第二十四部 動乱の予感
終礼の鐘が鳴り、流永はひとり帰り道を歩いていた。
夕日が射すにはまだ早い。
流永は太陽を仰いだ。
まだ春まっ盛りなのだが、風が凪いでいたせいか、今日はやけに蒸し暑く感じた。
やがて日が暮れる。一日の当然の循環だ。
ただ、今日はこのシュルスレーの街に珍客が訪れた。
一人ではない、大人数である。三百と一人。
皆、鎧を着込んでいる。
彼らは鉄格子のついた馬車を取り囲むようにして進んでいる。
夕暮れ時、その珍妙な一行はシュルスレーの門をくぐった。
道ゆく人々が彼らに側目たてるが、彼らは一向に介さず厳かに進む。
この鎧の一行の正体はこの国の騎士団の一隊である。
彼らは監獄ニーゲユルトに、とある囚人を収監させる為、移動をしていた。
隊の人数は先程述べたように三百人。と、護送される者一人だ。
まさか、囚人の脱走を危惧してのことではあるまい。
その逆で、一隊はその囚人の奪還を企む者達を警戒していた。それほど、その囚人はこの王国にとって危険な存在であり、王国と敵対する者にとっては大きい存在だった。
囚人は一時的にシュルスレーの街の中の小さな獄舎の地下牢に入れられた。
囚人は壁から吊るされた枷に両手両足を嵌められた。
キキキキキ…ッ
その囚人を入れた檻の格子状の鉄製の扉が軋む音を立ててゆっくり閉まっていく。
囚人……彼は、扉が閉まった時、にやりと枷に繋がれながら笑った。
ただ、彼の笑みは薄暗い地下牢の為、獄卒が気付くことはなかった。
獄卒は彼の不敵な笑みに気づかぬまま獄卒部屋に戻って行った。
彼は再度笑った。
この地下牢には他にも囚人がいるようだが、地下牢の為暗い。
その笑みを見る者は辺りを飛び回るハエの他、誰もいなかった。
「無事にニーゲユルトにつけるでしょうか?」
と、廊下を歩いていると気の弱そうな部隊長がこの一隊を率いる指揮官に訊いてきた。部隊長は四十路の目の下なクマの見える冴えない男である。
彼等一隊はこの街の領主の館に宿泊している。この館以外に大人数が泊まれる建物がないのだ。
「大丈夫です。我々は精鋭、それに神の御加護もありますでしょう」
部隊長とは反対に指揮官は強気である。
「そうですか……」
部隊長は弱気に答えた。
「大丈夫です!」
部隊長とは反対に指揮官は自信満々に言った。
「はぁ……。分かりました。……そういえば、話は変わるのですが、明日この街の学院に行かれるとか?」
「明日休憩して、明後日ここを起ちます。ここまで強行軍でした。なので、明日は隊の皆さんは休んでもらいます。……あ、囚人の見張りは交代でいてもらいますが……。と、学院のことでしたね。はい。明日は一日空くので、せっかくなので学院の生徒にご挨拶したいと思いまして」
挨拶とはいうが、この若い指揮官は生徒達を教えてみたいという願望もあり、明日特別授業が組まれることとなっている。
ちなみに、三年は道徳の授業、二年は歴史、一年は剣術指導ということになっている。
色々な授業をしてみたいという指揮官の意であった。
「休まれないのですか?」
「ええ、みなさんのおかげで、わたしは馬の上にいるだけでしたから、体力は有り余っています!」
指揮官はむんっ、と力こぶをつくるように腕を曲げた。
部隊長は少し危なげを感じた。
女性である。それに若い。
彼女はルートレイグ王国騎士団副団長シャリア・セイ・タートルアート。金髪で青空のような澄んだ目をしている。
歳は二十一。
当然、実力で上がって来たわけではなく、彼女の実家のコネである。タートルアート家は代々伯爵を賜っている。
現在、騎士団は十一の部隊に分かれており、実務はこの十一部隊の隊長達によって行われている。
騎士団長と副団長の席は半ば名誉職になっていた。
なので、この一隊の実質的な指揮官はシャリアではなく部隊長である。ただし、彼はこの一隊を任された部隊長であり、騎士団の十一部隊の隊長ではない。
とまれ、彼女は副団長の席に家のコネでついたのだが、元々少女のような純真さに真面目な性格をしている。
名誉職だと甘んじることなく、囚人の護送中、彼女はくそ真面目にこの任務に励もうと努めていた。
普通、名誉職の人間がここまで張り切ると、かえって迷惑だろう。実際、護送隊の隊員達は邪魔とは思わないまでも迷惑には感じていた。
伯爵家の御令嬢である。怪我でもされたら、自分達に汚名がつくだろうし、いちゃもんつけられて騎士団から追放されるかもしれない。
ただし、部隊長のみはその気弱な性格からか、なんでも自分では決めたがらず、一度シャリアに相談してから物事を決定するようにしており、もう一人の指揮官として頼りきりである。
「しかし……、少しは休まねば……」
部隊長は身体が持たないと言いたかったのだろうが、まごついてそこまではいえなかった。
だが、指揮官はその意を汲み取り、優しく微笑んだ。
「大丈夫です。必要な休息はきちんとしています」
指揮官は真面目に答えた。
「そうですか……」
部隊長はそう意気なく返事をした後は、黙り込んで、やがてそそくさと下がって行った。
廊下に穿たれたいくつもの窓から月の光が差し込んでいる。
シャリアはその中の一つの窓から皓々と光る月を眺めた。
彼女は自分も昔通った学院を頭に思い描き、懐かしく思った。
「楽しみです」
シャリアは、うきうき心を弾ませた。
騎士団副団長というものものしい肩書きを持っているが、まだ少女のようなところがある。




