第二十五部 特別授業
翌日、流永が登校し、昨日と同じ服装で校舎内に入ろうとすると、
「おい、待てィ」
と、後ろから声をかけられた。底冷えする怨念のようなものがこもったような声である。
それは流永も思わず悪寒がはしるほどであった。
悪寒がはしったのならどうするか。決まっている。
(三十六計逃げるに如かずだ……)
流永は後ろを振り向かず、全力ダッシュで校舎内に逃げ込もうとした。したのだが、
「ぐえっ」
首を掴まれ、そのままがっしりと腕いっぱいを使って首をホールドされた。
「ヨォ……、一年」
流永が首を曲げると、そこには昨日見た顔が。
「昨日生徒指導室に来いといったよなァ。それに……昨日の今日に懲りず、よくそんな服装で来れたなァ」
怖い風紀委員である。
流永は思わず、
(この風紀委員も風紀を乱す一因なのでは)
と、思ってしまうほどであった。
「今日の放課後、必ず来い。来なければ……」
と、彼女の言葉を遮り流永が、
「まさか、剥かれて食べられちゃうの!?」
と、甲高い甘えるような声音で言うと、
「痛てェッ」
グーで頭を思いっきり殴られた。
「バカ言うな!」
「わっははは」
風紀委員は怒っているが、流永はそんなの気にしない、と馬鹿みたいに笑った。
「まあ、覚えてたら行くよ」
流永は笑っているが、かの風紀委員は怒り心頭である。
だが、彼女をそれを努めて押し殺しつつ、
「お前は……確か一年のAクラスだったか?」
「そうだね」
流永は嘘をつかずいった。
「そうか……。今度は生徒指導室にこいよ」
「覚えてたらね」
再度聞く流永の文句に風紀委員は顔をしかめたが、鼻息荒くその場を去っていった。
(よし、教室だ)
流永は全く反省していない。
軽い足取りで校舎内に入っていった。
「今日は午後から特別授業があります」
と、朝のホームルームで担任がいった。
どうやら、今この街に王国騎士団の副団長が来ているそうで、一手指南してくれるそうだ。
午前中は二、三年。午後に流永達一年が受ける。
ちなみに、Aクラスのみである。
レイや五人組はざわざわと副団長が来ていることに驚いている様子だったが、他のルイやサメラ、クル、流永は別段反応はなかった。
(王国の騎士団のナンバー2)
流永はそんな感じで副団長を捉えている。
どんな人物か興味はあるが、そこまでではない。
午前中、一年は授業である。今日から本格的に始まるようであった。
ただ、流永は授業の内容に興味はなく、机に突っ伏していた。
昼が過ぎ、ようやく副団長の指南の時間になった。
副団長の指南は校庭で行うそうだ。
この学校に剣道場のような場所や魔法をバカスカ撃てるような施設はない。王都や大都市にはあるそうだが。
「騎士団の副団長ってどんな人なんだろうね」
校庭までの移動中レイが話しかけてきた。
「会ってみないと分からないな」
「それもそっか」
一年Aクラスの一行は担任の先導で校庭に着いた。
(ホウホウ)
流永は目の前にいる騎士団副団長をじっと見ている。
まさか、女性でこんなに若いとは思わなかった。
「はじめまして。王国騎士団副団長を務めます、シャリア・セイ・タートルアートです。今日はよろしくお願いします」
彼女は律儀に頭を下げた。
つられて生徒たちも(一部を除き)頭を下げた。
まず、副団長から訓示のような言葉をもらった。
心構えなどを滔々と話しているようだが、流永はあくびをして聴いていない。
(終わったかな)
と、思うとすでに一人が相手をし、終わった後だった。
(ホウ)
彼女は肩書きだけではないようで、五人組の内三人、またレイも敗退していた。
残る五人組の内二人も彼女に呆気なく倒された。
彼女は彼等一人々々に、ここはこうした方がいい、とかもう少し腰を落とした方がいい、と丁寧に教えた。
シャリアから騎士団副団長という物々しい雰囲気は一切感じられない。
レイが、てててっ、と寄ってきて、
「やっぱり騎士団の副団長は強いね!」
と、いった。
「うん」
流永はレイに微笑み返してやった。
残るのは、サメラ、ルイ、流永にクルである。
まず、クルが相対した。
クルは副団長と木刀を向かい合わせるなり、パチンとウインクを飛ばした。
若いからと狙っているのか。見た目通り好色な男なのだろうか。
確かに副団長シャリアは全体的に小造りで可愛げがある。だが、こんなところで色目を使うバカもいないだろう。
シャリアとクルの試合は、クルが二、三度大振りに振った後、シャリアが彼の剣を飛ばして終わった。
次は流永である。
彼は剣先をピンと立て、剣道の八相の構えのような構えをした。
流永は誰かに剣術を習ったわけではない。老人は魔術や魔法のみで、剣術の指導は一切できない。流永は老人から木刀一本借りて自分で行った。
彼はひたすら素振りと、家の周りの木にひたすら上段から振り下ろすことを続けた。
流永の記憶で、薩摩藩の示現流はひたすら木刀を振る、と覚えていた。
実際は技もあるようだが、流永にそこまでの知識はない。
ただひたすらに、木へ撃ち込んだ。
流永が行ったのはそれだけだが、彼は老人との試合をしていることもあり、なんとなく剣の振り方、腰の入れ方を理解した。
元々、物事を習熟させるのは苦手だが、本質を掴むことには天稟があり、流永の剣はそれなりに形をなしていた。
しかし、我流であることには変わらない。
「はじめ……!」
担任のフェス先生が号令をかけた。
(どうしようかな)
試合は始まったものの、流永は構えたまま動かない。シャリアの方は、まず生徒に一ノ太刀は譲ろうとしていたから、自然と静寂が満ちた。
レイ達が動こうとしない流永を疑問の目で見た。
流永は戸惑った。
なんだか、対峙するシャリアに対して言葉に表せられないような違和感があるのだ。
(なんだかな)
特に思考がまとまらないまま、流永はシャリアへ、ゆるゆると歩み寄るように近づいていった。
彼女も流永の挙動に困った顔をした。
流永はついに双方の間合いに入った。
流永は足を止めた。
彼はなおも逡巡しているが、
(考えても意味ないか)
と、流永は彼女に対して持った違和感を捨て、気力を充溢させた。
その瞬間、シャリアは流永が今までよりも少し大きくなったように見えた。
流永は木刀の先をさらに上へ持ちあげた。
体重をのせ、地面を踏み締めた。
「………!」
シャリアは身構えた。
しかし、流永は彼女への違和感を捨てきれてなかったらしい。
剣が鈍った。
流永の初太刀はシャリアに苦もなく防がれ、さらに踏み込んで二ノ太刀を上段から振り下ろしたが、これも防がれ、逆にシャリアに剣を弾かれ決着がついた。
「負けたなぁ」
流永は笑った。
どうも、あれで良かったようにしか思えない。
(まあ、これでよし)
過ぎたことは気にしない主義の流永は、もう副団長の指南も終わったことだし、その疑念をすっぱりと断ち切った。
シャリアは不得要領に顔をしかめている。
「あの……不思議な剣術ですね」
「そうかな」
流永はにこにこ笑っている。
「もう少し思い切って剣を振ったら良かったのではないでしょうか?」
「そうですね」
流永は一礼し、下がった。
敬語を話すのか話さないのかどっちなんだろうか。
次はルイのようだ。
シャリアは気を取り直して、彼と向き合った。
「はじめ……!」
担任が気合いの入っているのかいないのか、わからない号令を言った瞬間。
勝負は決まった。
ルイは猛烈に距離を詰めシャリアの手元まで迫り、彼女の木刀を目にも止まらない速度で叩き落としたのだ。
一瞬の出来事である。
流永を含めその場の誰もが状況を理解するのに数秒、数十秒かかった。
ルイは一礼し下がった。終始無言である。
「あはは……、すごいですね……」
シャリアが、飛ばされた木刀を取りに行こうと立ち上がると、
「ボクが取りに行きますッ」
と、レイが気を利かせて、シャリアに木刀を取ってあげた。
「どうもありがとうございます」
シャリアは丁寧にお礼を言った。
「いえいえ……えへへ」
レイは騎士団副団長に礼を言われ、頬を赤くして照れた。
さて、次が最後である。
(最後はサメラちゃん)
サメラはシャリアと相対した。
流永はぼんやりと、剣を構えたサメラは絵になるなあ、とおもった。
担任の、はじめ、の合図でサメラが駆けた。
彼女は中段のまま、ツツとシャリアへ迫り、そのまま剣を振り下ろした。
シャリアは鍔元で受けた。
サメラは返す刀で相手の右腕を狙った。
シャリアはそれを防ごうと木刀を右へ移したが、サメラはその一瞬の隙を見逃さず、たちまち太刀筋を変化させ、強烈な突きをいれた。
シャリアはその変化に対応できない。
彼女は二、三メートル突き飛ばされた。
「あはは、負けてしまいました」
シャリアは頬をかいた。
サメラはボソッと、
「……ありがとうございました」
と、頭を下げた。
「いえいえ」
と、シャリアも慌てて頭を下げた。
全員の試合が終わると、シャリアから剣術の講義を受けた。流永はあくびして聞いていなかった。
最後、シャリアは生徒達の前に立った。頭を下げ、
「皆さん、本日はどうもありがとうございました」
「「ありがとうございました!」」
「私なんかで不満かもしれませんが、勉学に励み、自分の目標を達成できるよう頑張ってください。応援しています!」
シャリアはそう言って、少し影のある笑みを浮かべた。




