第二十三部 狂気の発露
午前中は学校の規則なり魔法学(魔法の歴史等)の触りの部分をして終えた。
昼休み、流永は校庭の隅で日向に当たりながら、購買で買ったパンを食べていた。
(気持ちいいなあ…)
ぼんやりと空と顔を合わせている。
彼はのどかな陽にあたるようなところで、こうぼんやりとしているのが、えもいわず好きだった。
彼は、レイと接していた時のように人見知りするほうではないが、自ら人に絡む人間でもない。
何も考えないということが、えもいえず好きだった。
流永は、一見何も考えていないように見えるが、その頭脳は絶えず回転していた。
それは、老人に拾われた時や人攫いの時の状況把握でわかるであろう。
が、流永はそれを嫌った。
考えれば考えるほど気分が鬱屈して気分が沈んでくるからであった。だからか、流永は基本感情の赴くまま過ごしている。
昼食を食べたあと、ふらふらと校庭のあちこちを歩き回った。
ふと、人通りの少ない校舎の陰に足を踏み入れた時、
「おい」
と、声をかけられた。
デジャブを感じる。
「なに?」
流永は面倒くさそうに、声をかけた人物をみた。
「だれ?」
眉をひそめた。声をかけてきた人の他にも数人いたが、全て見たこともない顔だ。
「舐めきってやがる」
その中の一人が、チッと舌打ちと共に恨めしい声でそういった。
「アダムス・ウレイだ!」
先頭の一人が名乗ったが、流永は聞いたことがなく、はぁ?と首を傾げた。
流永のその態度に彼等はますます激昂し、「一年A組のアダムス・ウレイだ!」と、流永を睨み、眼を吊り上げて叫んだ。
「なんだ、お前らか」
一年A組と聞き、クラスにいた影の薄い五人組か、と流永は合点がいった。
彼らの名前は忘れた。
「テメェ、少し個人魔法が使えるからって、調子ノってんじゃねぇぞ」
五人組の一人が低くドスのきいた声でいった。
どうやら逆恨みらしい。
「ククッ」
流永は首を少し傾けると、喉を鳴らして不気味な笑みを浮かべた。
雰囲気が変わった。
一瞬で周りの空気が地に落ちたと錯覚した。
流永の雰囲気はあまりに異様で、五人組は息ができなくなったと思うほどであった。
「それで、なに?」
その双眸から狂気がにじみでている。
「……!」
五人組は流永に気圧されて黙っていたが、数の利を悟ってか、
「や、やっちまえ!」
と、その声に呼応するように五人組の内一人が詠唱を唱え始めた。
他の四人も詠唱を始めている。
流永も体勢を低くした。
「いいね、おもしろいッ」
と流永は口角を吊り上げ、笑った。
何も考えずにのんびりと日々を過ごすのもいいが、こう暴れるのも性に合っている。
どうやら生来の喧嘩好きらしい。
流永は腕と脚を黒く龍化させた。
「やれッ!」
五人同士に魔法を放った。
流永は四方から襲いかかる魔法をするりとかわすと、目の前にいた一人の腹を強烈に殴った。
彼ら五人は学院の最上級クラスであるA組ではあるが、せいぜいB組やC組より、多少試験の成績が良かっただけである。レイやルイには到底及ばない。もちろん、流永も老人にやられ続けたとはいえ、老人の隙のない魔法や魔術を受け続けていた身だ、彼らの挙動一つ一つが遅く見えた。
老人にしごかれた流永は、彼等の生半可な魔法など子供遊びに等しかった。
流永に殴られた一人は、どさりと倒れたが、まだ四人いる。
「あっはっははッ」
流永は笑った。
この臨場感がたまらなくおもしろい。
「ふ、ふざけやがってッ」
一人が魔法を放ったが、流永はそれをかわし、目にも止まらぬ速さでその一人に接近し、足払いをかけた。
そして、よろけたところを拳を振り上げ思いっきり地面へ向けて振り下ろした。五人の内二人が沈黙した。
「弱ェ、弱ェ!」
流永は眼を蘭と光らせ、口角を吊り上げている。
——カカカッ
と、不気味に笑った。
「……ッ!」
残る三人が、狂った——としか言いようがない——流永に対し二、三歩下がった。
流永はその機を逃さず、もう一人に突進し、ぶん殴って沈黙させた。
残る二人に明確な恐怖が宿った。
流永の拳は血で濡れている。
二人は及び腰になり、逃げるそぶりを見せた。
「逃げんじゃねえよ」
流永はケタケタ笑いながら、背中を向けた一人を蹴り飛ばした。
最後の一人も悲鳴を上げながら髪を振り乱して逃げるが、龍化は身体能力の向上が含まれる。
流永はその脚力を以って最後の一人に苦もなく接近すると、がばっとその一人の頭を鷲掴みにした。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい!」
それは泣き顔になって、たどたどしく謝るが流永は関心すら示さない。
ただ、笑っていた。
「ぬかせ」
流永は、その生徒を思いっきりぶん殴った。
さすがに、殺しかねないので、龍化は使っていない。一応、そこらへんの配慮はある。
流永は、さっき殴った奴の髪を掴んで持ち上げた。
「ナァ、俺のことギャーギャー騒ぐのは勝手だが、いちいち突っかかって来んなよ、めんどくせぇ」
と、流永は髪を掴まれて痛がっている生徒を冷めた目で見下し、
「もう騒ぐなよ。次は腕の骨でも折ろうかャ」
慈愛のような、冷笑するような、底冷えする笑みをした。
「は、はは……はい」
髪を掴まれた生徒は恐怖ゆえか、歯がガチガチと鳴りながらも、うなだれるようにしてうなずいた。
流永は生徒が頷いたのをみると、喉の奥を鳴らして不気味に笑った。
「じゃあね」
流永は何故か明るい声でそう言い、彼等を尻目にその場を去った。
(疲れた)
流永はあくびをした。
そのまま、眠たそうな目をして、ふらふらと教室に戻った。
先程のことなど既に忘れている。
流永は狂っている。
それは、先ほどの一方的な喧嘩からわかるだろう。今までは老人と二人きりだった為、それが表に出なかっただけだ。
彼自身も自分がおかしい気づいている。
人の感情が分からず、故に人に同情することもない。
一方的に殴った先ほどの喧嘩も、全く罪悪感はない。やりすぎと一切思わない。
まあ、流永自身が己をおかしいと分かりつつも、元々の楽天的な性格であまり気にしたことはないが。
流永は鐘がなる前にサメラの隣に座った。
鐘が鳴ってから少しして、流永に突っかかってきた五人組がボロ雑巾みたいな格好をして戻ってきた。
レイは大慌てで大変だと騒いでいたが、どうもこのクラスは社交性がないのか、レイ以外に彼らを気にかける者はいなかった。
レイが、誰にやられたの、と彼らに訊いているが、全員ダンマリと俯いている。
「座ってくださーい」
やがて、先生が入って来て不得要領のままレイ達は席についた。
ちなみに、フェス先生は彼らの傷に気づいたのか気づかないのか、関心すら見せなかった。




