は素直にセイニーラの後ろについている。
彼女は向こうに小さく見える、ある看板を指差した。
「ほら、もう着くぞ」
といって流永の頭をわしゃわしゃとかき撫でた。
セイニーラが指した看板が徐々に大きくなっていく。
それには、
——服屋 エイラ
と、書かれていた。
見たところ高級な服を扱っているようではないが、綺麗な服を置いている。中流程度の人むけなのだろう。
「いらっしゃいませ。……あ、セイニーラさん」
どうやらこの店の店員も彼女のことを知っているようだ。
彼女は何者なのだろうか、という問いは流永には浮かんでこない。
人に興味が湧くことはあっても、その人の身分などはどうでもいい。その人自身に興味があるのであってその周りに付く肩書きはどうでもいい。
「こいつの採寸をお願いします」
セイニーラに背中を押され、流永は店員に採寸を測られた。
服を新たに買うことを納得した以上、流永はなすがままにされている。
「本日はどういったものを……」
と店員に訊かれた。
だが、流永はどういった服がいいのかわからない。
無言でセイニーラに目線を向けた。
「……そうだな。学院に着ていくような、シャツとズボンをお願いします」
「わかりました」
やがて、店員がこれを、と白のシャツとズボンを持ってきて、流永はそれを着させられた。
着てみると、上はTシャツのようなもので多少余裕があるが、下はスーツのようなものできつい。
「本当にこれでサイズ合ってる?」
上下共に少し大きいサイズを好む流永にとっては、両方とも窮屈であった。
「ああ、合ってる」
「サイズ変えちゃだめなの?」
「だめだ」
セイニーラは叱るようにいった。
彼女は今流永が着ている服の他に「予備もいるだろう」と彼が今着ているような服を四、五着ほど買った。
始めの一着以外は全てセイニーラが代金を負担してくれた。
「私が買えと言ったんだ。一着は払ってもらうが、他は私が負担しよう」
と、彼女は言った。
流永が冗談で、
「わぁー、惚れちゃいそう」
と、いったら、
「王国の学院生として誇りを持たせるためだ」
と返された。
彼女はツンデレとかではなく、マジで言っている。
(くそ真面目)
流永は内心そう思ったが、声には出さなかった。
「明日から着てこいよ」
「はーい」
流永は元気に返事をした。
流永も、放課後セイニーラと一緒にいて多少認識が変わっていた。
はじめは面倒くさい上級生だと思っていたが、中々面倒見のあって立派な人なんだなあ、と彼女を見始めている。
彼女の街での評判をみれば、ただ厳しいだけではないと思えるだろう。
(でも、厳しいんだよなあ)
その認識は変わっていない。
服を買えば、後の用事はない。
流永はセイニーラはここで別れることになった。
「それじゃあね、先輩!」
「気をつけて帰れよ」
セイニーラはもう一度流永の頭をぽんと撫でてやった。




