第二十一部 入学
がちゃん、と流永は少し冷たいドアノブを押した。
最近は朝も暖かくなってきていたのだが、今日はやけに冷える。
制服は無い。流永はてきとうに買った上下を着ている。
朝食を中央街道で求めてから学園に向かった。
学園に着くと、それなりの人数が集まっている。
入学式は校庭で行う。
先日の試験より人数が多い。
研究科の生徒たちだろう。
小鳥がどこかで鳴いている。
時間が経つにつれて暖かくなってきた。
「これより、第七十三回王立学園シュルスレー校の入学式を始める!」
拡声の魔法だろうか。
開始の一声が穏やかな大気をぶち壊すように響いた。
——1年A組
という札が校舎の教室の一つにかかっている。
(これかな)
流永はその教室に入った。階段教室だ。
先客がいた。
一人は先日の試験で桁外れの魔法を見せたルイ・ソークランド。最前席に座っている。
そして、もう一人。白い髪の女子である。
教室の一番奥まったところに座っていた。彼女は、冬のような涼しい顔をしている。
流永は二人を認識したが、あいさつはせず、教室真ん中の窓際の席に座った。
二人も流永を一瞥しただけで、特に反応は起こさなかった。
流永が、窓からくる春の陽気に照らされて、腕を枕にうつらうつらとしていると、
「おはよう!」
と、また一人入ってきた。
流永は眠くて、誰が入ってきたのかわからない。
しかし、その人物は流永の隣に立った。
「リュウエイくん、おはよう!」
流永は、くそ重たいまぶたを、こじ開けるようにして、持ち上げた。目を細めた。
「えー……」
頭が、ぼーとしている。
「なまえ…なんだっけ……?」
流永は眉間にシワを寄せている。
「……」
声をかけてきたのはレイである。そもそも、この学園に知り合いはレイ以外いない。
そのレイは、流永の言葉に呆然とかたまった。
「れ、レイだよ。忘れたの?」
若干ひきつった顔を、レイはした。
「……」
流永は、ぐいーっと背伸びをした。
そういえば、覚えやすい名前だなあ、と思ったと思い出した。
流永は人の名前を憶えるのが苦手である。
「レイね。はいはい、思い出した」
背伸びしきったところで、流永はあらためて、レイに言うべき言葉をいった。
「おはよう」
「リュウエイくんもAクラスになったんだね!」
「そうだね」
レイが嬉しそうに流永に話しかけるが、当の彼は空返事をした。
まだ完全に覚めきっていない目を細めて、レイを上から下へ値踏みするように見ている。
やがて、下まで観察し終わると、ポンと手のひらを打った。
「なるほど」
「どうしたの?」
レイが、不思議そうな目で訊いた。
流永は、うんうんと頷いて一人合点している。
流永は主にふともものあたりを見ている。
「な、なに?」
レイは顔を赤くして恥じらうそぶりを見せながら、スカート、をぐい、と若干伸ばした。
レイは脛が半分隠れるくらいのスカートを履いている。
女の子であった。
最初は元気はつらつすぎて男の子だと思ったが、改めて振り返ってみると、女の子らしいと思うことも、ややあった気がする。
「へえ」
流永はニタニタ笑った。
「だ、だからなに?」
「いやぁ。やっぱり女の子だったんだねって」
「今まで男の子だと思ってたの?」
「うん。とりあえず」
「はあ……」
レイは流永の意味不明な答えに戸惑った。
とりあえず男の子だと思っていた、とはどういう意味だろう。
レイは諦めたように、片手で頭をかいた。
「やっぱり女の子っぽくないのかなぁ……」
レイは首を傾げて、あははと苦笑した。
「今は女の子に見えるよ」
流永はケタケタ笑った。
「はい、ありがと」
レイはお世辞と思ってまともに受け取らなかった。
実際流永は、初めて会った時から、なんとなくだが、レイは女子だろうとは思っていた。
ただ、第一印象は男の子だっただけで、認識を改めようとは思わなかっただけだ。
流永は他人の性別なんてどうでもいい。
「とりあえず、よろしくねレイちゃん」
「うん、よろしく!」
二人は握手をかわした。
時間になった。
Aクラスの生徒は少ない。
一度、暇を持て余した流永が、他の教室を見て回ってみたが、Cクラスに二十人、Bクラスには十五人はいた。
Aクラスの生徒は、流永にレイ、ルイ、白髪の女子、と隅でうずくまるように身を寄せ合っている影が薄い五人の男子たち、計九人。
彼等Aクラスの生徒たち前に一人、女性が立っている。
「どうも〜、これから〜このクラスの担任となる、フェス・エルメインです〜。よろしくおねがいしますね〜」
流永達の前に立ったフェスは、眠そうな目で、緩みきったあいさつをした。
フェス自身もあくびをしているし、服も着崩れをおこしている。
彼女は手を叩いて、ぱん、と萎えた音を出すと、
「それじゃあ、みなさん。自己紹介をおねがいしま〜す」
フェスは自信から見て左側(廊下側)を指し、
「それでは〜、こちらの方からよろしくで〜す」
一番目はルイであった。
ルイはにわかに立ち上がると、黒板の前まで行き、
バンッ
と、勢いよく黒板にルイ・ソークランドと大書し、終始無言のまま、席に戻った。
ルイ以外の全員が、その奇想天外な自己紹介——と呼べるかどうかも怪しいが——に目を見張った。
(すげぇな)
流永はルイの自己紹介をおもしろいと感じた。
次はレイ、影が薄い五人組と続き、流永の番になった。
黒板の前に立った。
「伊庭……じゃない。リュウエイ・イバでーす。個人魔法使いまーす。よろしくね♪」
きゃぴ、と目を挟むようにピースした。
ふと目を逸らした時、隅の五人組が若干顔を歪めたような気がした。
流永は自己紹介が終わるとすぐあくびをして、席に戻った。
最後は、白髪の彼女。
「……サメラ・ツルギ」
ぼそっと、ぎりぎり聞こえるくらいの声量で、しかしはっきりとした口調でいった。
彼女の自己紹介はそれだけであった。
全員の自己紹介が終わった。
今日は顔合わせ程度で、授業はせず、昼頃に終わった。
レイが昼飯を一緒に食べようと誘ってくれたが、流永は用事があるから、と断った。
放課後、流永はとある雑貨屋に入った。
用事とはここではない。この雑貨屋はついでである。
「いらっしゃいませーッ」
元気のいい声が聞こえた。
店主は三十頃の女性。
店内は様々な小物が雑多に置かれている。
流永はその中の一つを手に取った。
「これ一つ」
流永はそれをカウンターに置いた。
手帳だ。
前から欲しいと思っていたのだ。
魔術の詠唱で覚えきれていないものが、まだかなりある。
他に、かっこいいという純粋な子供っぽい気持ちもあった。
「ありがとうございましたー!」
流永は店をあとにし、目的の場所に向かった。
見覚えがある。
流永は、がらがらと目的地のドアを開けた。
「小僧か」
奥から声がした。
「ちっさいじいさん!」
流永は挨拶もせず、そういった。
声の主、小学生くらいの体格しかない老人は不快な顔をした。
「なんだ、その挨拶は」
老人は店の奥のカウンターで頬杖をついている。
流永は、そんな老人の感情に気づかないようで、にこにこ笑っている。
「一段落ついたら、一回寄れってじいさんに言われててね」
「ああ」
と、小さい爺さんは言葉の意味を察したのか、店の奥から袋を取り出してきた。
どさり、とテーブルの上にその袋を置いた。
「三ヶ月分だ。大事に使えよ」
その袋の中には銅貨、銀貨、金貨が無秩序に詰め込まれていた。
「はーい」
流永はその袋を腰にぶら下げた。
老人は流永を見上げた。
「大きくなったな」
初めて会った時は老人と同じくらいの身長だったのに、今は倍くらいの身長差になってしまった。
「じゃあねー、じいさん!」
「ああ」
老人はそっぽを向いて応えた。




